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(55)ヴァストリアントゥオ、ダバニユ、3月15日午後3時12分

 アモット・レヒトパム空軍大尉、27歳、独身。彼は撃墜王であると自負している。自覚するだけでなく、「そうである事」をしつこく周囲に認めさせようとする、特に女性兵士に対して。

 「だからさ、俺さ、ジョンゴンのネザリエグを10機と、グラゼウンのシセキヴンを15機撃ち落としたのだぜ」


 話を聞かされている空軍女性兵士は19歳。レヒトパム大尉の「中身のない自慢話」をうんざりと聞いている。もし聞いていないそぶりを少しでも見せると、「上官の話を聞けぬのか!」と脅すのである。


 「でもさ、俺さ、そんな事よりさ、もっとたくさん落としたモノがあるのだぜ」とレヒトパム、ウィンクする、「それはさ、お・ん・な。あっちの方は、ちょっとしたモノだぜ。試してみないかい?」

 「やめてください……」

 「そう、つんけんするなよう」と、さっとレヒトパムは左手を降ろして上げる。はたから見れば「柔らかくたしなめている」動作も、女性にとっては、とんでもない動作になる。というのは、その瞬間、レヒトパムの左手中指はさりげなく彼女の胸を触ったのである。

 「やめてください!」

 「何もしていないじゃんかぁ」と、ごくごくさりげなく、さわっと彼女の尻を撫でる。

 「やめて」

 レヒトパムは態度を硬化させる。

 「俺の言うことが聞けないってのか」

 「やめてください」

 「一晩つきあえば、やめてやろう」

 「そんな……」

 「本官の命令を聞いて一晩付き合うか、それとも拒否して北極海沿岸警備に飛ばされて鮭の数を数えるか。貴官の好きな方を選びたまえ」


 レヒトパムならば、やりかねない。そして、女の撃墜数が多いという自慢も、そのように地位を利用して脅した結果なのだろう。


 「もう、お止しなさい」と女性士官が割って入る。女性兵士は、そそくさと逃げていく。……せっかくの獲物を!

 レヒトパム大尉は、割って入った女性士官を見た。肩章は空軍中尉。

 「貴官は、いつから上官に、そんな口をきけるほど偉くなったのかね、中尉どの?」

 「文明人としてすまじき行動をすれば、それを諌めるのもまた、文明人としての努め」

 中尉もそそくさと逃げようとする。

 「待ちたまえ、中尉」

 大尉は中尉の前に回りこむ。

 「本官が文明人ではないとでも言いたいのか?」

 「ええ」と中尉、「まるでさかりのついた雄猫のよう」

 「取り消したまえ、中尉」

 「では、あなたは、以後、そんなはしたない真似は、お止しなさい」

 「はしたない、だと?」

 「ええ、はしたないですわよ。地位を利用して性行為を強要するなど、最低の人間のする事ですわ」

 「中尉、君は処女かね?」

 「一体、何を……」

 「答えたまえ」

 「答えが必要なのですか?」

 「答えたまえ」

 「……私は未亡人で、11歳の子供が1人います。……そのような答えで良いかしら?」

 目を見開いて、レヒトパム大尉は中尉を凝視する。オールドミスのヒステリーかと思ったのだが。それにしても、よく見ると、多少年は取っているが、金髪美人ではある。

 「人を食った答えだな」とレヒトパム、「上官を侮辱するなど、軍法会議ものだ」

 「おやまあ(タミトル・トニャス)、軍法会議にかけたら、君の方が恥をかくだろうな」と途中から様子を見ていたナムリム中将が言う。

 「中将閣下、助けてください」と中尉。

 「助けるまでもなかろう」と中将は傍観を決め込む。

 「なぜ小官が恥をかくのですか」とレヒトパム。

 「そのパイロットは」と中将は中尉を指さす、「ダバニユ方面軍のパイロットではない。近衛軍のパイロットだ」

 「近衛軍! こんなのが! 近衛軍はそんなに人材不足なのか」レヒトパムは中尉の頭に巻かれた包帯をたたく、「誘導滑走路移動(タキシング)の間に風防に頭でもぶつけたか、近衛の騎士さんよ!」

 「狙撃されたのです」と中尉、「まあ、私のミスといえばミスとも言えるのですが」

 「……では、中尉、引き続き、答えたまえ。最後の性行為は、いつにしたのかね」

 「夫が病床につく前でした」

 「本当かよ、おい。……では、今はフリーか」レヒトパムは耳元でささやく、「おれと、どう? 旦那より良いかもよ?」

 「お断りします」と中尉、大きな怒声を発する、「あなたのようなデリカシーのかけらもない人のお誘い、よりにもよって私が受けるはずがないでしょう? そのあたりで止めておかないと、あなた、本当に北極海沿岸警備に飛ばされますよ?」

