参佰参拾
わたしが普段から利用している駅の裏に、細い小道がある。
奥まで進んだことはないけれど、道の並びには隠れ家のように佇む喫茶店が一軒だけあるらしい。
めったと人が来ないから、平日に行くとほとんど貸し切り状態になってしまうそうだ。
お気に入りの場所があるのよと言って、睦美さんはその店に案内してくれた。
「まったくもう。批難してほしそうな顔しちゃって」
わたしの話を聞いてくれた彼女は、まず最初にそう言った。
話を真剣に聞いてくれていたのだろう。
テーブルへ運ばれてきたものに手もつけず、相手は正面で静かに座っていた。
こちらの気持ちの吐露まで終えたと見るや、睦美さんは注文した自身の飲み物を一気に半分ほどストローで吸い上げてしまう。
もう半分は、水面からはみ出した氷に揺られ小さく波打った。
「別に、そういうわけでは……」
彼女の言葉を認めてしまうと、まるで自虐を好む人みたい。
わたしの場合は、むしろただの事実に近いから一層のこと厄介だ。
声を萎ませると、睦美さんはジロッと目を細めて見てくる。
「じゃあ何。罵倒? 叱責でもすれば満足?」
「そんなことさせられません」
「そういうところなんじゃあないの。結局は」
こっちの反応を見て溜め息を吐く彼女に、今度はわたしが首をかしげて相手を見つめた。
「自分を貶める時間も大事だとは思うわ。でも、ずっとじゃあない。あんたのは、過剰なのよ」
やり過ぎだと言われても、限界が分からないから加減ができない。
これでも、まだ足りないくらいに感じている。
「そんなことないですよ」
なんだか違和感のようなものを覚え否定してみると、睦美さんは呆れた、と言って疲れたような息をこぼした。
「過ぎてるわよ。ここであたしが、あんたは何も悪くないって言ったって聞きゃあしないでしょう。たったひとつの言葉しか聞きたがらない子を相手に、他の言葉なんて思いつかないわよ」
「頑張ってください」
「意地でも、あんたが悪いって言ってほしいわけね」
このままだと彼女は何も言ってくれない気がして、「でも」と口にする。
けれど睦美さんは、わざと見せつけるように首を横に振った。
「批難も罵倒も叱責もしないわ。あんた、もっとあたしを見てよ。周りを見てよ。好んだ相手にひどい言葉を向けたいにんげんがどこにいるって言うのよ」
「それは、そうです……………。だけど、わたしは」
「そうね。あんたは坊主頭の男に向けたんでしょう。けれど、そこで終わって良いの? あんたの真意は、たぶん思っているより伝わってないわよ」
「……どうして分かるんですか?」
「なら、あんた。あたしが、もう誰かの身代わりになろうなんて考えるなって言って、今この瞬間から自分の行動を変えられるの? 二度と、矢面に立とうとしないって誓える?」
黙り込むと、「あの男も、きっと同じように考えているだけよ」と彼女は言った。
わたしも、悠二くんも分からず屋なのだろう。
もしかすると、互いに分かり合えないのかもしれない。
似ている部分が多いからといって、考え方を互いに合わせられるわけじゃあない。
共通する部分が容易く見えてしまうからこそ、どこかがズレていることに気付かないまま一方的になってしまうことだってあるのだろう。




