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ヤーさんのお姫様  作者: 不知火 初子
一章 始まり
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肆拾玖



ーーこれから、どうしたい?


珋二さんの言葉を脳内で反芻する。


どうする? どうしたい?


今起こっていることに無我夢中で、これから先のことなんて考えていなかった。


でも、強いて何かあるとすれば……、


「……帰ってもいいですか?」


あれから何時間経ったのかは分からないけれど、自分のお気に入りの部屋で、好きな匂いのシャンプーやトリートメントやボディソープを使って、危機と緊張で疲弊し切った自分を癒してあげたい。


そして、そのまま何事も無かったかのように日常を歩みたい。


……チクっ。


「っ…!」


何だろう。慣れない運動をしたせいか胸が少し騒つく。


私の様子の変化も気に留めず、「そうか」とだけ言って少し沈黙した後。


「おーい!飯だぞー!」


まるで空気なんて読めません!の様な声音で、この家の主が勢い良く襖を開けて入ってきた。


「何だ今からおっぱじめグェッ!……痛いなあ、乙女さん何するんだよ…」


「それはこっちのセリフやわ、早よ向こう行け。珋二も早よ出なさい」


朝から宜しくない単語が出て来そうなところで、乙女さんが律さんの頭を叩いた。


そして珋二さんのことも部屋から追い出して、自分は中に入って来てもう一度桐ダンスを開け出した。


「んー、ちゃうな。これもちゃう。あ、これやな」


ブツブツと独り言を言いながら、上の棚を開けたり下の棚を開けたりしては取り出した布を横に置いていく乙女さん。


……何か忘れ物でもしたんだろうか。


と、呑気にその様子を見ていたら、ひと段落付いたのか振り向いた乙女さんが手でヒョイと自分の隣に来るように招いた。


不思議に思いながらも指示通り近くに寄れば、そのまま立っている様に言われて、自身も着物を持ち立って私に布を合わせていく。


「え、あの、乙女さん?」


「あたしの名前は、(おとがい) 女科(めじな)や。まあ呼びにくかったら乙女さんでええけど」


「あ、はい。すみません、女科さん」


目の前の女性はそう名乗った。本名は(おとがい) 女科(めじな)


だから昨晩は不機嫌そうだったのか、と思い至る。


あの時は私が一方的に「夜分遅くにすみません」と言っただけで、それ以上の会話はなかったので、あの彼女の言葉に私は何故だろうと思っていた。


「あ、あの私は……」


女科さんも名乗ってくれたのだから自分も名乗らない訳には行かないと思い、名前を口にしようとしたのだが少し吃ってしまった。


「…ええよ、言いたくなかったら。なんか理由があるんやろ?」


「……」


彼女の言葉に素直に黙ってしまう。その沈黙は肯定だ。


私は自分の名前を明かせない。明かしたくない。

けれど、理由があるからと言って、自分だけ名乗らないのは失礼だとも思っている。


そんな非常識なことをしたくは無かった。


「……じゃあ、下の名前だけでええよ」


私が悩んでいることに気付いたのか、しょうがないという風に鼻で息を吐き、そう言ってくれた女科さんに甘えて下だけ名乗った。


「私は、姫花(ひめか)と言います。宜しくお願いします」


私の事情を問い質す訳でもなく、優しく頷いてくれた女科さんは一言。


「じゃあ、お姫ちゃんって呼ぶわな」



試しに読んでくださった方も、ブクマしてくださってる方も、ツイートから飛んできてくださった方も、読了ありがとうございます。


もしかすると既に後書きなどで出てたかも知れませんが、漸く主人公ちゃん本人の口から名前が明かされました。

ええ、そして、例の彼女の名前も。


何でしょう。この似非感……。笑


明日も、朝9時より更新です。

よろしくお願いしますm(_ _)m



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