(50)ヴァストリアントゥオ、ミゼレン重刑刑務所、3月12日午後4時56分
少し化粧がきつく年齢を重ねたような美女が、門衛に近づく。
「サランノ・アルトノーミの妻、ラタキナです。主人に面会させていただきたい」
門衛は即座に答えた、「規則で、会わせられない」
「どのような規則ですの?」
「答える必要は、ない」
「そのような規則なんかないのではないですか」
本当は、ある。内務省通達により、囚人との面会は事前の許可が必要である。ただ、門衛は「規則で決められていると答えよ」としか命令を受けていなかった。
「規則で決められている」
「だから、その規則なんかがないのじゃないか、と伺っているのです」
門衛は気分を害した。
「退去せよ。さもなくば、公務執行妨害で、逮捕する」
「門衛は、刑務所の職員でしょ」と彼女は左手の人差し指を門衛につきつけた、「一般市民を逮捕する権限が、あったかしら」
門外の詰め所から、もう一人門衛が出てきた。
「奥さん、どうされましたか?」
「あ、私、サランノ・アルトノーミの妻、ラタキナです。主人に面会に来たのですが」
「ああ、奥さん、だめですよ。会わせられません。連邦内務省から事前に許可証をもらわないと、面会させてはいけないと言われているのですよ」
「でも、主人、元気でいるのでしょうね」
「ええ、それはもう。女帝の差し入れのコンピューターで一日中遊んでおられますよ」
「それでは、せめて、電話を貸していただけないかしら」とラタキナ、1フロイン札を門衛に。
「それは、構いませんが」と門衛、「これに名前を」
「え?」
「これに名前を書いていただきたいのです」と門衛は受付管理簿を手渡す、「日時、時間、訪問目的」
ラタキナは「ラタキナ・アルトノーミ、3月12日5時、配偶者と面会すべく来訪」と記入した、「でも会わせてはもらえないのよね……」
「ええ。会わせるわけには参りません」と門衛は電話を手渡した。門衛が受付管理簿の内容を端末から囚人管理システムに入力している間、ラタキナは電話局の交換台を呼び出す。
「フロイデントゥク、パレッケルクの6の12、コレクトコールでお願い。……あ、小父さま、ラタキナです。主人に会えませんでした。ええ、元気だそうです。そちらから、事前許可の方を頼みます。では」ラタキナは一礼をして立ち去った。
しばらくの後、一日の来訪者のリストがコンピューターからのアウトプットの形で、所長カルバドスに報告される。合計3人。最後の人間の人名と訪問目的がひっかかる。
……あいつの指に結婚指輪なんかあったっけか。もっとも、指輪が嫌いで身につけていないだけかもしれないが。
カルバドスは訪問者リストを手に、立ち上がる。……確認してみよう。
刑務所所長はアルトノーミの部屋をノックする。返事はない。彼はドアを開いた。鍵はかけられていない。……鍵をかけるよう言ったはずだが。
見ると、アルトノーミは右手でマウスを、左手でテンキーを激しく叩いている。画面上で、無数の小さな人間の形をした物が、殴り合いの喧嘩をしている。青い服を着た人間が敵を殴り倒すと「よし!」とアルトノーミは頷く。逆に赤い服を着た人間がガッツポーズをとると「くそ」とアルトノーミはうめく。カルバドスには理解できない。
「何なのだ、これは」
「『ユビウスと人民の力』」とアルトノーミ、複雑な操作をしたまま答える。だが、まだ、カルバドスには理解できない。
「何だって?」
「オルテップ・ショインリューオムというデザイナーが作ったコンピューターゲーム」とアルトノーミ、操作を続けている。
しゅごごごごご、ずがーん、という音を立て、画面の中の大地が盛り上がり、炎の河を四方に広げる。
「あ、まずい、火山を使いやがった」
カルバドスには理解できず、首を横に振る。アルトノーミは被害状況を調べるべく、「一時停止キー」を押した。