 「つくづく馬鹿にしてくれる(シルニェ語では「子供扱いする」と同義)ではないか、中尉どの。君の年齢は?」

 「……32」

 「旦那は?」

 「生きていれば、29になっていたでしょうか」

 「じゃあ、君は、おれなんかとやるより、一人でした方が良いってわけか。……その間隔は?」

 「あなたと同じくらいでしょう」

 「おれは一人ではやらないぜ」

 「私も、ここしばらく、やってはいませんよ。やりそうになった事は、ありましたけれどもね」

 「どこで?」

 「ヅーリャビフのコクピットで」と彼女は遠い目で言う。

 「戦闘機のフェティシズムかよ、おい」

 「いえ、夫に抱かれているような気がしたので、ね」

 「妙な発想だな。そんなに旦那が良いってか。まさか、初体験の相手とかじゃあるまいな」

 「……そうでしたわ」

 「そんな、貴族でもあるまいし」

 「一応、貴族ですわよ」と彼女、そろそろ気づけとばかり、溜め息をつく、「伯爵家、今は公爵家となった家の出なのですから。でも、あれは婚前交渉とやらではありましたが」

 どこかで聞いたような話だな。

 「貴族だとぉ? 嘘をつけ! 中尉、お前の名は?」

 ナムリム中将はくるりと、二人に背を向けた。中尉は中将を見る。背中が震えている。笑いを堪えているのだ。中尉は溜め息をつく。


 「アンナ・カーニエ・ザーリップ」


 「アンナ・フォイヴォだあ? 馬鹿もやすみやすみ……」レヒトパムは目の前の人物を凝視する。


 チェディアのラルガイン伯爵家の長女。後にラルテニアに帰化し、ドンパロイ工科大学付属職業訓練学校に入学、さらに士官学校に入学、空軍に兵役(階級は中尉にまで昇進していた)。20で3つ年下の先帝と婚約、結婚。娘アーリア・ライラが生まれたのは今から11年前。先帝が白血病で崩御。即位する際、伯爵家では格が低いというので、ラルガイン家は公爵位への昇爵を先々帝より為された……。


 「まさか。まさか……」

 レヒトパムはポケットの財布から1フロイン札を取り出した。

 「ああっ!」

 女帝の肖像画と目の前の人物は、非常にそっくり。当然である。本人なのだから。

 レヒトパムは1フロイン札を取り落とした。

 「あらあら」

 女帝は1フロインを拾いあげ、レヒトパムに握らせる。レヒトパムは膝をついて呆然としている。

 「相当のショックだったのね」

 「女帝陛下も人が悪い」とナムリム中将。

 「人が悪いのは、あなたでしょう?」とアンナ・カーニエは応じた。2人は、呆然としているレヒトパムを後に、司令官室へと入っていった。


 よりによって、女帝にセクシャル・ハラスメントしてしまった。今までさんざん「北極海沿岸警備への左遷」をダシに脅していたが。これでは自分がその目に遭わされても文句も言えない……。と、彼は考えている。その通りになるのだが、誰も彼の末路などに興味を持たなかった。


 「ところで、陛下、なぜまた、こんな所へ?」

 アンナ・カーニエは黙って、フライト・プランを手渡した。

 「これは?」

 「私のフライト・プランです。ダバニユ方面軍司令のサインが必要のはず」

 ダバニユ方面軍司令ナムリム中将は、アンナ・カーニエのフライト・プランを見た。

 「本気ですか」

 「ええ」

 「でも、これ、最前線ですよ」

 「分かっております」最前線の敵の砲弾も、暗殺者の銃弾も、あまり変わりはなかろう。

 「どうなっても知りませんからね」ナムリム中将は首を振り、フライト・プランにサインをする。ライターを取り出し、蝋を少し溶かす。蝋を書類の上に落とす。そして、彼は蝋の上に印章を押し付けた。

 「お気をつけて」

 アンナ・カーニエは右手にフライト・プラン、左手にヘルメットをかかえている。

 「あ、そうだ、蝋を貸していただけないかしら」

 「よろしいですが、どうやって持つおつもりです?」

 彼女はヘルメットを差し出した、「これに」

 ナムリムは蝋をヘルメットの中に入れた。からーんと乾いた音が響く。アンナ・カーニエは一礼して立ち去る。その後ろ姿に、中将は声をかけた。

 「どうぞ、お気をつけて」



#またまた本当にどうでも良い事ですが、米軍関係者である人が怒ってこのように言ったそうです。「アラスカ警備に回して、サーモンの卵を数えさせてやる!」

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