4.謎の騎士
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頭上に、白雲が舞い降りてきた。その場にいた人々は、皆そう感じたに違いない。
手に持っていた物で頭を覆う者。またある人は恐ろしさに足がすくみ、その場にひれ伏した。
地上の阿鼻叫喚にはお構いなしで、ゆったりと白い塊は下降する。
塊が雲ではなく、全身を白い体毛で覆われた生き物だとわかる頃には、人影がまばらになっていた。
鼬のような頭部に、胴と区別がつきにくい、長く太い尾を持っている。胴は長く四本の足は太く短かった。翼らしきものは無いというのに、優雅に空を漂っている。
その見慣れない生き物は、天鼬と呼ばれていた。希少性が高く、友と認めた人物にしか従わない、気位の高い生き物だ。
王家の血を引く者の間で飼われていると話に聞いたことがあっても、実際に目にする機会はまずない。人々が突如現れた巨大な生物に恐れ逃げ惑ったとしても、無理からぬことだった。子どもの頃に一度だけ、イェリンは空を飛ぶ天鼬に遭遇していた。
大きな図体だというのに天鼬は、綿雪のようにふわりと音も立てずイェリンの側に舞い降りた。
天鼬の背に跨った人物は、ディーンの側にいつも控えている謎の男だった。イェリンの髪をどこか彷彿させる緋色の甲冑に身を包み、天鼬の上よりイェリンに手を差し伸べた。
父である将軍を抱きしめたまま動こうとしないイェリンに業を煮やしたのか、男は軽々と天鼬から飛び降りた。
将軍から引き離されそうになったイェリンは、精一杯の抵抗を試みる。抗いも虚しく、あっという間に男は将軍を奪うと、地面に寝かせた。
将軍の傷口に手を当て、男は目を閉じた。まるで、神に祈りを捧げているかのようだ。傷口から手を離すと男は、ぐったりと動く気配もない将軍を、天鼬の背に乗せた。
イェリンの虚ろな瞳に、兜のバイザーを上げた見知らぬ男の黒い瞳が映りこんだ。想像していたよりもかなり若い、十七~八歳、ディーンと変わらぬ年頃のようだった。
青年の唇は動くが、意識が混濁としたイェリンには、何を言っているのか届かない。必死の形相でなにやら訴える青年の映像は、遠い世界の出来事に感じられた。
青年の血塗られた手が、イェリンの髪に触れた瞬間、イェリンの全身に電流が走りぬけた。
幼少時分に交わした少年との約束を破ったばっかりに、父が死ぬ……。止まっていた思考が、一気に悪しき思いに捕まる。
「ごめんなさい、ごめんなさい。私が雨乞いなどしたばかりに……。父には、なんの罪もありません」
平静さを失ったイェリンは、必死に神に祈った。神の使いであるはずの神兵によってもたらされた悲劇だというのに、今、イェリンが頼みにできるものは神しかいなかった。
懐にしまっていたアーシャの短剣を取り出し、鞘を抜いた。
「神よ! 悪いのは私です! 父ではなく、私の命をお取りください!」
膝を突き、イェリンは天に向かって短剣を両の手で掲げ叫んだ。ためらうことなく、手にした短剣を自分へと向け振り下ろす。
イェリンの胸をアーシャの短剣が貫きそうになった瞬間、刃はすんでのところで止まった。
イェリンの手首は、青年につかまれていた。そのまま身体を仰向けに押し倒された。軽く手をねじり上げられると、手の力が抜けて青年に剣を奪われた。
銀色に輝く刃が、突如、目の前に突き出される。
とっさに、固く瞳を閉じた。
耳元で小石に金属が当る音がした。