(46)ヴァストリアントゥオ、南ラフゾイグ地方、フュンフェム、3月11日午後4時00分
木槌が、粗造りのテーブルを叩く。
「これより、フュンフェム特別軍事法廷(非公開)第1回審理を開始する。全員着席。被告は前へ」
廷吏たちは両脇をつかんで、ジャスタックを被告席に座らせる。そして検察側の主張・弁護側の弁論も一切省略して、いきなり判決を裁判官は言い渡す。
「被告、クリムジャル・ジャスタック。判決、死刑。罪状。共謀謀殺致死、第1級殺人共犯、武器不正行使、家屋等破壊致死、器物損壊致死、元首僭称、公務執行妨害致死、体制騒乱罪、外患誘致罪」
被告の背後で、手錠につながれた証人(次の裁判の被告)たちはざわめく。木槌がたたかれた。
「法廷では静粛に!」
「なんだ、それは」とジャスタック、「こんな法廷は茶番だ!」
「あ、それと法廷侮辱罪」裁判官は判決にボールペンで「法廷侮辱罪」と書き加えた、「弁護側、反論はあるかね」
裁判官と同じ軍服を着た弁護士が応じる、「このうえは、寛大なご処置を願います」
「検察側は?」
「手温いですが、譲歩致します」
「では、被告人、何か言い残す言はないかね?」
ジャスタックは言う、「私は抗議する」と。
「それは、上告・控訴するという意味かね?」
「そういう意味でもある」
裁判官は、一枚の書類を拡げた。
「ラルテニア帝国内務省通達により、ラルテニア帝国最高裁判所裁判官一同の委任状が、ここにある。これには連邦内閣主席および女帝の自署があるため、この特別権限は法的に有効である」
裁判官は、にやりと笑う、「また、体制監査委員会の特別通達により、フュンフェム裁判に関する連邦司法裁判所の権限は、私に委任されている。よって、今、ここに、連邦司法裁判所の判決を申し渡す。控訴棄却、判決・死刑」
証人席のざわめきは頂点に達する。廷吏たちは「静粛に」とうるさく怒鳴っている。裁判官は、証人席のざわめきなど別世界の事件であるかのように振る舞い、被告に宣告する。
「連邦法務大臣の委任状がある。これは、体制監査委員会の監査済みであり、連邦内閣主席および女帝の自署がある。この特別権限により、この場にて、処刑を執行する。廷吏は前へ」
証人席に集められた男女は恐慌状態に陥る。皆、次はわが身とばかりに廷吏につめより、外へ脱出しようとしている。なお、扉は外から鍵がかけられており、多数の素手の「被告」たちに開けられない。
「廷吏! 被告人たちが公務執行妨害をしておるぞ! 正当防衛だ、構わん、撃ち殺せ」
軍服を着た廷吏はアサルトライフルを連射する。250人の「証人」のうち130人が、この銃撃で死亡した。
廷吏が一人、長い鉄棒をもって、ジャスタックに近づく。他の廷吏たちは被告席からジャスタックを引きずりおろし、床に跪かせる。ひんやりと冷たい鉄棒が、ジャスタックの項に当てられた。彼はもがく。しかし、体は左右から固定されていて、足は両方とも廷吏が押さえ付けている。廷吏は鉄棒を大きく振り上げ、狙い過たず、ジャスタックの首に打ちおろす。ぐきゃっ、と骨が折れる音。鼻からと口からと、一筋ずつの血を垂らして、ジャスタックの屍は床に横たわった。廷吏たちは手早く、死体をダストシュートへ放り出す。
「次の者!」
証人席からドン・ラップダンが引きずり出された。
「被告、ドン・ラップダン、以下同文」
「待て、なんだ、その以下同文とは」
「罪状を繰り返して欲しいのかね? ……あっと、元首僭称は違うな、君の場合。身分僭称だな。まあ、あとは同じだが」
ドン・ラップダンは走り出した。彼はドアへ駆け寄る。
「逃がすな!」
銃声。弾幕はドン・ラップダンの腹部を貫く。彼は血に汚れた腕で、ドアのノブを開けようとした。力が入らず、彼は仰向けにドアにもたれかかる。彼の目には、四人の男が自動小銃を自分に向けて構えている光景が映る。
「や……」
男たちは、ドン・ラップダンの頭部、胸部、腹部に60発ずつの銃弾を撃ち込んだ。一瞬後、原型を止めていないドン・ラップダンの屍を、廷吏はブラシで掃き寄せ、ダストシュートに捨てる。
就任したての軍事人民委員ヴァリムサーブは、隣に座る敬虔なるジョング教徒にして彼の妻、ディヴァを抱き寄せた。冷たい。その顔を見る。血の気のない顔に、一筋の血がこびりついている。銃弾が頭部に命中したのだ。
「おお」
声にならないうめき声をもらして、瞳孔の開いた妻の瞳の、瞼を閉じてやる。
「被告人、ロッティフ・ヴァリムサーブ、前へ!」
「そのような茶番をせずに、今ここで処刑執行すれば良かろう」とヴァリムサーブは「裁判官」に抗議する。
「良かろう」と裁判官は手で廷吏に命じる。
「いざ(ヌラ)」とヴァリムサーブはセレシア語で廷吏を促した。廷吏は、望みどおり、軍事人民委員ヴァリムサーブの首をへし折った。
1時間後、裁判官は長いリストと執行ずみの書類の束を、鞄に突っ込む。彼は、木槌でテーブルを連打し、「正当なる裁判」の終了を宣言する。
「これにて、閉廷。明日は、10時より開廷する」
だが、傍聴人、被告席、証人席に、閉廷宣言を聞く者はいなかった。彼らの言い方によれば、皆、「全能のジョングの元に召された」のである。