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(52)ヴァストリアントゥオ、ミゼレン重刑刑務所、3月12日午後11時50分

 プラスチック製容器を手に取り、中の液体を数滴、蛇口の真下に落とす。閉じられた栓の上に、バスフォームがたまる。湯を勢いよく、バスタブに張る。泡が立ち、即席の泡風呂の出来上がり。

 「ジャグージなら、こんな事しなくても良いのだが」

 カルバドス所長は、自動で泡風呂にするジャグージを思い浮かべる。……女帝に差し入れてもらおうか。


 カルバドスは足をバスタブに入れる。ぬるい。彼は湯のカランをひねった。

 ごぼごぼっと、音がする。が、湯は出ない。……隣のアルトノーミが湯を使っているのか。多数の部屋で同時に風呂を使うと湯の供給に支障を来す事がある。耳を澄ます。隣の部屋からは、湯の音が聞こえない。……その代わり、外が騒がしい。

 カルバドスは異変を感じ、均整のとれた体にバスタオルを巻きつけ、バスルームを出る。ノックの連打。

 「どうした?」

 「敵襲です!」

 敵襲? 刑務所に? 考えられるのは二つ、囚人の脱走計画。もしくは、囚人に対する暗殺計画。

 「それだ」

 カルバドスは裸体にバスタオルを巻いたまま、外に出る。


 廊下は、けたたましい銃声に満ち溢れていた。カルバドスは壁にはりつく。彼の横の警備兵は、ライフルを握ったまま、銃弾に斃れる。所長カルバドスは警備兵の横に伏せた。死体から自動小銃を奪い、廊下の奥に構える。数人の不注意なゲリラ兵が、カルバドスの待ち構える廊下に飛び出した。


 自動小銃の連射。ゲリラ兵たちは倒れた。カルバドスは起き上がる。彼の体には、廊下に伏せた時に、べっとりと血糊がついている。比較的注意力のあるゲリラ兵たちが、壁の陰に隠れながら、廊下の奥に銃撃する。カルバドスは、ドアの陰に隠れた。ふと彼はドアを見る。……サランノ・アルトノーミの部屋。

 カルバドスはアルトノーミの部屋のドアを開ける。ドアチェーンが掛かっているため、足の太さぐらいしか開かない。彼は、鍛え上げた腕で、思いきりドアを押し開けた。ばきっ、とドアチェーンは砕け、扉は全開する。


 アルトノーミは闖入者を見上げる。血糊の付いたバスタオルを裸体に巻いている男。男はアルトノーミに自動小銃を投げ渡した。

 「来い」

 あぜんとしているアルトノーミの腕を引っ張り、彼は廊下に出た。

 女の声。「アルトノーミを探せ!」

 先程より数人、警備兵の死体が増えている。カルバドスは新入りの死体から機関銃を取り上げ、迫るゲリラに連射した。ゲリラはばたばたと倒れる。

 アルトノーミはゲリラの女隊長に目を奪われる。ラタキナだった。ラタキナ・「アルトノーミ」は、サランノの姿を見て微笑する。

 「ここにいたぞ! 撃ち殺せ!」

 ゲリラが構えるより早く、カルバドスはゲリラたちを撃ち殺した。ラタキナはさっと廊下に伏せる。

 撃たれたのではあるまいな? 好みのタイプの女性が倒れたのを見て、アルトノーミはラタキナに駆け寄ろうとする。むんず、とカルバドスはアルトノーミの襟を掴む。

 「女性との、おデートは、後回しだ」

 彼はアルトノーミを引きずりながら、階段を駆け上がる。

 「後ろから敵が来たら、さっきの女といえども、撃ち殺せ」

 カルバドスは、ふと振り返り、「生き延びたければ、な」と付け加えた。


 屋上に出たとき、強風が巻き起こっていた。ゲリラたちが火をつけたため、刑務所が燃え上がる。火事のときの強風に加えて、上空から着陸しようとしていたヘリコプターが、さらに強風を周囲に撹拌する。

 カルバドスはアルトノーミの背中を叩く、「走れ!」

 アルトノーミはヘリコプターに駆け寄りながら、思う。……ひどく手回しが良いな?


 カルバドスは腰を落とし、屋上に通じる階段に機関銃を連射する。弾倉が空になった。カルバドスは機関銃を投げ捨て、自身もヘリコプターに駆け寄る。


 ラタキナ自らが銃を取り、カルバドスに狙いをつける。発砲。だが、銃弾はヘリコプターの撹拌する風のためか、大きく左にそれる。もう一発。今度は、カルバドスのバスタオルに当たった。結び目が破壊され、バスタオルは落ちる。風に吹き飛ばされていくバスタオル。カルバドスは裸体のまま、ヘリコプターに乗り込んだ。「よし!」


 ヘリコプターは上昇する。「ちくしょう!」ラタキナは銃をヘリコプターに向ける。が、ヘリコプターはガンポッドを屋上に向けた。危ない!


 彼女が伏せるのとヘリコプターが機関砲を乱射するのが、同時だった。アルトノーミは席から腰を浮かし、ラタキナを見る。ラタキナは屋上に倒れている。


 ヘリコプターは旋回し、燃え上がる刑務所から飛び去る。アルトノーミは背後を見た。屋上に立ち、腕を振り回し罵る(声は無論聞こえない)ラタキナ。あれほど元気に暴れているのだから、おそらくケガはなかったのだろう。アルトノーミは安堵の息を漏らした。


 隣のシートに血を滴らせながら座っているカルバドスは、アルトノーミを見る。

 「無事だったようだな」

 「まあ、どうにか」

 「女帝陛下の命により、君をもっと安全な場所に連れて行かなくてはならない」

 アルトノーミはまぜかえす、「女帝陛下の寝室ですか?」

 「……かもしれんな」とカルバドス。冗談だったのに。

 「いずれにせよ、次の避難場所は、女帝陛下ご自身がご用意なさるそうだ」


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