イマセマリクル。
私は溶ける身体という病いに罹っている。
それは、今から数週間前の春休みのことだった。私の祖母が眠っている墓地で、私は恐ろしき死霊が、自身の骨をばきばき喰っては笑い、喰っては笑いと、この世のモノとは到底信じ難い光景を目の当たりにしてしまった。
それから、この病いと闘い続けている。
あの日、私は墓地で眠っている祖母に頼んだのである。
大好きな先輩と同じT高校に入学出来るようにと、祈願したのだ。
その墓地は私が住んでいる町からは、少し離れた場所にあるのだが、心臓破りの石段を何段か上らなければならない。途中バテそうになり、何度か心が折れそうになるのだが、目的のためには仕方のないことだった。
よく墓参りでは、願い事をするのではなく報告をしなさいと言われている。私はそんなことを祖母からよく聞いていた。参拝時間も夕刻を過ぎた頃には行くなと教えられ、行くと未浄化霊と言われる、この世に未練を持つ霊達の恰好の餌食になってしまうらしいからだ。
そんなタブーを犯してしまった。自業自得と言えばそれまでだが、その後に溶ける身体という貧乏くじを引いてしまったというのが、何とも言い難い失態である。
この身体との生活は、途轍もなく不憫で、限りなく迷惑な習性を持っている。まるで、あの時の死霊がそのまま、私に憑いてるのではないかと思う程に、私は私ではなくなっているのだ。
* * *
始業式が始まり、私は中学3年生になる。
そんな学生生活での日課と言えば、放課後、御手洗いに行くことである。溶け出した身体の修整に向かうためだ。アロンアルファでポトリと落ちてしまった爪をくっ付けたり……歯茎から溶け落ちた前歯を隠すために、専用の部分入れ歯をしたり……。
だが、不幸中の幸い、まだ皮膚が爛れたり、形が変化したり、してないだけ救われている。見るも無残な姿にならないだけ、普通の生活が出来るだけ、まだマシなのである。
いつか悪化して来るのではないだろうか……。
いったい、どうなってしまうのか……。
現時点では、皆目見当もつかない状態なのだ。
大好きな先輩と同じT高校に通うという人生。
まだ十数年しか生きていない私にとって、そういうことが人生の目標であっても、なんら不思議なことはないだろう。
私はどうにかしたいと思い、再び祖母の眠っている墓地へと向かった。
実を言うと、ちょっとした好奇心ってのもある。何だか私だけが特別で、私だけが知っている、今だけの青春の1ページ。
でも、きっと……危なくなったら、祖母が助けてくれるさ。そんな保険があるから、私は好奇心を持って事に望めるのだろう。
* * *
死霊が出て来る時間帯である夕刻過ぎ。状況は前と同じく死霊と出会った時のように設定する。もちろん、死霊が現れ出なければ意味がないからだ。
幽霊退治なんてのは、まったく霊感のない私にとっては、未知の領域ではあるのだが、私の人生が懸かっているのだから、そうも言ってられない。
そんな余裕はないのだ。
霊媒師やら霊能力者に頼もうと思ったのだが、中学生の私に出せるだけの御布施金もなく……。それに両親に頼むことも、この場合、内容が内容だけに、まったく信じてもらえないだろう。さらに、私のことを不思議な子とか、残念な子であると思われてしまいかねない。それに両親に迷惑を掛けたくないというのもある。という概念が、どうしても脳裏を過ぎってしまう。
それでも頼るべき相手はいないだろうか……と試行錯誤する中、該当する者がひとりいた。
同じクラスの霊感少女K子だ。
この時代には珍しいオカッパ頭で、前髪が目の辺りまで覆いかぶさり、その瞳から表情を読み取ることが出来ない。
そんな風貌の少女だ。この子に聞けば、このような心霊系オカルト問題を難なく解決してくれるに違いない。
だが、私の親友Sは、このK子のことを気持ち悪いと罵り、酷く毛嫌いしている。
その陰気過ぎる表情を、なんとか歪ませ驚かせてみたいと思い、給食時間中、カレーの中にオモチャのゴキブリを忍ばせたことがあった。どうしてもK子のリアクションを見たかったからだ。すると、K子は変な奇声を発して、ぶるぶると怯え、その場で泣き崩れてしまった。
親友Sは、それを見て腹を抱えて笑い、私もつられて思わず笑ってしまった。それをK子に見られていたから、こんな溶ける身体のことを聞くにも聞けない、あんなことをしといて、助けて欲しいとは頼みにくい。
そんな状況なのである。
いつの間にか、辺りは薄暗くなり、深山へ帰ろうとするカラス達が騒がしく鳴き出し、私の恐怖を煽って来る。物を語らない墓石達もまた、昼間とは違った別の顔を見せ、恐怖はより一層のものとなる。
私はちょっと弱気になってしまった。勢いだけで、ここまで来て、結局何も出来ないで、何も解決しないままで終わって行くような気がしてならない。
溶ける身体。
まったく、現実離れしている病いである。
現代医学では治せない、いや治せるわけがない、大病よりもある意味、強烈な心霊現象。
暴言でも吐きたいぐらいだよ。
「死霊の奴!」
こんな罰当たりな発言を思わず口に出してしまった。言霊ってのは、やはりどんな者にでも心に響くのだろうか?それがこの世の者ではない死霊だったとしても……。
すると、その時!
「ぽと……ぽとり……ぽと、ぽとり……」
何かが落ちた音。
いったい、何が落ちたのか?
