表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

61/71

(60)ヴァストリアントゥオ、トゥパクセン川、クシャントル西南3キロ、3月19日午後5時10分

 コンパーヌ艦隊司令オンクルーヴは、自ら、アルトノーミに、艦内を案内していた。オンクルーヴとしては、良い格好をしたかったのかもしれない。というのは、特に戦闘のない日は案内せず(「忙しい」)、わざわざ艦隊の戦闘が行われる日にアルトノーミを案内しているからである。


 一方グラゼウン軍はクシャントルに、対空巡洋艦を擁していた。川の上を自在に動き、フロイディア空軍に対処するのが目的である。彼らは、当初、まさかフロイディア海軍がゾガンジャル島近辺までやってくるとは考えていなかったのである。急遽、彼らは突貫工事で艦対艦ミサイルを開発し、やっと、この巡洋艦に搭載したのであった。今日が、そのテストの日。標的はフロイディア超弩級戦艦ラゼティーユ。


 「まあ、うまくいくかどうかは疑問ですけれどもね」と族長補佐にして技術者のヴァジェミジェル。彼は艦対艦ミサイルのテストのために、この対空巡洋艦に同乗していた。だが彼は、開発期間も材料費もロクに揃わず準備・動作確認不充分な新兵器が、うまく作動すると考えてなどいない。


 族長補佐の言葉に対して、巡洋艦艦長は、渋い顔をする。この手の技術者をユーザーが果たして信用するだろうか? 否。ユーザーは最善の物を、常に期待しているからである。もっとも、その「最善」が時と場合によってころころ変わる。ユーザーの「無理解」「無協力」による朝令暮改が、技術者の士気を阻害させ、ユーザー自身に品質低下という形で跳ね返る。この悪循環のうち、ユーザーの態度を咎めるのか、技術者の態度を咎めるのか、両方咎めるのか、それとも、両方お咎めなし、か。それは、人それぞれの立場によって、やはり、異なるであろう。


 気を取り直して、グラゼウン艦長は命令を発する、「対艦ミサイル用意、目標、フロイディア戦艦ラゼティーユ」

 ラゼティーユは、平然と構えている。「撃てるものなら撃ってみろ」という態度で、静止している。


 「発射!」


 へろへろへろっ……と、グラゼウンの対艦ミサイルが空に打ち上げられる。

 ……推力が足りない。


 「仕方ないね」とヴァジェミジェル。液体水素はおろか、通常の化学燃料まで不足しているのだから。

 だが、艦長としては、「仕方ない」では、済まされない。

 「どうすれば良いのだ」

 「通常兵力で対処するしかないですね。よっぽどマシでしょう?」

 「そんな、届くはずないではないか」と艦長は3キロ先のラゼティーユを指さす。

 「届かない? そんなはずないでしょう。この船は、対空戦艦ということになっているのでしょう。高度3000メートルの敵機を撃つという事は普通にあるはずではないですか」

 「でも、実際、届かないのだよ」

 ふと、ヴァジェミジェルは、前方のラゼティーユを見た。チカッ、と光ったように見えたからである。……気のせいか。

 ヴァジェミジェルは艦長の方に向いて、反論しようとした。

 「とにかく、ですね……」反論は、最後まで言い終えられなかった。ラゼティーユが発射したたった一発の20キェニー徹甲弾が艦橋を貫き、その衝突エネルギーで艦長もヴァジェミジェルも、即死したのである。砲弾は川底に突き刺さって炸裂、グラゼウンの船舶三隻を宙に吹き上げた。


 ラゼティーユの作戦司令室に、歓声があがる。

 「命中した」

 「信じられない」とアルトノーミ。

 「すごいものでしょう」とオンクルーヴ。

 「いや、手計算などで発射するなんて、命中自体が奇跡だと言ったのですよ」とアルトノーミ。

 一同は、一瞬にして白ける。

 「砲手は、風向きや風の強さを、弾道の計算に考慮しているのですか?」

 「炸薬の爆発力の方が大きいので、大体、無視していますが」

 「では、炸薬の爆発力を、きちんと計算に入れていますか」

 「……おおよその計算はしております」

 「では、どうやって、砲弾の飛距離を算出していますか?」

 「それは、射撃訓練時の距離を元に算出・類推しているのですが」

 「では、炸薬の規格が変われば、砲弾の飛距離は変わってしまいますよね」

 「そうですね」

 「でしょ、でしょ、でしょう?」とアルトノーミは同意を求める、「そんな中で、どうやって、正確な着弾を目指せるというのですか?」


 アルトノーミは、作戦司令室のコンソールの一つに付けられた装置のボタンを一つ、押した。ぱかっと蓋が開き、カセットテープが出てくる。彼は、そのカセットテープを手にして、一同に問う。

