2、拉致事件と16年ぶりの再会
というわけでオギャーと生誕したのである。
神の子だからといって特別扱いは一切ない。天使が懐妊通知に来たり、ザリガニが夢の中でお告げに来たり、脇からすっぽんと生まれたり、桃や竹から生まれたりということは一切なかった。
「おめでとうございます! 元気な男の子ですよ!」
日本という国の小さな産院。そこに神、光臨。惜しむらくは誰に知られることもないことだ。
今まで息子をほうっておいた親父殿にしてはどうしてそこまで厳格なんだと言いたくなるほど、何もなかった。特別な才能も、異性をひきつける容姿も、財産も、地位も。驚くほど平々凡々だった。
一応は神たる俺。まぁ今となっては元神だけど、神の子である以上は文字通りの神童だし。
赤ん坊から段階を経て成長するなんてどうってことはなかった。大きな病気も怪我もすることもなく、両親の手を思いっきり煩わせ、適当に友達を作り、女の子にいたずらして嫌われて、学業に苦戦しつつ、ゲームばかりして怒られて、宿題をさぼり日常を楽しみつくす。
うん、いたって普通の人間だ。人間生活なんてなんのことはない。
そんなこんなで神、改め少年Aは16才になりました。
そして今どこにいるかというと。
なぜか見知らぬ場所に立っているのです。
4m四方の石造り部屋。床には一面になぞの文様が刻み込まれていて、四隅には松明を携えた大きな石造が据えられている。うむ、どっかで見たことあるぞ、こういう光景。
異世界に召喚されちまったというアレですな。しばらくしたら日本では行方不明事件として扱われるのだろう、ふう。
元神たる俺が察するに、十余年もの間一切のアクションをしてこなかった親父殿の力が及んだものと思われます。おおかたあのお目付け鬼畜天使がチクッて、面白いから体験させてやろうぜ! な展開だろう。
内情はどうあれいわゆる神隠しにあっているわけだ。隠されたのが神様だぜ? これが本当の神隠しなんつて。
寒いジョークに自分でも笑えないなと思っていると、後ろから頭を小突かれた。
「お前は何ボーッとしてるんだよ!」
「いてぇな、ボーッとしてねぇよ、ボケッとしてたんだよ」
「一緒だろうが」
怒りの声を上げたのは黒髪の少年。黒い髪なんて日本じゃ見慣れたものだが、その中でも見事な髪質をしている。
そしてイケメンだ。
アイドルグループに混じってても違和感がないくらいのさわやか好少年。小学生のころから少年野球とスイミングを続けた体はほどよく引き締まっている。
そしてイケメンだ。
そのくせピアノまでお習いときやがるもんだから指先は驚くほどしなやかで、おまけに学業も優秀ときやがる。
そしてイケメンだ。
何より人当たりがよい。あどけなさが残る顔は面白いくらいくるくる変わるもんだから、昔からクラスやご近所のアイドル様だ。
そしてイケメンだ。
狭い部屋の中、松明が煌々と燃えている。
そしてイケメンだ。
やつは俺の幼馴染。名前は神原尊。元神の俺を差し置いて神々しい名前をしているのは、たぶん、親父殿のあてつけだ。この場所に一緒にいるのもおそらくあてつけだ。
ちなみに俺の名前は佐藤登志男。携帯で入力すれば十中八九調味料になる。これも親父殿のあてつけに決まってる。
「っくそぉ」
「暴れるだけ体力の無駄だぞ尊ちゃん」
本当に無駄なことだけはわかる。
部屋にあるのは石造と松明だけ。扉がない。窓もない。出入り口がないなら出られない。以上。
「はぁ、トシはなんでそう落ち着いてるんだよ、もぉ」
一度は死んだようなもんだしな。とはまさか言えず。
「入れた以上は出られるだろ。とりあえず体力温存したほうがいいと思う」
「そりゃまぁそうだけど、なんかやばいだろ。変な宗教とかそういう系統じゃないのこれ。変な模様とか変な置物とかあるし明らかに儀式っぽいし。ほら、最悪イケニエとして捧げるために生きたまま……とか」
あ、それは思いつかんかった。
「……俺が間違ってたわ尊ちゃん、なんとかこじ開ける場所探すぞ」
「おうよ」
とは言っても、怪しいところといえば石像くらいしかない。あとは一見何もないように見える壁だ。隠しスイッチ的な何かがあれば扉がゴゴゴゴッと開く可能性も無きにしも非ず、ということで思い思いに調査を始めていた。
石像は動物と人間をかけあわせたようなキメラ状の動物で、狭い部屋で身をかがめているように見える。その手に握られている松明の灯りがゆらゆらと揺れるたび、気味の悪い石像の顔がにんまりと微笑んでいるような気がした。ゲームなら謎解きのヒントになりそうなんだけど。
あまり調べたくないなぁと思いつつ石像に手をついた、そのとき。
ゴゴゴゴゴッ。
尋常ではない揺れと轟音があたりに響く。もしや扉が開くのか!?
「トシ、何か見つけたか!?」
「いや何も。ってかお前が何かやったとばかり」
尊の表情を見る限り不安しかない。うん、何もやってないのに何かが起きるって怖いよね。
部屋の中央で寄り添って身をかがめていると、石像が徐々に伸び上がっていくのがわかった。いや、石像だけじゃない。壁が、天井が上へと動いている……いや、動いているのは床だ!
ずずんと重々しい音が響き、音と振動が止む。
落ち着いてあたりを見回してみる。
先ほどと似たような石造りの部屋だ。大きな違いはといえば入り口があること。先ほどの部屋より一回り大きいこと。天井にぽっかりと穴が開いており、その向こうに先ほどまで見ていた石像や天井があること。そして白いローブをまとった一団が俺たちを囲んでいること、だった。
わぉ、どう見ても怪しい宗教団体の方々です。
「尊ちゃんの予想大当たりじゃね」
「……なんかゴメン」
声を潜めてやりとりをしていると、制するように女性の声が響いた。
「突然お呼び出し致しましたご無礼をお許しください、勇者様」
スッと白の一団の中から一人が歩み寄り、フードを脱ぐ。
陶磁器のような白い肌に、キラキラと輝く金色の髪。美術品のように完璧に整った顔立ちを、サファイヤのような瞳とルビーのごとく鮮やかな唇がより華やかに仕立て上げている。柔和な笑みを浮かべ、泣く子も寝かしつける穏やかな声で続けた。
「神のお導きに感謝します」
うん。
ハッとするような美人に見惚れるとか、質素な服の上からでも見て取れる巨乳に釘付けになるとか、勝手な言い分に食って掛かるとか、異世界召喚されたぜヒャッホゥ! と喜ぶとかいろいろ反応の仕方はあると思う。
が、俺の言いたいことはそういうところじゃない。
どう見てもお目付け天使じゃねぇか、お前は!