すると突然、私の目の前に人影が現れた。両手で地面にある何かを探している。よく見てみると、私の溶ける身体の原因である死霊とは別の種らしい霊体の姿があった。
顔は暗くてよくわからない感じだが、あるはずの2つの目玉が抜け落ちているのがハッキリとわかる。捜しているのは、どうやら落としてしまった2つの目玉のようだ。こんな現実離れした光景を目の当たりにしても、私は動じなかった。
先程の煽りから、私はさらに恐怖すると思ったが、何だかそんな感じではないようだ。
私は驚きではなく、怒りを覚えたのだ。
恐怖とは無縁で。
コイツは死霊もどきとでも言っておこうか。
「ねぇ?」
私は声を掛けてみた。
普通に生きている人間と同じように。
もちろん、相手が弱者らしき印象があったので、掛け易かったというのもあった。
だが、やはり私の感情を支配していたのは怒りである。モタモタしている態度が気に食わない。
だから、私は迷わず質問を重ねてみる。
「ちょっと! 聞いてよ? 私ね。ここで出会った死霊のせいで、溶ける身体になってしまったのよ。なんとか治す方法わからないかな?」
だが、何も答えようとはしない。
ただ地面に落ちている目玉を捜しているだけで、声を発する様子も、私の声に聞き耳を立てている様子も、まったくない。
馬鹿にしているのだろうか?
私の怒りがさらに増す。
「ちょっと、なんとか言ったら! 私の質問に答えなさいよ」
私はキャラでもない横暴な態度で、その死霊もどきに罵倒を続けた。
それでも態度を変えない。
私は遂に手を上げ、頭を小突いた。
ぐしゃり。
その頭は溶け出して、それから身体の形が崩れ出した。
私の右手は死霊もどきの所為で、どろどろとなり……私は、ぽか~んと口を開けたまま、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。呆気にとられ、目の前の現実を受け入れられなかったと言った方が正しいだろう。
そして、死霊もどきはそれから……徐々に溶け出してしまった。よく見ると、そこにはアロンアルファでくっ付けたような爪と、抜け落ちた前歯を隠すための専用の部分入れ歯らしきものが、溶け続ける死霊もどきの中から現れ出て来た。
私は我に返り驚愕した。
その死霊もどきから出てきたグッズの数々に見覚えがあったからだ。
「そ、それは……わ、私の……あ、あなたは……私なの!」
私は恐怖しながら、その場を後にした。怖くてどうしようもない。どこをどうやって、どのようにして、石段を駆け降り、走り抜けてきたのか? まったく覚えがなかったが、なんとか家路に着いたようだった。
恐怖のあまり、夕食も喉を通らなかったため、両親も心配していたのだが、そのまま私は部屋でひとり寝込んでしまった。
もうこうなったら、ホントは頼みたくはなかったのだけど、あの子に……K子に相談しよう。
相談して、この死霊の正体、それに溶ける身体の現象を解明して、元通りにしてもらおう。
私は親友Sに、裏切り者と言われても、嘘吐きと言われても、K子に縋ろうと思う。そう心に決めるのだった。
* * *
次の日。
私はK子に助けを求めた。
K子はいつも窓際にある自分の席に座って、ひとりでボソボソと何かを呟いている。近寄りがたいオーラを醸し出しているのだ。
もちろん、私も周りのクラスメート達もK子に声を掛ける様子もなく、そこだけが別世界という感じで、ホントに近寄りがたい。
だが、私は向かった。
親友Sが見ているのにも関わらず。
「あ、あの~K子ちゃん?」
チラっと。
私を見るK子。
その後は何も反応しない。
またボソボソと何かを呟き始める。
それでも私はめげずに声を掛ける。
「K子ちゃん!」
チラっと。
今度はちょっと面倒臭そうな表情で、再び私を見る。
しばらくすると、またボソボソと何かを呟き始める。
こうなったら、唐突にSOS信号を送るしかない。
助けて下さいと伝えるしかない。
「K子ちゃん! 私を助けて!」
さっきまで賑やかだった周りのクラスメート達は、私の叫び声によって静まり返った。
親友Sが私を見詰める視線も、さらに汚らわしい者を見るようなものとなり、私を見下している様子だった。
すると、突然K子は立ち上がり、
「ここじゃ不味いから、上へ来なさい」
と教室を後にして、3階から4階、4階から屋上へと、K子は私の手を引っ張りながら、速足で向かった。
私は必死にK子について行った。
周りのクラスメート達や、親友Sの視線を気にしながら……。
* * *
私の中学校は、常に屋上が開放されている。そのためか、多くの生徒達の溜まり場となっているのだが、本日は生憎の空模様で、人は疎らだった。K子に私の話しを伝えるには打って付けの場所となっていた。
「あんた死霊に憑かれているね?」
K子の第一声に、私は打ちのめされた気分になった。私が言わんとした言霊を、そのままK子に言われてしまったからだ。
「どうしてわかったの?」
「あんたの身体の上半身の半分まで、死霊が這入り込んでいるから……」
「は、這入り込んでいる……?」
私はゾッとした。憑かれているとはよく聞くものの、這入り込んでいるとは、あまり聞いたこともないし、考えたくもない状況だ。
私はK子に縋り付いた。
「ねぇ? なんとか出来ないかな? それに私、溶ける身体になっちゃって、どんどん皮膚や身体の部位が零れ落ちて行っているのよ」
「なんとかしようか?」
「出来るの?」
「でも、大変かもよ? その死霊に憑かれた墓地まで行って、私が指定した墓石の下を掘り出すの。そして、そこにある遺骨を掘り出したら、あたしに教えて。流れを止めるの。下半身の半分まで、あなたの身体に死霊が到達しないために……出来る?」
たぶん、その墓石こそが、私を溶ける身体にした死霊の遺骨。
つまりは、私をオモチャにしている首謀者。
* * *
それから。
私はあの墓地へ通い続けることになった。また私の未来の姿を見たらとか、あの死霊と再び出会って、今度は命を奪って来るのではないかと、色々想像したら、怖くて怖くて堪らない。