 「まさか、今時、こんな時代遅れな物を使っていらっしゃるのではないでしょうね?」

 一同は答えない。そもそも、自分たちの使っている装置が最新鋭かどうか、興味がなかったからである。


 アルトノーミはデータレコーダーにカセットテープを戻し、コンソールの裏の拡張スロットを見る。そこから、ボードを一枚抜き取った。

 「ああっ!」

 一同の非難じみた声を無視して、アルトノーミは拡張スロットボードから抜いた基盤の回路に目を近づけた。「石」と呼ばれる回路の一部を彼は読み上げる。

 「ゴリアス80V2……。嘘! これ、確か、8ビットCPUでしょ!」

 アルトノーミは基盤を振り回す、「なんで、今時、こんな時代遅れな物を使っているのですか? これ、8ビットですよ! 今や32ビットCPUのレズニ683すら古くて、さらにクロックアップしたレズニ684の時代になりつつあるというのに……」彼は基盤を拡張スロットに戻す。「あ、でも、今時データレコーダーを使っているのは、8ビット機ぐらいしかないのか……」


 コンピューターについて門外漢の彼らは、何が悪いのか、分からない。だが、ひどく時代遅れで、下手をすると戦力に支障を来しそうだという事だけ、分かった。

 「私がお金を出してあげますから、ヤルコス10を入れましょうよ」

 「ヤルコス10!」と副官カラック、「あのスーパーコンピューターの?」

 「スーパーコンピューターなどと言っていてられるのも、今のうちですよ。あれすら、時代遅れになりますからね」王立学院でスーパーコンピューター「トロウス」を設計中と知っている人間ならではの台詞である。

 「そのヤルコスとかいうコンピューター、良いのか」とオンクルーヴ。

 「世界に10台とない超高性能コンピューターです」とカラックは説明する、「低温における超伝導を利用した回路を使うコンピューターで。でも、それを使うためには、常に液体窒素で冷やさなければならない、という……」

 アルトノーミは、大きく頷いた。

 「でも、それすら時代遅れになると……」カラック中尉はアルトノーミを見た、「常温で超伝導を起こす仕組みを、王立学院で開発中、なのですのね?」

 「その通りです」とアルトノーミは、再び大きく頷いた。

 「では、そのヤルコスとかいうのも時代遅れになるのならば、導入しても仕方ないと思うが」

 「そんな事はないです」とアルトノーミ、「というのは、ここにあるコンピューターより、百万倍は性能が良いからです」

 「では、どれだけの物を導入すれば良いのだ?」

 「まあ、ヤルコス10と……」

 アルトノーミは画面を見た。まさか、と思いつつ、彼はあるコマンドをキーから入力した。

 「ああ、ここ、いまだにORACIMOS(オラシモス)を使っている! ……この際、フロイディア統一規格OSのXINUS(シ―ヌ―ス)を入れましょうよ」


 カラックとオンクルーヴ、および他の参謀たちは肩をすくめる。OSの語が理解できない彼らに、OSの善しあしや長所・短所が分かろうはずがない。


 「ヤルコス10、超伝導冷却装置付き。統一規格OSシーヌース、仮想現実入出力システム、光学式ディスク入出力装置。ホログラフィック・ディスプレイ。それから……と、シルニェ語音声入出力インターフェース。ファームウェアーのメンテナンスのために、シェルプログラムプロセッサー。新しいソフトウェア開発が必要になる時のために今からスクリーンエディター、コンピューター言語のムロフスナルトとコンパイラも準備した方が良いでしょう」

 電話の呼び出し音。

 「はい?」とオンクルーヴが出る。彼は、沈痛な顔をして、受話器をおいた。

 「外の戦闘は、もう終了したそうだ。わが軍の大勝利。フロイディア軍は、クシャントルを制圧した。これより、クシャントルに入港する」

 勝利はしたが、彼らは精神的な打撃から立ち直っていなかった。……どのような敗北も、これほどまでに打撃を与えるられなかったろう。オンクルーヴはアルトノーミに言う。

 「8ビット機といえども、捨てた物ではないでしょう」

 「今日は、たまたま、運が良かっただけです」とアルトノーミ、「でも、明日は、明後日は、10年後は? この近辺は砂漠です。今は穏やかですが、もうじき、季節の変わり目の、砂嵐に巻き込まれるようになります。そんな中で砲撃して、正確な着弾が望めますかね?」

 「予め風の向きや強さも計算にいれなければならない、と言いたいのだな、博士は」


 彼は博士ではないのだが、反論しない。ただ、オンクルーヴの言った内容について、反論する。


 「戦艦近辺の風についてだけではないですよ。標的近辺の風についても測らねばならないし、気圧の変化も計算にいれないとならない」

 「……だが、今は、これらの機械を」とオンクルーヴ、作戦司令室を埋め尽くす機械類を示す、「入れ替えるわけにはいかない。これから、ラゼティーユはシジャービー方面に進出して、グラゼウン軍に艦砲射撃を加えなければならない。作戦行動を取る間、輸送機を長期間受け入れる時間的余裕もなければ、新しい機械を導入する経済的余裕もないぞ」

 「では、経済的余裕は解決ですね」とアルトノーミ、「私が全額出しますから」

 「博士は貧乏で、ポーカーにも参加しないと聞いているが」

 「金持ちになったのですよ」と彼は小切手をちらつかせる。

 「ちょっと拝見」とオンクルーヴはその小切手を見た。

 振出人、アンナ・カーニエ・ザーリップ。金額……。

 「うん?」

 金額欄は空白だった。

 「つまり、好きな額を私に書け、と仰るのですよ」

 「……良いのか?」

 「私も、女帝陛下に確認しました。すると、にっこり笑って仰るのですよ。足りなければ、同じ物をいつでも送る、とね」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