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 (62)ヴァストリアントゥオ、東モルティア、シジャービー、3月21日午前11時18分

 銅鑼の音。グラゼウン軍本拠のシジャービー「世界戦略ビル」謁見室に残響する。銅鑼の撥を抱いた侍従チェンツィーは、不審に思いつつ、一同を見渡した。今日の謁見の人数は多すぎると感じたのである。15人。通常は全首長国を統治する大首長が命令を下すので、これほど集まらない。そう、何か全首長国にわたる規模のセレモニーが開かれないかぎりは。


 グラゼウンとジャムトン教の礼儀に則った挨拶を、侍従は尼僧長に送る。

 「猊下のウジムシの味がすこやかならんことを」

 意味のよく分からない慣用句ではあるが、尼僧長は、慣習どおり、やはり意味の分からない慣用句を返す、「閣下に清き良きウジムシが宿りますように」

 「ところで」と侍従、「この前のアベンドの時、グラゼウンにとって大凶と出たのは、本当でしょうか」

 「いかにも」と尼僧長、「そればかりではありません。グラゼウン人すべての人の運勢も、大凶と出たのです!」

 もう、大首長が謁見室に入ってしまう。その前に、「謁見開始」の銅鑼を、侍従は叩かなければならない。


 大首長ガノコホッシュの入場。大首長は、少々、不快感を味わっていた。というのは、銅鑼の音が一瞬ずれたのである。銅鑼の音は、入る前に叩かれて、入ったときには残響がかすかに聞こえるぐらいになっていないといけない。

 「たかが、銅鑼の音!」

 だが、もし、そんな発言をすれば、彼ら敬虔なジャムトン教徒によって、袋だたきにあうだろう。異文化の者には理解できぬ理由があるらしい。


 一同は、作法どおり、地面にあぐらをかいて座る。そして、天を仰ぐような動作をして、平伏した。平伏した人々の影を踏み付けるように、大首長は上座へと歩く。一段高い上座に、大首長は着座した。

 「皆、揃いましてございます」と侍従、上奏する。

 うむ、と大首長は頷く、「余、アンモンス全大首長国大首長は、満足である」

 一同は平伏しながら、訝しげに思う。……アンモンス? 慣用句はグラゼウンのはずだが?

 「デヌーン!」

 はっ、とデヌーンは応じた。

 「そなたをザゾ首長国首長に任じる。ヴィフォン!」

 「そなたをソイディア首長国首長に任じる……」

 大首長ガノコホッシュは、自分の部下に、片っ端からフロイディアの領土を分けていく。……一体、何を根拠に?

 一人、僧正ディジェンだけが、作法を守って平伏のまま玉音を聞いている。ほかの者たちは、あまりにも訝しく思うあまり、体を起こして大首長を見上げている。


 「勝利は間近である」と大首長。

 ……何を根拠に? 敗北の間違いではなかろうか。

 コンパーヌと西ザジエンを経由してソイディア本土を襲おうとした別動隊は、連邦近衛軍空挺隊より、あっけなく撃退された。モルティア東南部(すなわちゾガンジャル島南岸以南)の町ビウガやディングーガはフロイディア艦隊艦載機「リュークラフ」に襲われ、全滅。ジェンティン地方からやってきた陸軍大部隊とアルカス、バショーイにて交戦中。いずれも、悲痛な声で援軍を求めてきている。

 ゾガンジャル島では、東部はジェグズイ攻略部隊が制圧し、西部はクシャントル上陸部隊による砲火の下にある。

 北東のドガイーン山脈方面は、ゾージャン司令の失策により、ジェロンド、ジェグドンサン、アマシーンの三つの要衝がすべて陥落している。そのためにダザヌーブ丘陵の要塞は孤立し、リブナッシュから進出してきたダバニユ方面軍の猛攻にさらされている。

 だが、それらと比較しても、一番目覚ましい働きを見せているのは、急造空港バシーシに空輸されたラルテニア陸軍であろう。今回の砂賊討滅戦争のために、連邦統合軍に補充されたラルテニア陸軍は、一夜のうちに、中央モルティアを制圧した。ガバダジェン、ブダシドゥ、ダムルダダ、ジャダブナッハ、ジャジェガドゥ、さらにはブダマディも。あまりにも先を急ぐラルテニア陸軍の攻撃・制圧は、容赦ない。軍人・民間人を問わず、銃撃し、倒していく。彼らの通過した町には、何も残らない。ただ、廃墟に連邦国旗がはためくのみ。


 ラルテニア陸軍の歴史的にして驚異的な制圧速度を支えるのは、トゥパクセン川を逆上るコンパーヌ艦隊である。といっても、その大部分はクシャントルで停泊している。川を逆上るのは、空母アルクランダル、巡洋艦ラピタウス、アヴリェニーナ級強襲揚陸艦三隻。そして、旗艦超大型戦艦ラゼティーユ。ラゼティーユが先頭に立って、トゥパクセン川を邁進する。喫水の深いラゼティーユは、浅くなっていく川底を削っていく。