だが、実はK子から護身用に御札を授かっていた。ちゃんと目的を果たせるように、願も掛けてもらった。
だから、安心して通うことが出来ているのだ。今じゃ、私はK子なしでは生きて行けない状態にあるのだ。親友Sには悪いが、私はK子を親友と呼んでもいいとまで思っている。
その墓石は墓地の入り口から見て、対角線上にある東北の方角にある。つまりは、鬼門の方角だ。陰陽道で鬼が出入りすると言われている、あの方角のことだ。
中学生の私でも、そんな知識があったのは、この墓地で眠っている祖母の伝承話によく登場していたからだ。だから、K子のアドバイスを聞いても、なんの違和感も感じなかった。その鬼門の方角に、忌わしき者が存在することに、なんの疑問もなく、むしろ納得させられてしまった。
その墓石は緑のコケが生え拡がっていて、右角の部分が欠けているものらしい。誰も手入れをしていないような、そんな寂しそうな墓石であるという。確かに周りの墓石と比べると、どこかレトロの雰囲気を醸し出していて、独特のオーラのようなものが漂っている感じはある。
通常の遺骨は、カロート(納骨棺)と言われる部分に納めるのが一般的となっているが、この墓石にはそんなものはまったく存在せず、年月が経ったことを想像させるような、硬そうな地盤が拡がっている。
私のような中学生に、その地盤を掘り出すのは至難の業だし、大きなスコップで掘ろうにも、あの石段のことを考えたら、重くて持ち運ぶことは出来ない。なので、一様小型のスコップを用意している。
掘り出す時は、いつも日曜の早朝と決めている。それは霊現象が起きない安全な時間帯だし、人もそんなに近寄らない時間帯だからだ。K子もその時間帯を勧めてきた。
だが、その作業を開始して、2回目の日曜……私は見られてしまった。
いつものように墓石の下を掘っていたら、ひとりの僧侶が私の前に現れたのだ。
「ここで何をしてなさるのです?」
私は何も言わず、何も答えず、黙ったまま僧侶を見詰めた。僧侶は私の掘っている墓石の下を見ながら、
「あら、まあ。こんなことをして……御気の毒に」
僧侶は私に向かって手を合わせ、ブツブツと念仏を唱え始めた。私はあまりに不愉快だったので、こう言った。
「あ、あの~……私忙しいので、あっちに行ってもらえる?」
私はK子のためにも、この墓石の下を掘り出して、あの死霊の遺骨を届けなければならない。
これが約束なのだから。K子と初めて、心を通わせた証として、遺骨を差し出さなければ……私は、だからこう言ったのだ。
「私親友との約束のためにも、ここを掘り続けなければならないの。だから、邪魔しないでくれる?」
僧侶はそれを聞くと、念仏を止め、アゴに手を置き、何やら考え込んでいる。
「ふむ。これは、あなたに怨みを持っている誰かが、その怨念でこんな風に墓石の下を掘らせている」
不覚にも僧侶の発言が気になってしまった。僧侶が言うには何だがK子が首謀者という感じだ。
そう考えると、何だかK子が怖くなった。確かに普通に考えたら、墓石の下を掘り出すなんてことは罰当たりで、それで溶ける身体から解放されるとは、到底信じ難い話しである。
精進している僧侶に頼んだ方が、確実に死霊のテリトリーから抜け出すことが出来るのではないだろうか?
行動とは裏腹に、私の考えは変わった。
K子に問い詰めてみよう。
私に怨みでもあるのかと……。
* * *
そして、次の日。
私はK子に問い詰めた。相変わらず、K子は窓際にある自分の席に座って、ボソボソと何かを呟いている。私は周りのクラスメート達や、親友Sとの距離を置き、K子とその場で話し込んだ。
「ねぇ? K子、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
やはり、屋上で交わした約束を守っていたり、どことなく仲良くなった雰囲気があったからなのか、前までのK子と違い、私と何の抵抗もなしに会話が出来るようになっていた。
「昨日ね。いつものように墓石の下を掘っていたらね。僧侶が現れたの。でね。私の姿を見てね。気の毒にって……K子って、もしかして……私を怨んでいたりするのかな?」
給食の時間。親友Sと一緒にK子に悪戯をした、あの時の話しをしながら、K子に問い詰めた。
どうやら怨んではないようだ。笑顔で「そんなことないよ」と言ってくれたから。
私は安心した。
そして、僧侶との間に何があったかを、K子に事細かく説明して、話して聞かせた。
その話しを終えると、K子は先程の態度とは一転して、物凄い勢いで立ち上がり、
「ダメ! あんた憑かれてるから!」
と、いきなり大声で怒鳴った。あの前髪によって隠されていた瞳もギョロリと現われ出て、より一層その事の重大さが伝わって来る。周りのクラスメート達はもちろんのこと、親友Sも驚愕していた。
K子の豹変にはいつも驚かされる。確かに物静かで、どこか独特の雰囲気を醸し出しているようなK子が、いきなり感情的に叫び出したら、誰だって平然としてはいられないだろう。
「墓石の周りに、この御札を貼りなさい。そしたら、その僧侶は今後現れないからね。しっかりね。いい? わかった?」
私の目の前にK子の顔が近付く。
青白く不気味な表情は、私に決意をさせた。
あの僧侶こそが死霊であり、私を苦しめてきた首謀者であると……。
* * *
中学校と墓地への往復。今まさに私の人生は窮地に立たされている。言い過ぎかもしれないが、中学生の私にとっては天地がひっくり返される程、重大なことなのだ。
K子に言われた通りに、私は墓石の周り4箇所に4枚の御札を貼り付け、いつものように墓石の下を掘ることに専念した。もちろん、願掛けようの御札も常に携帯しており、死霊が現れても恐ろしくもない万全の状態を期しているのだ。
死霊から見たら、この場所は何も見えない空間とされ、私を捜し出そうとしても見つけられないような、そんな状態にあるのだろうか?
