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1.約束

「ギャ――!!」雷鳴が轟くたびに、薄暗く狭い洞穴の中に少年の悲鳴が響いた。

 雨の少ないロスタニア王国において、雷は珍しい。少年が脅威を感じたとしても、なんら不思議はなかった。

「ごめんなさい、ごめんなさい。あたしのせいで、雷が鳴っちゃった」

 幼いイェリンは泣きながら、少年にしがみ付いて謝った。少年の首に下げられた袋から、小さな白い鼠が這い出してきて、イェリンの頬に伝う涙をなめた。普通の鼠よりさらに小さく、鼠というより鼬に似た体形をしていた。

「イェリンが悪いわけじゃないから」

 雨に濡れ冷え切ったイェリンの身体に、震える手で抱きしめ返してくれた少年からの心地よい熱が伝わってくる。

「でも、あたしが聖剣の舞なんか教わらなかったら、雷も雨も降らなかったのに」

 聖剣の舞は、男による長剣を使った戦勝祈願の舞だ。本来であれば少女であるイェリンが舞うなど、とうてい許されはしない。

 少年が見せてくれた聖剣の舞を気に入ったイェリンは、どうしても舞ってみたくなった。大人の目を盗んで、渋る少年から無理矢理聖剣の舞を教わっていたのだった。

「イェリンがいてくれるから、もう、雷なんか怖くないよ」

 再びの雷鳴に、少年は唇を噛み締め、拳を握る。だが、もう声を立てたりはしなかった。

「ねえ、イェリン。僕と約束をしてくれる?」

 洞窟内のわずかな明りにさえ、黄金こがね色に輝く少年の髪。たとえ闇の中でも、自らの力で光を放つのではないかと思えるぐらい眩い髪だった。そして、なんといっても少年の一番の特徴は瞳だ。茶色というよりは、黒水晶に炎を映しこんだような、摩訶不思議な色をしている。

「イェリンが聖剣の舞を舞うと雨が降ることは、皆には秘密だよ。僕にも秘密がある。だからイェリンも同じさ」

 舞を教わった日には必ず雨が降った。聖剣の舞を、女であるイェリンがおこなったことにより、神の怒りをかったのかはわからない。

 初めは、雨とは呼べない霧程度だったが、イェリンの腕が上がるほどに立派な雨へと変わっていった。

「僕との約束が守れるなら、いい物をあげるよ」

 少年の言葉に、イェリンは瞳を輝かせて袋から顔を覗かせている鼬を見た。

「この子はだめだ。その代わり、前からイェリンが欲しがっていた、アーシャの短剣をあげる」

 短剣とはいえ、幼いイェリンの小さな手では両手を広げても、柄の部分さえ納まらないほど長かった。涙型をした水色の石をアーシャの蕾に見立てた、美しい飾りが鞘についている。

 アーシャの短剣を初めて見せてくれた日に、少年は神話を教えてくれた。『女神アーシャが大切にしている天界に咲く花の花びらが、地上に落ちて雨になる』そのような話だった。

 短剣を受け取ろうと差し出したイェリンの掌には、洞穴に逃げ込むさいに転んできた擦り傷があった。少年は傷口へ、そっと口づけをした。ひりひりとした痛みは、水が引くようにスーッと消えた。

「それから、どんなに、僕が変わったとしても……」


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