―― エピローグ1 ――
あばた面の男が、眼鏡の奥から、狡猾そうな顔を座敷に向けた。
「ジユ・オラヴァックです、お初にお目にかかります」
「おお、良く来た。ここに、お座んなさい」とカナ・シン副首相は、末席に座ろうとしていたオラヴァックを、近くに呼び寄せる。
「あ、これ名刺です」
オラヴァックは、堅い紙にジペニア文字を書いただけの紙を渡す。
「自由仁枠」
「ジ・ユ・エゥル・ヴァック……」とカナ・シンは、比較的正確な発音をした。
「このたびは、大変でしたねえ」とタケ・ノリ新首相。本当に大変なのは、彼の方である。彼は、金融スキャンダルを暴露し(もちろん自分で「暴露しました」などという愚かな発言はしないが)、元首相ナカ・ヤスをグマア郡太守に逆戻りさせている。思えば、彼は、ずっと辛抱の連続だった。土建屋出身のジペニア宰相デン・カクの参謀として出発。造反。そしてナカ・ヤスの傘下に入り、今また造反。やっと、首相の椅子が彼に回って来たのであった。
「いやあ、本当に、大変でした」と、オラヴァックは応じた。彼がやった事は何もない。ただ、ドンチンにて、グラゼウンが滅亡したのを傍観していただけである。彼は、心にもない事を平気で言った、「できうるならば、わが国土を復興させたい」
「ところで、グラゼウン本来の領土というのは、どこになるのですか?」
「当然、聖なるカザポイスです」
「……というと、現在のネアーレンス諸部族首長国連合の中、あるいは隣接地帯ですね」
「そうです。この大陸に、わがグラゼウン安住の地はないのでしょうか」
カナ・シンは提案する。
「コニテチス海沿岸というのは、どうだろう?」
「そこは……」と何人かが慌てて、首を横に振る。大陸中央に位置する内海コニテチスは、ジペニアにとって、無視できない拠点である。「どのように無視できない」かは、外国人に明かせない。
タケ・ノリが、無難な否定的見解を披露した、「本来の聖地カザポイスの代替地なのでしょう? あまり良くはないのでは?」
「いや、そうでもありませんぞ」とオラヴァック。「大陸内海のコニテスチ海は、聖なる海として、アンモンス・グラゼウン巡礼の地となっておりました。信仰の対象ともなっておりました。特に、コニテチス南岸メームルジャムも、グラゼウンの聖地と呼んで良いでしょう」
「聖地ですか」と新首相タケ・ノリが考え込む。コニテチスはジペニアにとっても、海外にある聖地の一つである。もともと、大陸の広範囲な部分を、かつてジペニアが支配していた。ゆえに、国外に数多く、ジペニアの聖地が点在している。……ジペニアが「聖地」と考える場所は、別の理由で、他民族の聖地と重なる。……もし奪い合えば。
「良いでしょう」とタケ・ノリ。
「良いのですか!」
「何が良くない?」とカナ・シンら鈍感な閣僚たち。
「しかし、コニテチスといえば」とサワ・キチ。
タケ・ノリは、オラヴァックの顔を凝視しながら、サワ・キチに答えた、「【フロイディアに対処するためにも】わがジペニア政府は、コニテチス南岸メームルジャムにおけるアンモンス再建のため、全面的な協力をいたしましょう」
「おい……」と今度は、カナ・シンが慌てる。
「協力?」とオラヴァック。……協力があっても、ヴァストリアントゥオ・グラゼウンは滅びてしまったではないか?
不信の目を感じたタケ・ノリは、オラヴァックに請け負う。
「大丈夫ですよ。われわれは、全力を尽くします。そう、関東軍全軍を警備に使っていただいてよろしいし、近代国家整備のために、わが国の官僚を派遣してもよろしい。うん、北極海沿岸のトミヤマの鉱山王セテ・ニチあたりを国家元首に据えるという策もありますぞ」
つまり、はっきり言うと、ジペニアの傀儡国家になれ、と言っているのである。……傀儡国家、大いに結構ではないか。それで、部族の寄せ集めみたいなグラゼウンではなく、より効率的な近代国家なる代物でフロイディアに一矢報いれば、それで良い。
「よろしく、お願いいたします。なお、わが国の国家元首の人選も、貴国政府にお任せします」
ジペニアの首相と副首相は、彼らの望んでいた答えを得て、大いに満足している。
「では、乾杯いたしましょうか」とタケ・ノリ。
「音頭は、あんたがとってくれ」とカナ・シン、ジユ・オラヴァックに。
「では、僭越ながら」と彼は立ち上がった。杯を高くあげる。
「近代アンモンスの新首都メームルジャムと、貴国大首長の長寿を祈念して、乾杯!」