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(66)ヴァストリアントゥオ大総督府管内、トゥパクセン川、戦艦ラゼティーユ、3月25日午後1時15分

 戦艦の自室で、サランノ・アルトノーミは食後の冷たい缶入り紅茶を飲んでいた。目の前には、荷電粒子砲オリャープの設計図。厳重な隔壁の向こう、隣室には、その実物。


 「実際に使う時は、出力40パーセントで良いかあ」

 テーブルの上、彼のノート式コンピューターの音声入力インターフェースは、アルトノーミの独り言から「出力40パーセント」という言葉を拾い出した。何の出力を40パーセントにすれば良いのか。音声入出力インターフェースは、わくわくしながら主人アルトノーミの声を待つ。


 「問題は、連射機能だなあ。カートリッジにしても、銃身が過熱するから、破損してしまう……」


 あっ、そうだ、いっそ、オリャープ自体を複数作って、使い捨てにすれば良い。標的をロックオンしておいて、落下傘を付けて空中に放り出す。VF3は、すたこらさっさと、その場から逃げる。そして、荷電粒子ビームを発射させる。オリャープを連続的に投下すれば、連射は可能である。もちろん、使い捨てだから、ビーム発射機材が破壊されるのは構わない。いや、むしろ機密保持の点から、破壊されて蒸発するのが望ましい。それに、機体の外でビームを発するのだから、少々放射線が出ても、構わない。しかも、ビーム発射の際にレーダーで発見されても、当のVF3は逃げた後。なあんだ、簡単じゃないかあ。


 アルトノーミは右腕を挙げて、おろす。そして、「エリーフ!」と発音した。


 ここで、エリーフの語について説明しなければならない。アルトノーミ氏は、アクションパズルゲーム「エミルス・レツァム」に没頭していた。空想上のゼリー状生物エミルスをくっつけて、その色の配置と個数を競うというゲームである。個数が多ければ多いほど「エリーフ」だとか「エシ・モルツ」だとか言って、合成音声(少女の声に聞こえる)が高得点を告げるのである。つまり、彼は高い得点、あるいは「われは発見せり」という意味で「エリーフ」と言ったのである。だが、音声入出力インターフェースは、そうは取らなかった。

 彼が後に急遽修正しなければならなくなる概念データベースは、「エリーフ」の意味として、次のようにしか定義していなかった。すなわち。


 1、複数語尾を取る単純名詞として「火炎」。

 2、複数接頭辞を取りうる集合名詞として、「火事」。

 3、抽象概念として「きらめき」。

 4、他動詞として「過熱する」。

 5、自動詞として「火器を発射する」。


 音声インターフェースは、「火器を発射する」という意味に受け取ったのである。

 現在、拡張インターフェースの支配下にあるのは、オリャープしかない。


 「了解。オリャープを出力40パーセントで、発射いたします」

 何?

 標的も何もおかれていない壁に、赤い光が突き刺さる。一瞬にして、ラゼティーユの分厚い三重装甲が、ぶち抜かれる。

 艦内に、非常火災警報が鳴り響く。アルトノーミの部屋は、防火スプリンクラーの水しぶきで、水浸しになる。

 「なぜだあ……?」

 隣室の隔壁の残骸から這い起きたアルトノーミは、外の景色を見上げる。何人かの水兵が、呆然と穴から青空を見上げ、そして水浸しになっているアルトノーミを見る。


 すぐに、アルトノーミは、何が原因か気づく。彼は、ぱん、と手を打つ。「エリーフ」の語だ。

 「はっはっはっ、はっはっはっ」アルトノーミは、水浸しになって、笑い声を上げる。心配になった兵士たちが、アルトノーミを見ている。心配になったのは、艦隊司令も同様だった。


 「どうしたのですか」と立体映像のオンクルーヴ。艦橋のオンクルーヴは、立体映像電話の前で、存在しない受話器を耳にもっていこうとする。彼は、その事に気づき、手を下ろした。

