表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

50/71

第4部・侵攻(49)ヴァストリアントゥオ、ザゾ、ドロンペルペン宮殿、3月12日午後2時10分

 アンナ・カーニエは、ファクシミリで届いた手紙を、繰り返し読んでいた。娘アーリア・ライラからの手紙である。


  「連邦内閣首相から、軍人オンクルーヴなる人物の死刑執行書

   の副署を求められました。なんでも『敵前逃亡』の罪だとかで。

   おかしいですよね?

   自分の持ち場を離れたのは事実でしょうけれども、

   その結果、敵に対して効果的な攻撃を行えたのでしょう?


   私は副署を拒否しました。でも、元老院で可決されれば、

   法的に通ってしまいます。お母様、それまでに、イクシェメール大将に、

   オンクルーヴを許していただけるよう、頼んでもらえないでしょうか。


   連邦内閣によると、この死刑を強要しているのは彼だそうです。

   連邦統合軍としては、女帝の信任厚い彼の意向を無視しがたいとも

   言っておられました。


   よろしく、彼の命を助けてもらえるよう、お願いします。


                        アーリア・ライラ」


 アンナ・カーニエは、イクシェメールを呼ぼうと電話に手を伸ばした。……もし、彼が、コンパーヌ方面軍司令を解任されザゾ方面軍司令に着任した今もオンクルーヴを処罰しようとしているならば、越権行為である。今やオンクルーヴは直属の部下ではない。処罰されるべきは、むしろイクシェメールではないのか。


 ノックの音。女帝は手元のファクシミリ用紙を引き出しに収める、「どうぞ」

 「失礼します」と侍従、「護衛のロヅァシェールが……」

 「彼がどうしました?」

 「先程、亡くなりました」

 「彼に会わせて」

 「しかし、もう……」


 空軍士官の服装をしていたアンナ・カーニエは立ち上がる、「空軍病院でしたよね、彼が担ぎこまれたのは」

 「そうですが。確かに、空軍士官の服装ならば、怪しまれずに出入りできるでしょうが。……分かりました。彼をここに運んでもらえるようにいたしましょう。謁見室に運ばせましょうか?」

 「お願い」


 ジャーナリストたちは色めき立つ。身を呈してアンナ・カーニエを守った護衛の死体を、女帝が謁見するという。お涙ちょうだいの良い記事になりそうだが。

 「記事としては、インパクトが弱いな」と記者、「大体、あの事件は報道陣シャットアウトの中で起こった事だし」

 「とりあえず写真だけ撮っておこうか」

 質素な黒塗りの霊柩車が、ドロンペルペン宮に入る。一輪の白いチューリップを載せた黒塗りの棺が、カートに載せられ、宮殿のエレベーターに乗せられる。

 「発射された銃弾は2発。護衛は身を呈して女帝をかばい、頭に銃弾を受けた。女帝本人も頭にケガを受けた。その護衛が死んで、謁見の栄誉を賜る。いい記事になりそうなのだがなあ」

 「惜しむらくは、われわれが、暗殺未遂の場にいなかったって話だな」

 「うむ。そのおかげで、この謁見を記事にしても中途半端になってしまう」


 警備兵は黙っている。「発射された銃弾は2発」ではなく、1発である。だが、この手の情報操作は、よくある話なので、彼は口を開けない。……触らぬ神に崇りなし。


 「席を外して」と女帝、棺を運んできた者たちと侍従に言う。彼女はそっと、蓋を開けた。安らかな死に顔。金髪のかつらをつけて、色付きのコンタクトレンズをつけて女装をすれば、女帝そっくりの顔になる。声を発するまでは、実父ラルガイン公爵さえ気づかなかったほどである。暗殺者が別人である事に気づかなかったのも、無理はない。


 アンナ・カーニエの目に涙がにじむ。

 「まだまだ、あなたを必要としていたのに」

 「それは、光栄の極みであります」と、そっと入ってきた別人が言う。

 あなたに言ったのではない、と言おうとして、女帝は言葉を飲み込んだ。

 「なんだ、X君だったの」

 「さようでございます、女帝陛下」

 「やめて。そんな他人行儀な。ここには、ロヅァシェールと私と君しか、いないのだから。盗聴マイクは全部、外してあるわ」

 「信用して良いのでしょうね、ラルガイン同学窓姉」

 同学窓姉(レドルラロッシレツィス、「先輩」)の語の舌がまとわりつくような発音と、なれなれしいニュアンスに、旧姓アンナ・カーニエ・ラルガインは苦笑した。

 「その方が、遥かにいいわ」

 苦笑は、寂しげな笑みに、やがて純然たる悲哀に移行する。

 「『ユビウス一世』のグループも、二人だけになっちゃったわね」あとは全員死亡した。

 ドンパロイ工科大学付属職業訓練校時代の後輩Xは、無言でアンナ・カーニエの背後に立っていた。 彼は『ユビウス一世』から引用する、「まさに、天賦の才ある者、昇天したまいし」

 アンナ・カーニエは続きを無視した、「で、あなたのお仕事は?」

 「ここに」とXは封筒を女帝に差し出す。「ただ、ビデオ・テープとリストは、まだ奪取しておりません」

 「早くした方がいいわ。少なくとも三つの組織が奪おうと動いているから」

 「善処いたしましょう」


 女帝は棺の蓋を閉じた。「ご苦労ついでに、非常に簡単な小細工を一つ頼んでもいいかな?」

 「局長に内緒でできる事ならば」とXは応じた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