16、ダンジョン管理と情報管理
「おいクラゲ、スライムに弱点とかないのか?」
「あっても教えるわけがなかろう」
ですよねー。
でもここで引き下がる俺じゃありませんよ。なんつったって我神ぞ? 娯楽の神ぞ?
「高みに至るには多少の挫折も必要だ。選別を受けてこそ進化の余地がある」
「あそこに他のスライムがいるとも限らん。最初で最後の一匹であれば進化の余地など簡単に潰されるわ」
「お前なら他の子に引き継がせられるだろ。勇者と正々堂々戦って、その戦果を他の子供達に引き継がせる。生きた証拠が残せるんだ」
「あやつらを開放するなと言ったのはぬしであろう」
「気が変わったんだよ。どうせ脱走してるのがいるんだから様子を見て順々に放っても良いさ」
ああ、自分で何言ってるかちょっと分からなくなってきた。正々堂々って言ってもこっちは手を出す気満々だし、スライムは倒す前提で動いてるし。
それに正直に言えばあの肉食生物たちを強化されると困る。もちろん今の状態でもあっちゃこっちゃに撒かれたら困る。けど、今はこうでも言わないと邪神は動いてくれないだろう。お願いだから騙されてくれ。勝機なんてない、ただ死ににいくだけの行動をさせることに、一瞬でもいいから納得してくれ。
「……あえて言うなら本体を探せば良い」
「本体?」
「小娘を捉えたのは分体だ。遠隔操作ができる手足のようなもの。おそらく奥に司令塔となっている本体が別に存在するが、なんらかの事情で這い出せなくなったのであろう。なんと不憫な」
悲痛な面持ちの邪神。本当に不憫なのはルーミーだと思うぞ。
まあこれで勝利への道筋は見えた。奥にいるだろう本体をぶっ潰させてめでたしめでたし、おまけにルーミーを見事救い出せたらヒロイン付きで大勝利エンドの勇者譚第一章が綺麗にまとまるんだ。
「アイテムに関しては尊ちゃんの運にかけるしかないな。うまい具合に良いやつになってくれりゃいいけど」
地図に刺さったままの槍を抜く。
みっしりとした重さを伝える柄の先には鋭い刃がしっかりと据えてある。地図だけでなくしっかり棚まで貫いてなんともないこの強度、間違いなく使えるよな。
――掃除の時間に鍛えたホウキ術、我ここに示さん。
槍をぶんぶんと回し、ほわちゃ! と槍を小脇に挟んで見得を切る。ふむ、決まった――。
リーチもあるし、柄だけでも十分頑丈。そして振り回すのにも重すぎず軽すぎない適度な重さ。まあ、無事届いたとして尊ちゃんが扱えることを祈るしかないし、事故ったらそこまでかもしれないけど。
転送ボックスに入れるとするっと槍が吸い込まれていく。箱から明らかにはみ出すサイズだったにも関わらずなんの抵抗もなく。箱は元に戻そうとしたフタまで吸い込んで、箱そのものも自動的に折り畳まれるかのように中へ中へと圧縮され、内部に渦巻いていた暗闇へと巻き込まれていく。なんだよこれ、使い捨てかよ!
転送が終わると魚神はぼそりと呟いた。
「ぬしが直接行けば良いものを」
「事故ったらどうしてくれる。どっちにしろ、一応俺は魔王にさらわれたってことになってるんだ。鉢合わせそうなのは却下。なんとか誘導するしかない」
テレパシーを緩めに送れば本人のひらめきの範疇だと錯覚はさせられるけど、そういう配慮を邪神に求めるのは諦めてるし、アンジェラに頼めたとしてもアイツにそんな微妙な調整が出来るほどの力はない。あったら俺がぶっ倒れるまでテレパシー送るようなことはしてないはずだ。
ならば。
「尊に話しかけるときに使ってたあのマイク、俺でも使えるよな?」
「出来はするが……天啓を与えるのか? 干渉しすぎるのは感心しないな」
「与えるのはスライムに、だ」
邪神は金色の瞳をぱちくりさせる。三対のエラは不規則にバラバラと動いていて、動揺の具合が手に取るように分かった。コイツ、案外可愛いやつかもしれない。
俺の弛んだ顔に気づいたのか、てるてる神はサッと表情を引き締めた。けどエラは小さくも確かにピクピク動いてる。なんなん、このエラ。犬の尻尾みたいなものなん?
