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(65)フロイデントゥク近郊、パレッケルク、3月24日午後4時22分

 「危ないところでしたね」とメリヴ・ノッティルク、「あと少しで閉館時間でしたよ」

 連邦内閣主席アクスープは、信じられないという表情で、ノッティルクを見た。新聞記者から転じて、パレッケルクの町長に立候補、当選してしまっている。

 「町長としてのいきなり初仕事で、申し訳ない」とアクスープ、心にもない台詞を言う。

 「いえ、初仕事という状況でも、ないのですよ、実は」とノッティルク、霊廟の扉を開ける。

 「しかし、3日ほど前に就任したばかりなのでしょう?」

 「ええ。そうですよ」とノッティルク、霊廟の電灯をつける。同時に、ナムースの作曲した穏やかな曲「イェレミュルト」が流れ出す。

 「しかし、私が就任して以来、この霊廟を開けるのは、3回目です」パレッケルクのザーリップ家霊廟を管理するのは、内務省ではない。公安局でもない。パレッケルクの町議会と町長である。いかに帝国連邦に君臨する皇室といえども、霊廟は墓地である。フロイディアの法律は、「墓地は地方自治体が管理するべし」と定めていた。

 「3人目? 誰と誰と誰だ?」

 いかに墓地とはいえども、観光地ではない(ザーリップ家の霊廟は、まだ、観光地指定を受けていなかった)。さらに、皇室の霊廟に入れるような人間も限られてくる。

 「一人は、主席閣下ご自身です。あとの二人について答える事は、ご容赦ください」とノッティルク町長、手招きする、「さあ、どうぞ」


 霊廟の中は、ひんやりとしている。

 「あ、暖房をいれましょうか?」

 「何の冗談だ?」

 霊廟の中には、一体、故人の命により冷凍保存されている遺体がある。……その遺体を溶かしてしまうつもりか?

 「ご心配には及びません。溶けないよう配慮はされていますから」と町長はトロウス・ゴルティの遺体を示した。「必要ない」とアクスープは応じて、先帝の棺の傍らに立つ。

 「開けてもらえるか」

 「ええ、どうぞ」


 ノッティルクが壁のボタンを押すと、棺のガラスの蓋は自動的に外された。アクスープは懐から鏡をとりだし、よく磨く。曇りはない。彼は、鏡を、先帝トロウス・ゴルティの鼻先にもっていこうとした。……生きているなら、鼻息で鏡が曇るはず。

 「少し待った方が良いですよ」とノッティルク。なぜと言わんばかりに、アクスープはノッティルクを睨む。

 「前回、ここにお連れした方も、同じ事をなさいまして。まだ冷却材の発する二酸化炭素が出終わらないうちに鏡を入れたのだから、曇りまして。で『生きておられる』などと仰ったのです。墓地管理人として言わせていただきますと、先帝陛下は、確かに死んでおられます」

 「確かめたのか?」

 「ですから、主席閣下が3人目だと申し上げましたが。ちなみに、私の初仕事となった人は、けい動脈に指を触れられまして。当然脈はないのですが、『蝋人形』ではあるまいなと仰いました」

 「で、実際の話としては、どうなのだ?」

 「防腐処置を施されて、ガラスの棺桶に冷凍保存されて、飲まず食わずで一年以上。そんな中で生きていけるとお考えですか?」

 「すり替わったのではあるまいな」

 「記録を信用するかぎり、そのような事はありません。もっとも、記録とやらは時によって、全くあてになりませんが。その事は、他ならぬ主席閣下が一番ご存じのはず」

 つまり、ノッティルクは、政府公安局によるデータの捏造を示唆したのである。強烈な皮肉に、グレッグ・アクスープは苦笑を漏らした。

 主席は、トロウス・ゴルティの遺体を見下ろす。「『まさに、天賦の才ある者、昇天したまいし』……か」

 町長メリヴ・ノッティルクは、戯曲『聖ユビウス一世』の続きを引用した。

 「『いざ、かの人の偉業を世に知らしめん。なぜならば、文化は血ではなく、学習によってこそ継承されるがゆえなり』」

 グレッグ・アクスープは、ゆっくりとメリヴ・ノッティルクに振り返る。……まさか、こいつではあるまいな、Wというのは。そういえば、メリヴの尻文字はWだが。

 実は、アクスープは、既に、誰がWであるかという証拠を握っていた。だが、彼としては、その証拠を握り潰したい。そして、「Wはトロウス・ゴルティである」と報告したい。だが、その当人は、ガラスの棺桶の中で、幸せそうな笑みを浮かべて永眠している。

 「もう、良い」


 アクスープは立ち去る。棺桶は閉じられる。彼は霊廟の外に出る。霊廟は再び閉じられた。ちょうど正面、丘の麓に、パレッケルク離宮が見える。アススープ主席は階段を降りながら、ふと後ろを見上げる。丘の中腹に立つ霊廟。霊廟では、町長が手を振っている。アクスープは応じず、車に乗り込もうとした。

 ふと、ドアを開けている運転手を、主席は見上げる。

 「アノイ・リフトレブロ……」運転手は、ドレイク公安情報局局長だった。「なぜ、ここに?」

 「『体制監査委員会は、常にあなたがたと共にあります』というやつだ」と、局長自らが公安のキャッチコピーを引用した。

 主席は呆然とドレイク局長を見上げる。「さあ、乗って」とドレイク、「官邸まで送りましょう」


 「無駄足だったでしょう」

 「まあね……。Wは誰だか分かりません、とでも報告するとするか。すると私は女帝陛下に怒られるのだろうね、暗殺未遂事件も起こっているし」

 車は霊廟の前から道路に出る。

 「では、Wの証拠の品々、隠し通すつもりか」

 「そのつもりだ」

 「注意されよ」と局長、「女帝は、きっと、その証拠を嗅ぎ付けるぞ」

 局長と主席を乗せた車は、フロイデントゥク市内に帰っていった。


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