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2.式典

 天空へ、はじけるようなラッパの音が鳴り響く。

 青一色に塗り潰された空を画布にし、一斉に放たれた七色の鳥が虹の橋を描いた。

 鳥の羽ばたきを揉み消すように大観衆の歓声が広場にあがった。

「ロスタニア王! 万歳!」

「ロスタニア王国に栄光あれ!!」

 広場に集まった人々のすべてが、若き支配者の在位一周年を祝っているようだった。

 一昨年、先王が突然崩御され、十七歳だったディーンが急遽新国王となった。

 九年前、王太子だったディーンは、隣国ラムス王国へ、留学という名目の人質になった。

 それ以降、ラムスとの国境に面したブリリアン辺境伯領の兵力強化を、内密に辺境伯が推し進めてきた。その甲斐があって、三年前にディーンの帰国が叶った。当時のブリリアン辺境伯領を統治していた辺境伯が、今は近衛兵を統括する将軍であるイェリンの父だった。

 広場を見渡せる城の露台から、青年王ディーンが手を振っている。背後に、赤い制服姿の近衛兵達が控えていた。

 ディーンの斜め後ろ、一番近い位置に、他の近衛兵とは異なった燃え盛る炎のような緋色の甲冑を身に纏った男が立っている。ディーンから、全幅の信頼を得ている男だ。

 一年半ほど前に突然現れてから今日まで、片時もディーンの側を離れずにいる。公式の場では常に甲冑をまとい決して顔を露にしない、身元不明の男だった。

 戦時の甲冑とは違い、簡素な軽くて動きやすいものだ。軽いとはいえ、長時間付けるとなると、かなりの重労働には違いない。

 鎧のみならず、顔を覆った兜はかなり目立つ。素顔を見せない謎の男は、噂話の恰好の餌食になった。二目と見られぬ火傷の跡がある、獅子の顔を持つ。あるいは眉目秀麗すぎる容姿をわざと隠しているなど、色々な憶測が飛び交っていた。

 急な突風に、ディーンが羽織っていた紫紺のマントが、裏地の赤を晒しながら翻る。風が揺らす鮮やかな黄金色の長髪に、ディーンの白皙で典雅な顔立ちが際立った。細くすらりとしたたたずまいは、性を超越した神秘的な魅力を備えていた。

 深紅の唇から零れる笑みは、この上ない幸福感を見るものに与える。日照り続きによる農作物への不安を、ディーンの笑顔が国民の心から吹き飛ばしたようだ。広場に集った諸人は、みな笑顔に満ち溢れていた。

 王というよりは、俗世を捨て神に仕える者とでも称したほうが、正しいような雰囲気をかもし出していた。

 人々の熱気に当てられたイェリンが、小さな溜息を吐いた。

「イェリン様、どうかなさいましたか?」侍女のニーナが、沈み掛けたイェリンの気持ちに気付いたのか、声を掛けてきた。出掛けるのを渋っていたイェリンを無理やり誘ったことに、責任を感じているようだ。

「ますます、遠い人になってしまわれたわ」

「えっ? なんですか!?」

 イェリンの呟きは、群衆の喝采にかき消され、ニーナには届かなかったようだ。もともと、誰に聞かせるでもなく、心の嘆きを気づかないうちに漏らしてしまっただけだった。

「なんでもないわ」ディーンへの想いを断ち切ろうと、力を込めてイェリンは答えた。

 以前より、ラムス王国へ行った王太子が、アーシャの短剣をくれた少年かもしれないと考えていた。

 年恰好やラムスへ渡った時期が一致している。ラムスへ向かう途中に王太子が、辺境伯領へ滞在したとしても不思議はなかった。

 目を閉じると、まるで昔に戻ったかのように、少年がイェリンに微笑み掛ける。輝く金髪に不思議な瞳の色。

 イェリンより四つ年上の少年は、賢くなんでもできる、大人びた子どもだった。なのに、唯一の弱点は、雷が嫌いだった。今でも、少年を思い浮かべると、体中がギュッと締め付けられるような妙な心持になる。

 大好きだった少年が、イェリンの手には届かぬ雲上人であると気付いた時には、何日も泣きはらした。けれど今では、二度と会うことのないと思っていた少年を、遠くから眺められるだけで幸せだと思えるようになっていた。


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