さあ、今日も掘り続けよう。実は、もう少しで遺骨まで到達出来そうなのだ。愛用している小型のスコップが、遺骨が納めてある、お菓子の缶箱を捉え、カンカンと音を立て始めたからだ。
これでK子との約束を守れる。この遺骨をK子に差し出して、私の溶ける身体から元通りの姿に変えてもらおう。
すると、誰かがこちらへ向って来る。徐々に近付く足音。あの死霊でも、私の未来の姿である死霊もどきでもない。ならば、あの僧侶が!と徐々に近づいて来る、その者の姿は……、
なんと!
K子の姿だった。
私は安心した。
「な~んだ。K子か」
どうやら、そろそろ掘り終える頃だろうとK子は予想して、この墓地に来たらしかった。
「もう少しね?」
「えぇ。ちょうど良かったわ。やっぱりK子は霊感強いんだね? だって、私が掘り終えるのわかったんでしょ? これで私も溶ける身体から解放されるのね。あぁ、良かった。大好きな先輩と同じT高校に通う夢が叶いそうだわ。これが済んだら、受験勉強の続きをしなきゃね」
私はペラペラと一方的にK子に話しながら、遺骨堀りの手を進めた。K子も私の夢に賛同してくれている様子だ。親友Sと手を切って、K子に乗り換えて良かった。私の選択は間違っていなかったのだ。
やがて、私は遺骨を掘り終えた。缶箱の中から現れたのは、大きな喉仏だった。
それをK子は素手で掴んで、
「じゃあ、これはあたしが預かるからね」
と踵を返そうとする。
私はK子が喉仏を素手で掴んだことに抵抗を覚えず、何だかひとりにされるのが寂しかったためか、K子の腕を掴んだ。すると、K子は……、
「これで復讐出来るのね? あの子、気に入らないのよね……」
と意味深な発言をしたのだった。
そうだ。
そんなことより、私の溶ける身体はどうなったのだ?
K子に、その遺骨を渡せば全ては解決するはず。流れが止まって、下半身の半分まで死霊が到達しなければ……私はK子に再び縋る。
「ちょっと待ってくれる? まだ、遣らなければイケないことがあるから……」
「約束が違うじゃない! K子! だって、あなたは私を助けてくれるって!」
私は必死になって、K子に訴え続けた。
だが、私はK子の次の一言で安心してしまった。
「親友同士でしょ? 約束破るわけないじゃない……それとも、信用出来ないの? あたしのこと……」
と言い残すと、墓地を後にした。
果たして、私の溶ける身体は治って、元通りになるのか?
K子はあの喉仏をいったい、どうするのだろうか?
それでも、K子を追い駆けようとした、その時!
私の目の前に現れたのは、あの僧侶だった。
どうやら、私は4箇所に4枚貼った御札の結界から外へ出てしまったらしい……。
「はっ、死霊!」
私は思わず声を上げてしまった。
「死霊だなんて……酷いこといいますね~」
僧侶の死霊は、まるで普通に生きている人間のように私と会話をして来る。私はあのK子に貰った携帯している御札を、その僧侶の前に掲げた。
「これで成仏なさい!」
私が必死に掲げた御札は何の効果もなかった。僧侶はキョトンとしている。
「き、効かない……」
「あの~申し訳ないけど……それ安産祈願の御札だよ」
僧侶の言った事に最初は戸惑っていたのだが、確かによ~く見ると、くずし字で「安産」と書かれてあった。
「そちらはどなたに頂いたのです? もしかして、ここに現れ出た死霊から身を護るために、護身用に携帯しているのですか? だとしたら、厄介ですね」
僧侶が居る位置からは少し離れた所に、あの墓石は存在している。
遠くを見るような視線で、その状況を判断し、私に僧侶は話しを続けた。
「安産祈願ということは、ここから新たな生命が誕生すると言うことです。つまりは、こちらの掘り出した遺骨から次の死霊を産んだのですよ。こちらに先程まで誰が居ましたか? これは相当新手の霊感人間ですね~」
そして、僧侶はあの墓石の所まで歩みを進め、4箇所に4枚貼られた御札を剥がして行った。この僧侶は、どうやら死霊では無さそうだ。
どちらかと言うと、現実離れした行動はK子の方にあると思う。
私は親友という言霊に踊らされ、すっかりK子を信用してしまっていたらしい……。
「どうすればいいの?」
私は墓石の所まで歩み寄り、僧侶に救いを求めた。
もう、この人に頼るしか、この心霊現象から逃れる術はないと思い始めていた。
「そうですね。僕の御寺に来てみませんか? 実はこちらの墓地は、僕が管理しているんです」
「それで……それで、私を溶ける身体から解放してくれるの?」
「溶ける身体……?」
「あ、まだ話してなかったのね。実は私……数週間前に、この墓地で骨をばきばき喰らう死霊と遭遇して。以来ずっと、溶ける身体に悩まされているのよ」
私は今まで、この墓地で体験した心霊現象を、僧侶に事細かく説明した。僧侶は親身になって聞いてくれた。
「それはお気の毒に……直ぐにでも御祓いしてあげましょう。そう言えば、ここにあった遺骨? どうしました?」
僧侶はカラッポになった缶箱の中を覗き込みながら、私に問い掛けた。
「こ、これ? これは……K子が……」
