(5)フロイディア首都フロイデントゥク、聖ラモキエラ教会大聖堂、3月4日午後3時10分
祭司による午後3時の説法は終わった。平日の午後3時に教会に来る者と言えば、観光客、年金生活者、失業者、仕事はあってもさぼっている者ぐらいであろう。その中で、敬虔に祈っている(ふりをしている)2人がいた。1人は、肥満ぎみの頭髪の薄い老人で、いま1人は、頭髪は耳の回りだけにあって頭には赤いアザのある初老の紳士であった。
「計画通り、Vはザゾからムルドスへと向かっているようだ」
「あまり首を突っ込むと危険ですよ」とアザの男、Wに。
「構わぬ。しかし、Mからの連絡によれば、事もあろうにYがグラーシュに空港をつくったとか言う」
「いや、ヴァストリアントゥオの地理には疎いので……」
「ザゾの位置は知っておろう。大河イェダを挟んで、ザゾの対岸少し奥に引っ込んだ地点が、グラーシュだ」
「しかし、それがどうかしましたか」
「ここにフロイディアの橋頭堡があるのは、まずい。グラーシュからダバニユを支援させてはならぬ。そんな事になると、ダバニユのフロイディア軍を孤立させて、撃破し、ザゾ以南にヴァストリアントゥオ連邦を建設するわれらの計画は頓挫してしまう」
「しっ!」
アザの男がWを制止する。老婆が一人、こちらの方を見ていたのだ。二人は祈っているふりをする。その耳の遠い老婆は、気にも止めずに、通廊から外へと出ていった。
「Yは消すべきでしょうか」
「消すべきはMかもしれんぞ」とW、「ダバニユは、いずれ消す。ザゾからの軍需物資を打ち切れば、すぐに干からびる。良いか、Vが現地の武装勢力の元を歴訪し、支援を確約する。そこで、ダバニユを集中攻撃させる。それと同時にMを消す。ザゾは混乱し、ダバニユは援軍も物資も得られず陥落する。……というのが、私の筋書きだ」
「ではYは生かしておくと?」
Wは立ち上がった。「泳がしておいても、現状では、害はあるまい」
Wは立ち去る。アザの男は立ち上がり、一礼して共に出口へ向かおうとする。
「あっ、連邦内閣主席だ!」観光客がアザの男を大声で指さす。
「聖堂では静粛に!」祭司の声は、観光客のざわめきにかき消されている。
「はい、通してください、通してください」と連邦内務省宗務庁の官吏たちが、群がる観光客を遮る。観光客はカメラを主席に向け、フラッシュを至近距離で焚いていく。
「聖堂内は写真撮影禁止です。フラッシュはご遠慮ください!」
アマチュアカメラマンのカメラの砲列から抜け出て聖堂を出たレゲム・ノタンノスを待っていたのは、プロのカメラマンのカメラだった。
「レゲム・ノタンノス閣下、今の心境を一言!」
「後にしてくれ」
「連邦外相をヴァストリアントゥオに派遣した目的は?」
「今は何も言えない」
「アクスープ連邦内相閣下との軋轢が噂されていますが」
「単なる噂だ」
「画期的な新兵器が開発されているという噂がありますが」
「単なる噂だ」
レゲム・ノタンノスは少し立ち止まった。
「たとえそのような兵器が開発されていたとしても、連邦はその兵器を採用しない。そのような予算は、ない。ジペニアでは軍事予算は国民総生産の1パーセントに過ぎないというではないか。われわれは連邦の軍事予算を削減すべきである」
レゲム・ノタンノスは早歩きで聖堂の前の階段をかけ降り、待たせてあった車に乗り込む。
「あ、あと一言、あと一言」
記者たちの絶叫を無視して、行政委員会主席の車は聖ラモキエラ大聖堂を後にした。