参佰弐拾参
悠二くんの背中って、こんなに大きかったんだ……。
半分呆けながら、もう1人の友人の背をまじまじと眺める。
違う。そんなことを考えている場合じゃあない。
そう思っている間に、悠二くんの脇腹で鈍くて赤い染みが広がり始めた。
よく見ると、自分の背後から手が伸びている。
椎名はナイフの柄を阻むように、刃と肉体の間に自身の手を差し込んでいた。
悠二くんの脇腹にある刃は、縦の半分くらいがすでに埋まっている。
勢い余ってか人の体を過ぎたわずかな切っ先が、わたしに触れる数ミリ手前で止まっていた。
「悠二くん……! 椎名……!?」
喉が詰まって悲鳴もあげられない。
かろうじて出たわたしの声に、悠二くんは振り返って笑みを浮かべる。
いつも見せてくれる、つられて笑ってしまうような明るい笑顔だ。
でも今は、笑えない……。
「大丈夫っスよ、姫ちゃん。おれは丈夫なんスから」
「そういう問題じゃあないでしょ! ああ! 血が……──っ!!」
傷口に触れようとすると、今度は椎名の手に遮られる。
わたしの手は、ぬめっとした心地悪い感触で濡れた。
大丈夫じゃない。ぜんぜん、何も大丈夫じゃない。
まるで、地面のほうがドロドロに柔らかくなったみたいだ。
うまく脚に力が入らず、立っていられそうにない。
「オレが絶対護るんだ」
誰の手からも離れたナイフを指のあいだで挟むようにし、その手のひらで悠二くんは自分の脇腹を抑えた。
そのまま彼は、わずかに後退した涸沼さんを真っ直ぐに見る。
後ろから張り詰めた雰囲気だけ見せる友人は、わたしの知らない姿をしていた。
背筋にぞわっとした悪寒が走る。
「兄貴に必要なのは、あんたみたいな人だ。絶対にそうだ。──……だから、この人だけは何があっても傷つけさせない。この人が護ろうとしているものは、死んでも奪わせない」
「やめて! 行っちゃダメ!」
なにも、なにもしないで──っ。
どこにも行かないで。離れないで。
護りたいのは、椎名だけじゃあないんだよ。
悠二くんにだって、傷ついてほしくないのに。
だけど坊主頭の彼は、負傷した痛みなんてないみたいに背を伸ばして、涸沼さんに近付いていく。
わたしが強かったら、どれほど良かっただろう。
彼の盾になれるほど頑丈な体だったらと望んでも、その場から一歩も動けずにいる。
1人で護れるものなんて、そう多くない。
自分には、その1人さえ護ることはできないのだ。
早足で歩けば手が届く距離なのに、今の自分の無力さを思い知るばかりで何もせずにいる。
傷付けようという意思を持つ相手へ立ち向かう友人の背に、わたしはひどく厄介な残像を見た。
まるで、あの日の自分がそこに立っているみたいだ。
正しくあることは絶対で、悪やそれを行う人を必ずはらえると信じていた自分。
だけど、それは結局、もっと大事なものを欠いてしまうばかりなのだ。
大事にしたいと思う誰かに、そうはなってほしくない。
動きたい。いま動き出せたなら、足を動かせるなら、もう他の部位はどうなってもいい。
そう思ったら、徐々に脚へ力が戻ってくるのが分かった。