K子を裏切るようで、何だか心地悪かったが、その全てを僧侶に話した。僧侶はアゴに手を置きながら、
「もしかして、その喉仏を使って、新たな死霊を産み出すつもりなのですね。これは一刻を争いますね。これは大変言い辛いのですが……もしかしたら、あなたの溶ける身体も悪化しかねないですよ」
私は絶句した。
今私が一番に治したい病いが悪化してしまうなんて……想像したくもないし、考えたくもない現実だ。
と、その時……私の皮膚が、どろどろと溶けている感覚が、私の両手両足から判断出来た。
私が一番恐れていたことが現実化してしまったらしい……。
「な、何よ! な、何なのよ! これ!」
「これはやはり、そのK子とか言う少女が操っていますね。その子が、怨みある者に復讐を企てている」
「それは違うわ。だって私に復讐理由なんてK子にはないはずよ。だって、K子は私がしたことに対して、そんなことないよって怨んでないって……」
私は僧侶に必死に訴えた。
僧侶は、私の顔を見て渋い表情をしながら、
「あなたは利用されています。冷たい言い方になってしまうかもしれないですけど……もっと、ホントに怨みある者に復讐するための道具だったのですよ。あなたは……」
K子は、私を親友とは思っていなかったのだ。
K子は、私を道具のように扱っていたのだ。
K子は、私を……じゃあ、K子が次に狙うべき標的は……怨みある者は……もうひとりしか思い当たらない。
親友Sだ!
最初から親友Sに対して復讐するために、私を利用して死霊を産み出す協力をさせたのだ。これで、私がK子から復讐に近い仕打ちを受けていることに納得が行く。
それが溶ける身体だったのだ。
K子にとって、私を親友と呼ばせることは簡単なことだった。
K子は霊感少女である。他のクラスメート達にはそのような能力を持った者もいないし、少なくとも私の通う中学校にはそのような者はいない。仮に、もし私がどこかの霊媒師やら祈祷師に幽霊退治を頼んだとしたら、その場合はK子の方からアクションを起こして来たに違いない。
しかし、事は有利に進み、私はまんまと罠に嵌ってしまった。まるで呪術でも使ったかのように……。
と、私はどろどろ溶け出した両手両足を見ながら、自身の不甲斐無さを噛み締めながら確信するのだった。
そして、決して口に出したくなさそうな言霊を、僧侶は私のために言い続けてくれたのだった。躊躇しながらも、押し殺して言霊を放った。
「こんなこと言いたくありませんが……あなたの溶ける身体が、まだマシな方と捉えるなら……その親友SさんはK子さんに殺されてしまうでしょうね」
親友Sが殺されてしまう。しかも、親友のK子に……。どちらかと言えば、今は前者の方に気持ちが傾いている。もちろん、諸悪の根源、さらに首謀者はK子だとわかったからだ。そんな相手の手助けをしてしまった私は、ただの御馬鹿と罵られるのだろう……。でも、もうそんなことを言っている猶予もない。状況は悪化し、私もそろそろ危ない。
僧侶はそんな私の心境を察知したのか、私を負ぶさり墓地を後にした。
* * *
僧侶の御寺は、墓地の場所からはそう遠くない高台にあった。高台と言っても、そんなに高くない小高い場所にあると言っても過言ではない。境内にある建物は何だか新しかったので、歴史を感じさせるというよりは、どこにでも在りそうな御寺という感じがした。ウグイスの囀りと共に、私は目を覚ますと、どうやら僧侶の寝室らしき畳で仕切られた部屋で眠りこけていたようだった。
昨晩、私はここで過ごしたみたいだ。寝床の近くでは座りながら、眠っている僧侶の、如何にも私を「ずっと看病していましたよ」的な光景を目の当たりにすると、感謝の気持ちでいっぱいになっていた。
それに何より、あのどろどろ溶けていた両手両足も、すっかり元通りになっており、僧侶が御祓いを既に終えているのだということが理解出来た。
そう言えば、今日は月曜日である。いつも遺骨を掘り出す時は、日曜の早朝と決められていたので、次の日は月曜。
つまり、私は学校に行かなければならない。K子が親友Sをどう料理するのか?
と、そのことが心配だ。
「僧侶さん! Sちゃんが!」
鼻ちょうちんが膨らみ、ちょうどパチンと弾けた時、僧侶は眠りから覚めた。早くK子の魔の手から親友Sを助け出さなければ……。
「僧侶さん! 私と一緒に学校に来てくれる?」
僧侶はなんの迷いもなしに私に賛同することを決意し、学校へ行く準備をしてくれたのだった。
* * *
私達が中学校に到着したと同時に、チャイムが鳴り響いた。校舎全体がザワザワざわめき始めたので、どうやら放課後になったらしい。私は僧侶を引き連れて、私のクラスである教室へと案内した。
廊下を駆け抜ける。
私が僧侶を連れて走っていたので、そんな光景を目の当たりにした生徒達は、不思議そうに見続けた。教室まで到達すると、室内に居たクラスメート達は、一斉に私達を見て、キョトンとした表情を浮かべていた。すぐさま私は、K子と親友Sの存在を確認する。キョロキョロと、室内の隅々まで周りを見渡す。
がっ……いない!
