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8.王の提案

「どうした!?」怒鳴り声と同時に、クリフが飛び込んできた。

「鏡が落ちただけです」

 イェリンは、努めて平静を装った。大神官の不幸を願うような話を交わしていたとは、とうてい口にはできない。

 イェリンを見つめたまま、黙り込んだクリフにイェリンは声をかける。

「なにか御用ですか?」

「白の神殿で、王や神官達を前に、おまえが聖剣の舞を舞うことになった」

「それは、どういうことでしょうか?」

 突然の申し出に、イェリンは戸惑いを隠せなかった。

「神殿の前で雨を降らすことができれば、イェリンの力が女神アーシャのご加護を受けている証となる」

「私の雨を降らす力が、女神様のご加護を受けているとは限りません。もしかしたら、女が聖剣の舞を舞うことへの天罰かもしれませんのに」

「それがどうした。人々にとって神の意思など関係がない。たとえ天罰だったとしても、雨が降るという事実は、人々に恩恵をもたらす」

 一年前までは、聖剣の舞がもたらす恩恵をイェリンは信じていた。げんに舞によって降る雨が、乾燥し荒れ地の多かったブリリアン辺境伯領に豊かな恵みを与えてきた。その御蔭で兵力を蓄え、ディーンを国へ呼び戻す力になったと、イェリンは確信していた。今では、ずいぶん思い上がっていたと反省する。

「ですが、神の恩恵などと公言しては、人々を騙すことになります」

「神の啓示を聞くという神官は、何人もいる。彼らすべてが嘘をついているとは、俺は言わない。だが、本当に神の声だとも立証できないのではないか。それは、人々を欺いていることにならないのか」

 神官に対する辛辣なクリフの意見に、イェリンは何も返す言葉はない。

「この件は、陛下が骨を折ってくださったのだ。もし、イェリンに雨を降らす力があるのなら、もう、邪神を崇める異教徒ではないと認めてくれと、大神官に掛け合ったのだ」

「わざわざ陛下が……」

 思い続けた少年が、イェリンのために汚名返上の機会を与えてくれた。嬉しい、だが、イェリンはためらいを覚える。

「怖いのです」イェリンは、たった一言を搾り出す。聖剣の舞を舞いきれなかった場合を恐れている。

「一年前の参事か」

 クリフの言葉にイェリンはハッとした。

 一年程前、聖剣の舞を神兵達に邪魔された日、雨の代わりに大量の雹が降った。収穫間際の作物が、雹によって駄目になった。

 雹の被害を受け、怒りを露わにした人々が、カールフェルト家の屋敷に押し寄せた。それ以来、イェリンは剣の舞を披露することはなかった。

 今まで、神を崇めるかのごとくちやほやしていた人々が、掌を返したようにイェリンを攻め立てた。農機具を武器として手にし、屋敷に詰めかけた。

「人間とは利己主義で、酷いことを平気でする生き物だ。さぞや恐い思いをしたのだろう」

 確かに、あの夜は恐怖に慄いた。だが、イェリンが雨乞いを行わなくなったのは、暴徒のせいばかりではなかった。

「私のせいで農作物に被害を与え、人々に苦痛を与えてしまうかと思うと、恐ろしくて舞えなくなったのです」

「無理ならば、陛下には俺から断ってやるが」

「えーっ!! そ、そ、そのようなことを!?」

「な、なにを、そんなに驚く」

 素っ頓狂なイェリンの大声に、クリフが一歩後ずさり、若干引き気味の口調となった。

「あまりにあっさりと、私の思いを尊重してくださったものだから、驚いてしまって」

「俺だって、人の意見ぐらい聞く」

「信じられない。自信過剰で、命令しか下さないのかと」

「俺を、どうしょうもない暴君だとでも、思っていたのか?」

「はい」

 イェリンは大きく頷いた。

「酷いな。なんか、俺、凄く傷ついた」

 クリフは、いじけたように背を丸めた。

「あのー」

 言い過ぎたと反省し、言葉を探していたイェリンの耳に、いつもの強い口調を戻したクリフの声が届く。

「それで、やるのか、やらないのか!」

「王様の御命令なのでしょ!」

 イェリンは語気を荒げて言葉を返す。

「王よりも、イェリンの気持ちが大切だ」

 思いがけない温かみのあるクリフの言葉に、イェリンはドギマギした。だが、喜びの言葉を返せるほど、クリフに心を開いたわけではない。

「このままでは、王様やあなたが……」

 今の状態で、クリフの屋敷に居続けるわけにはいかない。イェリンを匿って、クリフが神官たちともめ続けては、クリフ、しいては王であるディーンにまで大変な迷惑が及ぶ。

 表向きとは別に、王よりも権力を持つ神官たちが、イェリンをかばい続けるクリフを、どんな手を使って追い落とそうとするのか心配だ。

「聖剣の舞は、うまくいかないと災いがふりかかると聞いた。嫌々やって、おまえがしくじりでもしたら、国の存亡に関わるかもしれないからな」

 イェリンは、一年ほど聖剣の舞をやめていた。心の中では、毎日、あの時の少年と舞っていた。たぶん今でも、たとえ、目を閉じていたとしても、以前と寸分違わぬ舞が舞えると自負している。

 いつもの、イェリンならばクリフの挑発に乗って、舞の承諾をしてしまうところだった。だが、それ以上に、ためらいがある。舞うことが怖かった。

「どうせ、しくじったって、私の影響力は王都の半分に満たないほどですよ。国の存亡になんておこがましいです」

 イェリンの声は、弱弱しかった。

「たとえ、わずかな範囲であっても、そこに暮らす民にとっては全てだ。だからアーシャの雨姫をめぐって争いが起こるのだろ」

 怒るのではなく、クリフは悲しい目をしてイェリンを見守っているようだった。

「一年前の出来事は、決してイェリンが悪いわけではない」

 クリフからはイェリンを思いやる暖かな雰囲気しかうかがえない。本当は優しい方なのではないか?

「ただ逃げているだけでは、問題の解決にはならないんじゃないか。まあ、人このことを言えた義理じゃないが」

 やはり、策士と呼ばれるクリフの性格はよく読めない。酷い言葉を浴びせるかと思えば、どこかに優しさを漂わせる。これでは、策士というより女たらしの術のようだが。

 クリフの心根を探ろうとした。そんなイェリンの視線を察知したのか、クリフが目線を泳がせて言葉を発した。

「あっ、いや、そのー。そうだ、おまえに合わせたいやつがいる」


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