drop
チャイムを鳴らす。
「いらっしゃい」
開いたドアから覗かせた君の顔を見ると、安心して泣きそうになった。
[何でもないことのように]
大好き。傍に居たい。
友達って立場を賢く利用する。
辛さと幸せと、半分半分。
「どうした?」
「急にごめんね」
何度か来たことのある彼の部屋。
彼の匂いが近くて、思わず涙が零れる。
「よしよし」
私が彼の家に行くのは、慰めて欲しい時だって彼も分かってるから。
ぎゅっと抱き締めて、あやすように背中を軽く叩いた。
その優しさに余計に涙が溢れる。
私の嗚咽が響く部屋に、彼の声がゆっくり浸食していった。
「今度さ、買い物行こうよ。俺が見繕ってあげる」
すん、と鼻を鳴らす。
「そうだなー。派手なのより明るいミルキーカラーの方が似合うかな」
私はぎゅっと服を握る。
「あ、でもたまには少し原色入れるのもいいかもね。考えておくよ」
背中を叩くリズムは変わらない。
温かい大きい体に包み込まれて、心地良い声のトーンが耳に入って。
「あ、映画でも見る?映画館でも、借りてきて見るでもいいよね」
想像して笑ってるのがわかる。少し明るくなる声に反比例して、私の涙は増した。
「今面白い映画やってるかなー。あ、ホラー系は絶対無理だからね!」
くすくす、と笑う彼。
泣きながら私も笑う。
その様子に彼は抱き締める力を少し強めた。
「後は、そうだなあ。まだ桜咲いてるかな?」
こくん、と小さく頷く。
「じゃあ桜祭りに行くか。何か買って、食べながら花見してさ」
もう平気だ。涙は徐々に止まっていく。
すん、と再び鼻を鳴らす。
それに気付いたのか、ぽんぽんと頭を撫でてきた。
「今、行ける?」
「うん」
顔を上げれば、彼は目元に長い指で触れてちょっと笑った。
「やっぱり赤いね」
「伊達メすれば大丈夫?」
「しなくても、夜なら平気な気もするけど」
そう言われたけど、私はメガネを鞄から取り出してかけた。
「ん、おっけ。楽しんで、嫌なこと忘れようぜ」
「そうだね。ありがとう」
とても優しい君が、大好きで。
だからこんなに泣いてしまう程苦しい。
「何食べたい?」
「焼き鳥とか?」
「いいよ。たこ焼きも買おうよ」
「うん」
カップルも、家族連れも、若者の集団も。
明るい顔して話したり、食べたり飲んだりしている。
すれ違うカップルに、良いなあって思ってみたり。
「今日は何があったの」
食べながら、ふと彼は聞いた。
いつもは聞かない彼の、些細な違いに戸惑う。
「学校?バイト?」
「ううん」
「家族?」
「違うよ」
「……男?」
「……」
何とも言い難い顔をする。彼は悲しそうな顔をした。
「……別れた。好きじゃなくなった」
「そっか。オンナノコを泣かせる男となんて別れて正解だよ」
でもすぐに優しく笑って、頭を撫でた。
誰より好きになってしまった。
他の男との別れも厭わないくらい。
「好きな人がいるの」
ぼつりと呟けば、彼は一瞬動揺する。
「好きって言っても、良いかなあ」
少しだけ酔ってきたのかも。
このまま告白出来そうな勢い。
「良いんじゃないかな」
顔が見れない。だけど言おう。
意を決して告げた。
「……が、好き」
息を飲む音。周りの騒がしさが遠くなっていく。
「ほんと?」
「うん」
「俺も好きだよ」
びっくりした、と笑った彼に、私も笑った。
信じられないね、こんな幸せな結果。
「よろしくね」
「うん、よろしく」
何でもないことのように傍に居てくれた君の傍に、これからも居よう。
今度は私が抱き締めるあげるから。