 アルトノーミは弁明する、「ごめんなさい、荷電粒子砲が暴走してしまいました」

 オンクルーヴは、穴のあいた壁を見ようとしてかがんだ。見えるはずがない。というのは、その穴はカメラの視界の外になるからである。

 ああ、と頷いたアルトノーミは、カメラの角度を変え、穴が映るようにする。

 「これはまた、派手に開けてくれましたねえ……」

 「どうも、すいませーん」

 「この戦艦をここまで穴を開けたのは、博士が最初ですよ」オンクルーヴは腕組みをして考えこむ、「できれば最後であって欲しいが」

 「いえ、もう二度とこんな事がないように、気をつけますので、はい」

 「いや、博士には、その機会はないと思いますよ」

 「…………?」

 「こういった物がファクシミリで届きましてね」とオンクルーヴは、カメラに書類を見せようとした。だが、アルトノーミには分からない。艦橋に一杯出ているホログラフが干渉しあって、何が何やら分からないのである。

 「ちょっと、画面。消してもらえませんか?」

 「消えろ」とオンクルーヴは、インターフェースに命じる。

 ピンポーン、とインターフェースは警告メッセージで答える、「何を消すのか、分かりません」

 「……分からないのか? アルトノーミ博士としゃべっていたのに」

 「あ、人間と人間の会話から言葉を抜き出すという事は、やっておりませんから。あくまでも、インターフェースと個人のやりとりですので」

 オンクルーヴは面倒くさそうに首を横に振る、「全部の画面だ!」

 ピンポーン、「全部の画面を非表示にすると、通話中の電話の画面も消去されます。よろしいですか?」

 「……訂正。通話中の電話の画面を除く、すべての画面、だ!」

 ピンポーン、「『消す』という他動詞について。目的語を指定しないときの初期値は『通話中の電話の画面を除くすべての画面』と定義されました。よろしいですか?」

 「結構だよ、このばかやろう」

 ピンポーン、「『ばかやろう』は定義されていません。定義してください」

 オンクルーヴ少将は疲れたように椅子に座り込み呟いた、「もういい……」

 ピンポーン、「『ばかやろう』は、『もういい』と定義されました」

 オンクルーヴは溜め息をついた。


 ぶ、ぶ、ぶ、ぶ、と短いブザーの断続音。

 「エンジニア・コール、エンジニア・コール、概念データベース上に定義上不整合および、あるいは、類概念上不整合が発生しました。論理的自己言及などの超論理操作が行われていないか確認してください」

 「なんだって?」

 「あ、気にしなくて結構です」とアルトノーミ、「なんでもありませんから。その『ばかやろう』についての定義は、こちらで削除しておきますから。もっとも、何か他に定義ミスかソースにバグがないか、王立学院で調査する必要はありそうですが」

 「よろしく頼む……。何だか、前より使いにくくなったな、全般に」

 「そんな事はないでしょう。いろいろと便利になっていますでしょ?」

 「まあな……」確かに便利は増加しているが、不便も増加しているような気がする。

 「ところで、何のお話しでしたっけ?」とアルトノーミ。

 「あ、そうだ、これが、ファクシミリで届いたのだ」とオンクルーヴはカメラに書類を見せる。近視のアルトノーミには、見えにくい。

 「こちらの部屋にファクシミリで送ってもらえませんか」

 オンクルーヴ少将は、導入されたばかりの、傍らのファクシミリ兼コピー機を見る。

 「……どうやって使うのだ、これ?」

 「あ、じゃ、いいです」とアルトノーミ、「読み上げてください」

 「……ええと、『親愛なるサランノ・アルトノーミ様。戦争も終わり、私の執務も一段落しつつあります。ということで、午後の紅茶にご招待したいのですが。なお、3月26日から31日までの間、ホテル・エトラギッヒに一室お取りしましたので、よろしくご利用ください。AKhZ』」

 「……て、フロイデントゥクに帰って良いよってお話なのでしょうね」

 「そうだろうね。……女帝のお呼びだ。早く、参内したほうが良いでしょう」

 「まあ……」

 「荷物は後で送りますよ」

 「よろしくお願いしまーす」

 アルトノーミは出発の支度を始める。……これは、自分の手で持っていかねば。

 彼は、箱に入ったブローチを取り出す。そっと、ブローチを開け(ロケットのようになっている)、中の空洞にレーザーで焼き付けた可視光線ホログラフィーの乾板を固定させる。そして、ブローチを閉じた。再びブローチを開ける。立体映像が飛び出す。ブローチを閉じた。立体映像は消える。……完璧!

 彼は、頷き、装甲に穴の開いた部屋を後にした。


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