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人影

 例えば、誰もいないと安心して居眠りしている時、そんな完全に気を抜いている時、急に感じる人の気配は本当に驚く上に冷や汗をかく。

 もちろん、それはただの夢か勘違いである。慌てて振り向いた時、いないはずの「何か」が私の後ろに立っていたなんてことは一度だってない。

 それでも、否応関わらず感じるものは感じるのだから仕方がない。私の小市民性がこのようなところにも表れているのだろうか。

 考えてみると、昔から私は物音や気配に敏感だった。そして、一人の時に限って、何もないそこに「何か」がいると想像し、その度に恐怖に震え立ちすくんでいた。帰り道、一人で向き合う夜の闇が、「何か」が怖くてたまらなかった、そんな少年であった。


 さて、あの頃の私に「何か」を認識する能力があったとして、私にはまだ「何か」を認識する能力が残っていたのかもしれない。これは私にとって唯一とも言える「何か」が見えた記憶である。

 いつも通り大して山も谷のもない話だ。だから、身構えず気を楽にして聞いてほしい。私が犬を連れ、散歩をしていた時の話だ。


 午後8時過ぎ、日は落ちたがまだまだ蒸し暑い、そんな夜だったと思う。私はあの頃、嫌々ながら犬の散歩を毎晩していた。面倒であったが他にする人間がいなかったのだから仕方ない。

 あの日も部活動で疲れ果てた足を無理やり動かし、「マイク」と人気のないいつもの散歩ルートに沿って歩いていたはずだ。

 私は急に「マイク」が立ち止まったせいで、前に転けそうになった。

 後ろを見ると「マイク」は立ち止まり、お座りのような格好をしていた。いくら引っ張っても前に進もうとしない。


 このようなことは偶にある。そして、そのような時に限って、何もない方向に吠え出すのだ。もちろん、君たちの多くが知っているように、この彼がした行動にオカルト的要素は無い。

 彼らは五感が人に比べ強い為、私たちが気付かない「嫌なもの」に気がつきやすい。嫌な臭いや嫌な音、そして霊とは関係ない嫌な存在について彼らは敏感なのである。私はいつもの様と変わらず強めに紐を引っ張り、無理やり彼を前に進ませようとした。そうすれば、彼は嫌々ながら足を進ませ始める。 しかし、その日の彼は足を鉛に変えたかの様に、意地にでも進もうとはしなかった。1分程互いに綱引きをしていたのだが、流石に馬鹿らしくなり私は引き返し家にそのまま帰ることを決めた。

 帰り道、彼はさっきまでが嘘だったかの様に、むしろ今考えると早く早くと急くかのようだった。


 次の日もまた次の日も彼は同じところで立ち止まった。そして、私は毎日道半ばほどで引き返すことになった。

 おそらく、月が明るい夜だったのだろう。あの日も私たちは散歩に行き、いつもの場所で立ち往生していた。彼は同じところで立ち止まり、梃子でも進まなかったのだ。

 さらにその日の彼の様子は異常だった。妙にやたらと吠えるのである。しかし、吠える方向を見ても何ひとつ存在しない只の田んぼ道である。そして今日も道を引き返そうとしたその時、私はようやく彼が伝えたかったのだろう異常を見つけた。


 私の足元から少し進んだ辺りに「影」があったのだ。周りには影を作るようなものが無いにも関わらずである。そして、月光に照らされる影は微かにであるが次第に私に近づいて来ていた。慌てて空を見上げたが、雲ひとつ見えずそれの影でも無かったはずだ。私は何故かそれを「人影」だと思った。また、何故だろう「人影」入ったら不味いとも感じた。「マイク」の吠える声に正気を取り戻した私は、今にも両足を飲み込もうとしている「人影」に気付かなかった振りをしながら、早歩きで「マイク」を引き連れ家に戻った。「人影」に私が存在を気づいたことを知られるのもまずいとも感じたのだ。今考えると全く理解不明の思考である。


 次の日、私は「マイク」と同じように散歩に出かけた。正直、昨日の出来事を否定する証拠が欲しかったのだろう。わざわざ同じ道を通り、昨日よりも大きくなった「人影」を見つけた。今考えても全く危機感の無い自分が嫌になる。離れていれば問題ないと考えていたのだ。

 急に後ろから視線を感じた。そして、同時に「マイク」が吠え出した。振り返るともう一つの「人影」がそこにいた。そして、明らかに近づいてきている。

 恥ずかしい話であるが流石に気が動転してしまい、「マイク」を両腕に抱え、田んぼの横のあぜ道から「人影」を必死に避け、慌てて逃げ出した。

 私の腕の中で吠え続ける「マイク」に、「何か」が今も追いかけて来ているのだとそう感じた。


 ようやく、「マイク」が吠えなくなり振り返ると、そこには影一つ無くようやく私は一息をついた。そして、しばらくは散歩のルートを帰ることに決めた。

 後日、「マイク」は一切散歩中に吠えなくなり、立ち止まることも一切なくなった。


 さて、いつも通り蛇足を話そう。この話を書いている内に、丁度久々に実家に帰っていた私はあの道を散歩してみようと思った。本当に危機感一つ無い行動である。その場所は当たり前だが影一つなく、普通の田舎道だった。しかし、その地点の付近に近づいてみると、前は無かったはずのものがあった。花とと酒が封を開けずに道の横に置いてあったのだ。

 きっと、誰かがここで亡くなったのだろう。「人影」と関係ないといいのだが。

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