第5部・制圧(58)ヴァストリアントゥオ、東モルティア、シジャービー近郊ゼンシェラー、3月17日午前3時20分
「皆さん、アベンドしました」
この瞬間を待っていた彼らは、どよめく。占星術師の長は、部下たちに命じた。
「占い用の聖盤にリバカリせよ」
彼らは、人間の死体の腐食状況やウジムシが生み付けた卵の数、その配置によって、吉凶が占えると信じていた。アベンドとは「生け贄の死体が占いに丁度良い状態になった」という意味。リバカリは「死体を安置する」という意味である。
聖盤に載せられた死体は、寺院の中に腐臭を漂わせる。ブドア教寺院やボルストン教会では、死体の匂いをごまかすための香が発達した。だが、彼らグラゼウン人たちは、そのような物を用いない。死者の匂いを嗅ぐ事が、死者に対する供養になると信じているのである。
彼らは、ピンセットを駆使して、死体の状況をくまなく調べる。慣れた手付きで死体を解剖し、ウジムシの数やウジムシの卵の数をダンボール箱一杯分の紙の上に記入していく。
死体を解剖、状況を細かく記入した下位の占星術師たちは、聖盤の上に細かい報告書を残して、一歩後ろに下がった。代わって上位の占星術師たちがが一歩前に歩み出た。
占星術師は「発見部位」の見出しを中心に調査する。
「複雑に入り組んでいる」と占星術師は紙を繰りながら、呟く。ただし、でたらめに紙をめくっているのではない。傍らにおいてある死体の「経歴書」を参考にしながら、「発見部位」を調べているのである。
「経歴書」には、生け贄の死者の生まれた日、死んだ日、腐食が始まった日などが記されている。さらには、その時々の星の位置や惑星の「順行・逆行」が記されている。特定の星は特定の部位に対応し、星の位相および時間的経過と腐食の進行は対応している(と彼らは信じる)。
族長ヴァズクラディムルと族長補佐ヴァジェミジェルは、占星術師の作業を見守っていた。二人とも、ジャムトン教寺院の出身であり、占星術の心得がある。彼らが手伝わないのは、社会的地位が占星術の作業に相応しくなくなっただけでなく、作業中の占星術師は他人の干渉を極度に嫌う事を知り抜いていたからでもある。
占星術師は、象形文字で表されたウジムシとウジムシの卵の数、出現パターンを、電卓を片手に計算していく。ただ数えるだけならば、電卓は不必要。だが、彼らに言わせると、「37進法で計算しなければならないので、そのために電卓が必要」なのだそうだ。こういう作業をしている時に「なぜ37進法でなければならないか」質問すると、大体「後にしてくれ」と断られる。もっとも、中には、理由など分からないまま作業をしているグラゼウン占星術師もいたのだが。
占星術師は嬉しそうに、死体について記された情報を調べていく。腐臭を「快い」と感じ、自らの職場や職務に誇りをもって作業をしている。……つまり、腐った死体をいじり回したり、時にはうごめくウジムシを噛んで味を確かめたり、その数を数えて占うという怪しげな作業について、何の疑問も抱いていない。
黒で書かれた経歴書に、朱でコメント、状況を書き終えた占星術師は、ぺンを聖盤に置いた。
「状況は、どうですか」と族長ヴァズクラディムル。
「かなり悲惨です」とエーズイーン、「グラゼウンにとって大凶と出ました」
「あっそ」とヴァズクラディムル、小さい声で沈痛に応じる。
「よし、分かった」と族長補佐ヴァジェミジェル。「あとの対応は、こちらでする」
「では」と僧侶、「生け贄を荼毘に……」
「おう、よろしく頼む」とヴァジェミジェル。
「これからが大変ですね」と族長ヴァズクラディムル。
「ああ、報告書を書かねばならん」
結局、報告書の作成には昼までかかり、元首たる大首長の手元に「大凶」の報告が届いたのは昼過ぎであった。もちろん彼らに、「そのような占いに耽る前に目前の戦況を考慮すべきだ」という意識は、全くない。




