(45)ヴァストリアントゥオ、フロイディア軍クショヴィール包囲陣地、3月11日午前11時10分
陣頭指揮を執っていたダバニユ方面軍司令ナムリムの耳に、敵陣からフロイディア連邦国歌が近づいてくる。……敵陣?
習慣的に、兵士たちは直立不動の姿勢を取る。
「待て」とナムリム中将(彼は少将から中将に昇進していた)、「敵の謀略かもしれん」
「で、ですが」
ナムリム空軍中将は舌打ちして、兵士からアサルトライフルをひったくった。彼は銃を構える。敵陣から旗を押し立てて出てくる一団。旗は……連邦国旗。ナムリムは引き金を引こうとして、撃鉄を起こした。ジョンゴン兵たちは両手を自身の頭のうえに置き、必死になって覚えたてのフロイディア連邦国歌を歌っている。
「フロイディアのダバニユ方面軍司令にお会いしたい」と旗持ちの横に立っていたドン・ラップダン。
「全員を逮捕しろ」とナムリム。
「そんな……!」
「どうやって逮捕するっていうのですか」
「装甲車にぶちこんで、フュンフェムへ連行せよ。そこに、収容所と法廷が設置されている」
「私は、ジョンゴン共和国全権大使のドン・ラップダンである。私は、新人民委員長ジャスタックの命により、降伏をする。寛大な処置を願いたい」
ナムリムは「全権大使」に近づく。
「おまえか、ドン・ラップダンは」
「いかにも」
ナムリム中将は懐から、ザゾ総督府が発行した逮捕状をドン・ラップダンの前に広げた。
「贈賄、武器不正行使、殺人共謀の容疑、および体制騒乱罪、違法集会結党の現行犯で逮捕する」
「そんな! 私はジョンゴン人であって、フロイディア人ではない!」
「違うな」とナムリム、冷たい笑顔をドン・ラップダンに向ける、「お前はジョンゴンなどという国の人間ではない。そんな国は存在しないのだ。おまえは、フロイディア領ヴァストリアントゥオの人間だ。したがって、お前にはフロイディアの法律が適応される」
ドン・ラップダンはゲクセン語で呟いた。
「唯一の神ジョングの怒りが、おまえに落ちるように」
ナムリムがゲクセン語で応じた、
「神は存在しない。あるのは、神の意志のみである」
呆然としているドン・ラップダンの両脇を、兵士たちは取り押さえた。
「引っ立てろ」
ドン・ラップダンは、他の兵士たちと一緒に、装甲車の中に放り込まれる。装甲車は砂煙をあげて、東北東へ、フュンフェムの方へと去って行く。
ナムリムは四輪駆動車に乗る。その貫録は、まるで30年前から陸軍を陣頭で率いていたかのように見える。……一体彼は、本当に空軍士官だったのだろうか?
前方を凝視していたナムリムは、自分に注がれている一同の視線に気づいた。彼は右手をダッシュボードの上に載せ、芝居がかった動作で左手を高く挙げる。
「全軍、前進!」
戦車が、対空自走砲が、偵察車両が、歩兵たちが、要塞に殺到する。ナムリムは腕組みをする。砂利まじりの風を噛みながら、彼はささやかな勝利を充分に味わっていた。包囲陣のフロイディア兵たちは、ジョンゴン軍最後の要塞クショヴィールを、一兵も損なわずに陥落させた。