 「後の修理が大変だ」

 だが、操舵手の懸念は杞憂に終わろう。というのも、荒っぽく川底を削っていても、現在まで、艦底に大きな被害は生じていないからである。被害どころか、亀裂すら生じていない。


 フロイディア海軍の戦略は、艦隊決戦にない。まだ、「海上の敵」をあまり想定していない。むしろ、遠距離からの陸への艦砲射撃に重点が置かれる。「いかに陸を効果的に艦砲射撃するか」という命題は、艦砲の命中精度よりも真剣に論じられる。沿岸を大口径の砲弾で攻撃し、その後を陸軍が制圧していく。非常に効率的である。

 フロイディア軍の「効率的な攻撃」はグラゼウンにとって、悲劇であった。まさかトゥパクセン川に艦隊が現れるとは思っていなかったのである。彼らは、当初、陸戦力と防空能力の上昇に腐心していた。そのために、防空駆逐艦まで導入した。そう。彼らの戦略は、ヴード・ゾージャンの失敗さえなければ、完璧だった。だが、その「完璧な」戦略は、轟音を上げるラゼティーユの巨砲が粉砕していく。「テンペスを動くな」という命令を無視した少将オンクルーヴ司令の功績は、未然に敵を防いだ事ではなく、むしろ、敵の戦略を瓦解させた事にあろう。


 「勝利は間近である」

 大首長は繰り返した。……だから、この状況で、何を根拠に?

 大首長は兵器開発主任の族長補佐ヴォランジェに尋ねる、「できているのだね?」

 「物はあります。が……」ヴォランジェの反論は無視される。

 大首長は力学技研技師グノド・ギャーンに尋ねる、「できているのだね?」

 「できてはいますが……」

 ガノコホッシュは大きく頷く。

 「諸君。一両日中に、一瞬にして、勝敗は決するであろう。グノド・ギャーン君が、長距離ミサイルを開発してくれた。12発が既に生産されている。また、ヴォランジェ君は原子爆弾の開発に成功、やはり12発が生産されているはずである」

 ガノコホッシュは、にやりと笑う。蛙のような顔が、悪魔の笑顔のようになる。

 「つまり、わが栄光あるアンモンスは、12発の原爆弾頭大陸弾道弾を持ったという意味になる。1発はフロイデントゥクに、1発はサーゲムに、1発はザゾに……」

 「しかし、まだ、原爆弾頭弾の形にはなっておりません!」とグノド・ギャーン。

 「別々の場所で開発されていましたし、それに……」ヴォランジェの言葉は遮られる。

 「では、そのミサイルを、原爆を開発した所まで持っていってすぐに組み立てれば良いのでしょ?」

 二人は同時に反論しようとする。だが、大首長は謁見の結語を口にした。

 「諸君らに、全能の蝿なる神ジャムトンの聖なる子、美しきウジムシが共にあるように」

 一同は、作法どおり平伏した。


 大首長が退室したあと、謁見室にざわめきが起こる。「お前のもらった国の方が大きい」「いや、お前の方のだ」という子供じみた首長たちの喧嘩はさておき。首長よりも下位の族長たちは、「フロイディアを核攻撃する」という大首長の言葉に動揺していた。


 「本当に、そんな物ができたのですか」とヴァズクラディムル。

 「いや、物はあるけれども、テストはしていない」とヴォランジェ。

 「私も、テストがまだです」とグノド・ギャーン。

 「そんなの、できたうちに入らないではないですか」とヴァズクラディムル。

 「私も、それを言おうとしたのだが」とヴォランジェ、苦悩する。

 族長補佐のヴォグドンは、楽観論を口にする、「良いではないですか。実地試験として、使ってみましょうよ」

 「お前ね」とヴァズクラディムル、「そんなに簡単に言うなよ。失敗したら、どうするつもりだ?」

 ヴォランジェは反論する。「だが、テストする時間がないだろ?」

 ヴァズクラディムルは意味不明な応答をする、「うう」


 力学技研技師のギャーンが、折衷案を出す、「では、2、3発。近い町を原爆で爆撃してテストして、それがうまく行けば、フロイデントゥクなりドンチンなりを撃てばよろしいのでは?」

 「……だが、核兵器はダメだよ」

 「ヴァズクラディムルさんが非核反戦論者とは知りませんでしたね」

 「いや、そうではなくて、さあ」ヴァズクラディムルは一瞬あたりを憚る。「はっきり言って、核兵器の数でも圧倒的に負けているだろう、われわれは? そんな代物でも勝てるとは思えないのだけれど」

 「ヴァズクラディムル君、まあ、やってみようよ」ヴォランジェはギャーンを見る、「急げば、今日中に1発くらい原爆弾頭弾ができるだろうから」

 「え、原爆をノワルダンまで輸送されるのですか?」

 「逆だよ。ノワルダンにミサイルを輸送して欲しいのだ」

 「ああ……」

 族長たちと技師たちは退室する。


 族長を統べるべき首長たちは、まだ、「国境線」がどうの、「国民総生産」がどうのと、もめている。別に彼らの領土ではないというのに。


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