しかも2人揃って。
私は少し仲の良いクラスメートのひとりに呼び掛け、
「ねぇ? Sちゃんと……それにK子知らない?」
「S? Sなら、今日は早退したけど……」
早退?まさか、もうK子の魔の手が親友Sに向かい、身体を蝕み始めた頃なのか? 手遅れになってしまったら、もう……どうにもならにない。
だが、私は次に発したクラスメートの言霊に驚愕した。天地がひっくり返る程の衝撃を覚えたと言っても過言ではないだろう……。
「でも……K子って、誰? 隣のクラスの子?」
周りのクラスメート達も、どうやらK子の存在を知らないようだった……
「だって、あの席!」
と、私はK子の座っている窓際の席を指差し、そう言い放つ。
「何言ってんのよ? あれは……あなたの席でしょ?」
わからない!
理解が出来ない!
私は僧侶に問い掛ける。
「僧侶さん! 霊視か何かでわからないの? だって、あそこにK子は……」
「すみません……どうやら、僕の読みが外れたみたいです。僕は手っきり、あなたに怨みを持った者の仕業だと……どうやら見当違いみたいですね。そうと解れば、Sさんの所へ向かいましょう」
さっきとは逆に、私は意味深な発言をした僧侶に連れられ、教室を後にするのだった。
K子がいない……教室にいないのではない……元々存在すらしていなかったのだ。
「Sさんはたぶん、もうコントロールされている頃でしょう。一刻も早く助け出さなければ……」
僧侶の頼もしい言霊に、ほっとしたのも束の間……、
なんと!
私の溶ける身体が再発してしまった……。しかも、今度は顔面が……どろどろ溶け始めているのが、鏡を見なくても理解することが出来た。僧侶は私のそれを見て、
「しまった! やはり、根源を断ち切らないことには……御祓いでは予防させることしか出来なかったようですね……」
「ぞうりょざん……た~た~じ~げで~……(僧侶さん、助けて~)」
「わかっておりますよ。そんな時のために、この面を用意したんです」
と、僧侶は法衣の中から、おかめの面を取り出し、私に被せてくれた。
「女の子はそんな顔をひと様に見せるものではありませんからね~。もう少しの辛抱です。必ずあなたを窮地から救い出しますからね」
少し溶け方が緩んで来た、そんな気がした。この面には、何かの御祓いが施されているのだろうか?
そんな遣り取りの中、辿り着いた所は……心臓破りの石段の前。
つまりは、あの墓地だった。
「やはり、こちらに戻って来ることが一番の近道だったんですね。私は読めなかった……まさかとは思っていましたが……」
僧侶の意味深な発言に問い掛けようにも、顔面がどろどろ溶けている所為で、口を開くことがままならなかった。でも、結局はこの墓地に来てしまったのだ。僧侶は私を負ぶさり、心臓破りの石段を上り始めた。
* * *
曰くの場所に辿り着いた時、親友Sは私がK子に急かされ、掘り出したあの墓石の前に立ち尽くしている様子だった。顔は青ざめ、ホントに体中に血液が循環しているのか、疑わしいぐらいに生身の人間の感じがしなかった。
ホントに何者かにコントロールされている感じだ。おかめの面を被り、顔面がどろどろ溶けていた私だったが、それでも状況ぐらいは理解出来る独特の雰囲気が漂っていたのだ。
すると、親友Sはしゃっくりを繰り返す。喉に何かが詰まっているような、そんな感じで苦しそうだった。
「Sさんの喉を絞めるつもりですね! そうはさせませんよ」
僧侶は負ぶさっている私を、その場に降ろすと、すぐさま親友Sを救済に向かった。
私はバタリと横たわった。この溶ける身体さえ、なんとかなれば!やはり、自身の瞳で見たい。雰囲気だけでは理解の限界がある。親友Sと僧侶の闘いの行方は如何なるものなのか? 擬音と悲鳴が繰り返す中、私はその場で祈るしかなかった。どうやら、僧侶は無事に親友Sを魔の手から救い出したようだった。
私は安心した。
僧侶に頼んで良かった。
だが、そんな中、聞き覚えがある声が生々しく聞えて来た。
「あらあら……また邪魔しに来たのね。折角、もう少しで復讐が完成するのに……この憎たらしいSを死に追いやることが出来るのに……」
K子だ!