ブフッと思わず吹き出すとエラがばっかりと大きく開く。やべえ、コイツすっげぇ素直だ。
温厚な神様でも思いっきり吹かれたら怒るわな。邪神の灰色の顔にわずかに黒みがかかる。魚神は苦々しげに眉間を寄せると傍らのショゴたんに顔を寄せた。
「あの子に話しかけるならショゴたんが適任だ。母のようなものだからな」
ショゴたんは黒い体をびくりとすくませたけど、すぐさまぷくっと膨らんでみせる。たぶんきっと、やる気は十分なんだろう。
禍々しい眷属に合わせて床に首を落とした邪神はぐりんと顔を仰向けにする。ローブは重心に負けへたりと床に落ち、首から下になにもないことがわかる完全な生首状態だ。やっぱ気持ち悪い。
「して、何をするつもりかな、人間下がり」
「分体を使って本体のところまで誘導させる」
邪神は、ルーミーは良い餌だと言った。
あの時はなんてひどいことを言うんだと思ったけど、今なら同じ事を思える。
ルーミーは餌だ。初出現のモンスターである以上、尊ちゃんはもちろんあの世界の住民もスライムのことに関してはてんで無知なんだ……無知なはず、邪神がいらん伝承とか残してなければ。情報がない以上、ルーミーをさらった赤いスライムを追いかけるだろう。だったら同じくらいの大きさのスライムを用意して奥にまで案内して、そこでルーミーと感動の再会させればいい。そして救出かーらーの、スライム討伐だ!
「嫌だと言ったら? 小娘さえ助かれば良かろう」
「アンジェラはスライム狩りの打ち合わせに神殿に帰ったんだぞ。やることはひとつだろ。人間に徹底的に狩られるより、勇者に倒されたことにして平和になった方がお得じゃないか?」
「つまりは狂言か。なかなかひどいやつだな。友人、なのだろう?」
こいつにだけは言われたくないけどな。こちとら一応は助けるためにやってるんだから。
まぁ、ひどいのは認める。そもそも、この世界は勇者のために用意された舞台なんだ。繰り広げられるのは暇を持て余した神々の遊び、魔王を倒すまでの筋書きのない即興劇。すべては俺らの手の内にあるべきもの。多少の道化回しは勘弁してくれよ、尊ちゃん。
邪神は俺の考えを汲み取ったかのようににやりとほくそ笑んだ。
「まぁ良い。ただ女の命は保証せぬよ。先に言ったとおりスライムたちの知性は低くてな、本能には逆らえん。小娘の方は血液源と知れば保存されるやもしれんがな」
「つまり男である尊は安全な可能性が高いって意味でもある」
「なかなか良い面構えをしておるではないか。さて、ならば我の仕事を片付けておこう。先程の勝負、ショゴたんの投了で相違ないな」
そういやエクストリームチェスで災害を決めるどーたら言ってたな。確か神が勝ったら水害起こるんだっけか。説明のためにボードの上片付けちゃったからショゴたんの反則負け、水害に決定だ。
「光栄なる試練の地は何処になったのだ」
『さっきの槍が刺さったところでしね』
ショゴたんはするするっと触腕を伸ばしてぽっかりと開いた地図の穴を指し示す。
見事な穴が開いてしまったのは王冠の印の付いた街から森を挟んで向かい側に存在する街。森の中にはルーミーが身にまとっていたのと同じ不思議な文様が刻み込まれている。文字が読めなくても、土地勘はなくても、おおよその意味するところは読み取れた。王冠があるところは俺だって行ったことがある場所だ。森の中の印は神殿とか変わり深い場所、すなわち俺も向かうはずだった聖地。そしてその森を抜けた先にある街は、俺も一行とは別ルートで踏み入れることになったあの街だ。
武芸の都、温泉の街。クロバシア。
ドワーフたちが日々研鑽に励むあの街を襲う不幸は、まだ終わりを見せていないらしい。