1、暇を持て余した神の社会見学
「暇だ」
そう呟いたのは神である俺。ゲームはさんざんフラグを立ててみてるし、小説などの読み物は毎日のように量産されている。アニメやドラマもなかなか面白い文化だ。ただ、語らう相手もなく黙々と消費し続けるのは神としていかがなものだろうか? 作品世界に新たな可能性を見出し、愉悦に浸ることこそが娯楽の神としてやるべきことではないのか?
と、いうことで、そこらの悪魔を誘ってサブカル仲魔にしてたぶらかされてみたくなるほど楽しく暇しているのだ。
神様のくせに遊んでばっかだと? やりたくないものは神様だってやりたくないんだから仕方がない。
「暇だとおっしゃるのであればいい提案がありますが」
俺の呟きに答えたのは教育係の天使。整った容姿に大きな白い翼、頭の上には輝くリング。非の打ち所のない優しい笑顔をたたえ、泣く子も寝かしつける穏やかな声を響かせる。
これほどまでに「いかにも」な姿をしているくせに実はかなりの腹黒だ。俺は知っている。笑顔に騙され、仕事に追われ、泣きを見た遠い日々を。そんな奴の提案など乗るわけがない。
「仕事ならしないからな。新世界のニートに俺はなる!」
「仕事の件ならとっくにあきらめてます。このたびは新世界のなんとやらになりたいならどうぞという提案ですよ」
「なぬ?」
「ちなみに創造神様からの命令でもありますので」
「……は?」
親父殿からニートになる命令が出た件について。いやいや騙されんからな。
「そうですね、『息子だからといって甘やかしてきたが、お前もそろそろ神としての自覚を持ってほしい。というわけで社会見学へ行くがよい』と、いうことです」
「……社会見学ってどこの? 天国、まさか地獄か? 個人的な欲を言わせてもらえるならやっぱり幻想きょ……」
「何言ってるんですか。下界ですよ、下界。いやぁ直に下界を見れるなんて新しい世界開けちゃいますねー」
今度こそ耳を疑った。下界、つまり人間が住まう世界だ。神様が下界にいくとかひょいひょいできるわけないだろと思っていたが……天使は、俺の聖書<ライトノベル>を持ち出してきた。
その本は“転生系”という、死に希望をかけた書籍群の一冊である。
何の変哲もない少年が運命のいたずらという名の神の凡ミスでトラックに轢き殺され、お詫びと称して異世界での人生と、神がかった才能と、類まれなる美貌を与えられ、可憐な美少女たちを気づかないうちに魅了し、異世界の王者として君臨するまでの爽快サクセスストーリー……ってまさか!?
「まあどういうこと考えているのか分かりますが、ごく普通の人間として生きてもらいます」
「何を言ってるんだ? 神様を転生させたらやばいだろ!?」
「大丈夫です。ぐーたらなあなたをここにいさせるよりはマシなんですよ」
「ぐほぁっ」
俺のメンタルにダイレクトアタック! 改心の一撃! 俺のヒットポイントはゼロだ!
ふ……神様相手にここまでいう天使はお前だけだ。
あと天使よ。そのポーズはなんだ。布を無造作に羽織っただけのその格好で足をそこまで上げたら、美しいおみ足どころか大切なところ(天使だから性別ないけどな!)まで見え――
「抵抗するのなら蹴って落とします。自動的に転生しますので」
「神様蹴るのはよくないとおもうよ!?」
「許可はでています」
三つ数える間もなく浮遊感が俺を襲った。地味に蹴りが効く。神パワーで飛ぼうと思ったが、謎の力でそれもできなくなっている。十中八九創造神と呼ばれる親父の力だろうな……。
あえなく落ちた。
最後に見たのは天使に相応しい微笑み……ではなく、思わず見惚れてしまうほどに美しい鬼畜ドS顔だった。
あの天使、覚えてやがれ!