K子もこの場にいるらしい……。
やはり、K子は存在していたのだ。
「出たな。これがK子さんですね。つまり……」
一瞬、時が止まる。
「あなたですよ!」
僧侶が指差した、その先に存在しているのは……、
私だった。
「あなたがK子を産み出した。あなたの復讐の怨念がK子という生霊を産み出し、Sさんを死に追い込もうとしたんですよ」
それでも、さらに僧侶は続ける。
「だから、ここに居た死霊と、その波長が逢ってしまい、どろどろと溶ける身体という代償を伴ったのです……つまり、復讐の完成と共に、あなたは死んでしまうのです。その予告として、死霊はあなた自身が溶け行く姿を見せたでしょ?」
点と点がつながり線となった。
そうだったのか……私は親友Sに復讐しようと思っていたのだ。その怨念が、ここに居る死霊との波長を合わせてしまい、私の願いを叶えようと協力してくれていたのだ。
その代償として、溶ける身体となり、やがては死に行く。それを知らせるために、私自身の死霊もどきまで見せ、予言に似た予告をする。
今まで私は教室でもK子と会話をしていた。
屋上でもK子と会話をしていた。
この墓地でもK子と会話をしていた。
と思っていた……だが、現実から見れば、私は独り言を言っていたに過ぎなかったのだ。いつもひとりで独り言を言っていたから、私はクラスメート達からも親友Sからも、たぶん僧侶からも気の毒に、残念な少女に思われていたに違いない。自作自演屋と言えば笑ってくれそうな人が中には居そうだが、実際にそんな人は居なかったに等しい。
だって、ホントに私は必死だったから……死霊から逃れるために……溶ける身体から解放されるために……必死だったから……。
では、あの喉仏はどうなってしまったのだろうか?
私がK子のアドバイスを駆使して、掘り出したあの復讐のための道具は?
「げっ……げほ……げほげほ……」
そんな時。
苦しそうに親友Sが吐き出したものは、私が苦労して掘り出した、あの喉仏のようだった。それを喉に詰まらせ、喉を絞めることで親友Sを死に至らしめるつもりだったようだ。そうして、新たに死霊を産み出すことを願っていたのだろう。どうやら、この喉仏のチカラによって、親友Sはこの墓地に誘導されたらしかった。
だが、僧侶がそれを阻止した。
「僧侶め! 余計な事を……でも、あたしの復讐は変わらないのよ。よくも、Sはあたしに、あんな酷いことを……」
K子の言霊に対して、我に返った親友Sは私と勘違いでもしたのか……K子に対して詫びる様な感じで、こう言い放った。
「ごめんなさい……だって、あなたは大好きな先輩と同じT高校に通うって行って、あたいのこと全然見てくれなくなった。あたいはあなたと同じW高校を目指そうと思っていたのに……親友だと思っていたのに……」
どうやら、親友SはK子が、私に見えるらしい。
しかし、K子が言う酷いこと……とは、いったい何のことだろう?
そんな時、私の脳裏にあることが過ぎった。
そうだ!
親友Sは……給食の時間。私の食べるカレーの中に、オモチャのゴキブリを忍ばせ、奇声を発した私を見て、嘲笑っていた。私はどうしても、そのことが……その状況が理解出来ずに、私は私を客観視して、親友Sと同じく嘲笑ったのだ。私が自身を嘲笑うことで、私の傷付いた心の隙間が少しだけだが埋めることが出来る。それはもちろん、錯覚に近いものだが。
それからの私は、まるで別人になったかの如く、誰とも口を聞かずにボソボソと呟いていた……。
「S死ね……S死ね……S死ね……」
と、毎日毎日ボソボソと呟いたのだった。
「これ以上思い出すんじゃないよ! もしも怨念が消えてしまって、丸く収まってしまったら、あたしの存在が無くなるじゃないか!」
「大丈夫ですよ。思い出すのです。この世からK子さんという存在を消すのです」
僧侶は私を救済するために、御祓いを始めた。ブツブツと念仏を唱えながら、額に汗を垂らしながら、必死になって私に御祓いをしてくれたのだった。
それでも、K子は怯むことなく、僧侶の背後から首を絞めながら御祓いの邪魔をして来る。
「止めるんだよ! 止めろって言ってんだろ!」
もちろん、私はどうすることも出来ない。ただ、僧侶の御祓いによって、身体の回復を待つだけである。
すると、K子が苦しみ出す声がした。それは奇声にも似た不気味なもので、辺りの空気が一気に淀み始めていた。K子はその場に倒れ息をしていない……。
「ギャ~ア!」
突然、悲鳴を上げたのは親友Sだった。だが、その悲鳴は倒れたK子を見たから発したのではなく、ある恐ろしき存在を目の当たりにしたからだったらしい。
「ばきっ……ばきばき……ばきばき……」
この音は聞き覚えがある。私の脳裏に焼き付く程に、恐ろしき擬音。
そう。
私が最初に、この墓地で出会った死霊のもの。
証拠にもなく、また再び現れ出たのだ。
「ようやく姿を現しましたか。この心霊現象の首謀者。諸悪の根源……この死霊めが!」
僧侶は響き渡るような声で、死霊を怒鳴り付け、自身に喝を入れた。僧侶の御祓いのおかげで、私はすっかり溶ける身体から解放された。被っていた、おかめの面も取り外し、さあ現場の状況を自身の瞳で見ようと構える。
どうやらK子の中から、その死霊は現れ出て来たらしかった。K子は息もせず、そのままうつ伏せになって倒れている。K子は人間ではないことがわかったし、私の怨念が産み出した生霊であることがわかったので、これは私が解決しないとイケない問題だ。
そのことを考えると、私は居ても立っても居られず、その死霊と対峙する僧侶を何とか援護出来ないかと、試行錯誤するのだった。ぶるぶると震えながら見ている親友Sの姿を気にしながら……。
「あなたには危険過ぎる相手です。どうか、そちらに居るSさんを連れて、早くここから逃げて下さい」
「ダメ! 私にも何かやらせて。元はと言えば、これは私のせいで起きた心霊現象。私が手を下さなくて、誰がやるって言うのよ」
「これは安心しました。あなたには強い意志が、お有りになるようですね。では、僕の言うことを聞いて下さいますか?」
「えぇ。何でも!」
私のその強い意志を確信すると、僧侶は私を快く受け入れてくれたみたいだった。
僧侶は死霊に対して、戦闘態勢に入ろうとする。右手には数珠を持ち、左手には何枚もの御札を持っていた。
だが、そんな僧侶の言動とは裏腹に……信じられないような言霊が、僧侶の口から言い放たれた。
「もう一度だけ聞きますが……僕の言うことを何でも聞いてくれるんですよね?」
「えぇ。もちろん!」
「じゃあ、聞いてくれると言うのなら……あなたは、どうかここで死んで下さい……」
青天の霹靂。
奇妙な笑い声を放ち続ける僧侶。そして、その身体は溶け始め、やがて跡形も無く消え去ってしまった。唯一頼りになる存在であった僧侶が消え去ってしまった今、もうどうにもならない状況まで、私は追い込まれていた。
僧侶は死霊に殺されてしまったのか?