「そう言えば、外の世界はどうなっているのですか」とアルトノーミ。
「いつものとおり、変わらない。お決まりの戦争、虐殺、勝利……」
「変だな」とアルトノーミ、「わがアルトノーミ家の者が、短期間の間に大量結婚して、大量に投獄されているはずなのだが」
「特に変わった事件ではないが」
「しかし、アルトノーミ家は、一応ヌラフォスの侯爵家ですからね。そこの人間が26人一遍に結婚して、短期間の間に投獄されるとなると、フロイディアの10大新聞のどれかには掲載されるはずだ」
「その件に関して質問がある」とカルバドス、「君に配偶者はいるかね」
「いいや」
カルバドスは内線電話に飛び付く。門衛詰め所を呼び出そうとして、ふと手を止める。
「どこから、そのような事を知ったのかね」
「いや、その。コンピューターで、通信回線経由で。獄中仲間と情報交換するついでに、ラルテニア法務省囚人管理データベースを、ちょっとばかり読みまして。すると、フロイディア全国のうち26か所に、なんとかアルトノーミという女性(しかも記憶にない人物)が夫に面会しにきたみたいなんでね」
「公的情報侵害罪だな」とカルバドス、「まあ、黙っておくが」
電話口に門衛詰め所が出た。
「今日、アルトノーミの妻が夫に面会に来たというのは本当か」
「ええ、事前に許可証を得ずに来たので、覚えています」
「で、何と言って追い返したのだ?」
「え、そりゃあ、『会わせるわけにはいかない』と」
「それで、その女はなんて言った?」
「『元気か』と聞いたので、『元気だ』と答えました」
「では、『ここにはいない』とは言わなかったのだな……」
がーん。低く鐘の音が鳴るような衝撃が、カルバドスを襲う。アルトノーミの命を狙う者たちは、アルトノーミが投獄された事までは分かっても、どこに投獄されているか分からなかった。また、アルトノーミのように囚人管理データベースを検索できなかった(刑務所以外からの検索をすると、すぐ逆探知される)。そこで、面会を装って、ラルテニア各地の刑務所に飛び入り面会しようとしたのだろう(サランノ・アルトノーミが投獄された場所を探り出そうとしたのだ)。おそらく、他の刑務所では「ここにはいない」と応じた。だが、ミゼレンでは「元気だ」と答えている……。
ふたたび「がーん」という鐘の音を聞いたカルバドス所長は、画面と画面をにらむアルトノーミの方を見た。
「何をした?」
「聖人を聖霊にしたのですよ」
見ると、聖霊は異教徒たちにとりつき、うち倒していく、敵が倒れる度に、「うわああ」と録音された音声が再生される。アルトノーミは敵地に巨大な五芒星形を打ち込む。小さな五芒星形を高く掲げた聖人は、ぞろぞろと信者たちを引き連れ、敵地へ聖戦の行軍を始める。敵地奥深くで始まる戦闘。アルトノーミは鐘のアイコンをクリックした。「がーん」と鐘の音。「聖人」は「聖霊」に変化する……。
「死ね、死ね、死ね、死ね……」アルトノーミは呟きながら、鐘を連打する。今やボルストン(?)の民は異教徒を圧倒していた。ファンファーレがゲームを中断する。
メッセージが画面に表示される。
「(神への道を歩むプレーヤーと対戦中のCPU、悪魔役の)われは、そなたを不死なるものと認めよう、LLIEMBOHにて勝ちたるがゆえに。新たなる地でわれと戦え」
「やった、やっと八二面目をクリアーした!」とアルトノーミ、歓声をあげる。
カルバドスは首を横に振った。フロイディア人全般に通じる「聖戦」の概念については理解できるが、相変わらずゲーム「ユビウスと人民の力」については理解できなかったためである。
#本当にどうでも良い事ですが、先代のジョージ・ブッシュ(パパの方)の湾岸戦争のデータは国防省のサーバー容量が足りなくなったという理由で誰かが消したそうです。←ドゥーム(オンライン・ゲーム)のデータで・・・。