成す術がない……目の前には死霊……残されたのは、私と親友S。
この死霊に打ち勝つ戦力はゼロに近い数字だ。
「ちょ、ちょっと私をどうしようって言うの? なんで私なの? なんで私に憑いたのよ。もっと他にいたんじゃないの?」
私はこう言って、死霊の次の行動を食い止める術を知らない。
死霊はもう私の顔の前まで来ていた。それがホントに速くて、まったくわからないぐらいのスピード。この世の者ではない者のチカラは、ホントに末恐ろしい。
もう助かろうなんて思っていない……ただ親友Sだけはこの場から逃がしてあげなければ……私が迷惑を掛けてしまった分、私が親友Sの命を繋ぎ止めなければ……。
人の心配をする余裕もないのに、私は今ホントの親友がSであることが実感出来たのだった。
「Sちゃん! 早くここから逃げて!」
目の前の恐怖に怯え声が出ないのか、腰が抜けて動けないのか、親友Sは何も答えず動かずだった。ただ親友Sが居る辺りからは液体が流れ出ている。どうやら失禁をしてしまったらしい……それほど、この状況は緊迫しており、恐怖の現場となっているのだった。
「絶対、助けるからね!」
そして、私の首を絞め上げる死霊。
ふと脳裏を過ぎるのは、親友Sとの思い出ばかりだ。一緒に登下校したり、交換日記をしたり、好きな人のことを言い合ったり。ホントに、ホントに仲が良かったのだ。だから、親友Sと迷い無く呼べた。
私は死霊に首を絞め上げられながらも、親友Sのことが気懸かりだった。他に誰かが居れば助けられただろうに……さっきまで居た僧侶のことも気懸かりだったが、消えて無くなってしまったら、もうどうすることも出来ない。これが夢であったら、どんなに嬉しいことか……。
そう言えば……なぜ、霊感のない私が霊感少女と名乗ったのだろう?K子は私の生霊であり、私であることがわかった。
そして、霊感少女である。ということは単純に、私も霊感少女ということになる。そのような能力を持ち合わせているのだ。
なら、ここでその霊感を駆使して、親友Sを助け出せないだろうか? 何もしないよりは、その一か八かの賭けに出た方が得策だと言える。
だから、もうその能力に賭けるしかない。私は自身の中に眠っている潜在能力に身を任せることにした。死霊にその首を絞められながら、意識が朦朧とする中、集中して、その能力を発揮させる。
「ちょいと、ちょいと、お前さん!」
どこからともなく聞えて来た。微かな記憶の中に眠っている。その声のトーン。懐かしくなり、ノスタルジックな気分にさせる。
私は、実は何も起きなかったということで、この心霊現象からは永遠に逃れる術はないと思っていた。
霊感を駆使しても、この死霊には打ち勝つことが出来ないと思っていた。だが、私の霊感は予想以上に機能した。
奇跡が起きたのだ。
なんと!
私を救いに来たのは……。
「お、御婆ちゃん!」
「おぉ~、おおきゅう~なったの~。この間は、よぉ~わしの墓参りに来てくれおったわ」
窮地を救ってくれたのは、この墓地に眠っている私の祖母だった。猫背で後ろに手を組む、その姿。私の祈りが霊感のチカラと相俟って、SOS信号を送り出したのだ。
「おい、お前! なんでわしの孫の首絞めとんじゃい! わしに断わりもなしに、わしの子孫を減らすんじゃないよ!」
一時は暴挙に出ていた死霊だったが、私の祖母の迫力の方が勝っていたためか、結局は平伏してしまった。すると、死霊は私の首を絞めることを止め、ペコペコ謝りながら、あの掘り出した墓石の中へと帰って行った。あの喉仏を拾い、懐に仕舞いながら、掘り出した墓石の下もすっかり綺麗に元通りになっていた。
「ふぅ~」
私はひと息吐いた。すると、先程消えてなくなってしまった僧侶も元通りになり、怯え続けていた親友Sも、皆無事に助かったみたいだった。親玉の死霊が居なくなった今、新たな死霊が産まれることはこれでなくなったというわけだ。
そして、あのK子もまた存在が無くなり、ホントに存在していたのか、わからない程にその余韻も跡形も無くなっていた。
祖母が助けてくれた。私は自身の願望のためだけに墓参りをしに来ただけなのに……何の感謝も無いような孫なのに……確かに好奇心が湧いていた頃、危なくなったら助けてくれると保険のように考え方をしたこともあったが……祖母は、そんな私を助けに来てくれたのだった。
怪談候補生の作品です。
かなりのスピードで書きました。