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(44)ヴァストリアントゥオ、南ラフゾイグ地方、クショヴィール、3月11日午前7時20分

 絶え間無い砲弾の着弾による爆発音が、鈍く響いている。ジョンゴン軍最後の砦クショヴィールも、地上部分は壊滅した。かろうじて要塞の地下部分が残っているに過ぎない。


 「新軍事人民委員」とバチクラン人民委員長、戦死した前軍事人民委員の後任者、ヴァリムサーブに、「何か良い手だてはないかね」と尋ねる。

 「こうなっては、下手に打って出ると、全滅する恐れがあります」

 「このまま、先の見えない篭城を続けろと言うのか」

 「しかし、出撃に意味がありません。既に、要塞の地上部は破壊され、地下も第二層まで破壊されています。できるだけ地中奥深くに潜り、敵の砲弾が尽きるのを待つしかありません」

 「どのくらい待てば良いのか。10年か、20年か」

 「フロイディアの砲弾が尽きるまで、です」

 バチクラン人民委員長は、憔悴した顔を自分の掌に沈める、「それほど、待てない。わが方の武器、弾薬、食料は尽き始めている」

 「資金の方は?」

 「バジャール財務人民委員が戦死したため、確定はできないが。3000~4000フロイン程度だろう」

 「地対地巡航ミサイルを1基、買えるか買えないか、といったところですか」

 「いや、私は異教徒からシセキヴン戦闘機を買おうと考えていたのだが」

 「戦闘機を買うよりも良い方法があります。ジペニアに亡命して、そこで亡命政権を樹立するのです」

 「そんな下策を採るぐらいなら、私は玉砕を選ぶ」

 ヴァリムサーブは反論する、「軍事人民委員としては、玉砕に反対です。それならば、降伏して再起するほうが良いのでは」

 「降伏して、再起が図れると思うかね?」

 「全滅するよりは、ましでしょう」

 「もう良い」バチクランは席を立ち上がった、「君には頼まぬ。私が、自分で兵士を率いてフロイディア兵に反撃を加えてやる」


 バチクランが出ていったドアとは反対側のドアから、そっと、クリムジャル・ジャスタックが入ってきた。

 「あ、ジャスタック閣下……」

 しいっと、ジョンゴン軍・駐ジペニア大使ジャスタックは指を口に当てる、「どうやら、失敗だったようだな」

 「人民委員長に亡命を促せませんでした、すみません……。しかし、いつ、ドンチンからお戻りになられたのですか」

 「私はドンチンには行っていないよ」とジャスタック、「お前たちがちゃんとできるかどうか、心配でね」

 一際大きい爆発音。

 「ここも危険です、もう一階下へと避難してください」

 ヴァリムサーブがドアを開けると、崩れ落ちた天井の残骸が、室内に入り込んだ。瓦礫をかきわけて、ジャスタックとヴァリムサーブは外に出る。

 「き、きさま、なぜ、ここにいる?」

 血だらけになったバチクランが、ジャスタックに言う、「ドンチンに赴任したのではなかったのか」

 さっと石を握り、ヴァリムサーブはバチクランを殴打する。

 「な、何をする!」

 その口をめがけて、もう一発。血のこびりついた歯が三本、埃まみれの床に落ちる。

 無表情に、ヴァリムサーブはバチクランの頭を何度も殴りつけていく。


「もう、よせ」

 ジャスタックがヴァリムサーブの腕を止める。もう一本の手で、ジャスタックはバチクランの首筋を触った、「もう、死んでいる」

 「バチクラン人民委員長閣下は、戦死なさいました」とヴァリムサーブ、非常に明るくにっこりと笑う、「ジャスタック閣下が新たなる人民委員長に就任する際、このヴァリムサーブめを人民委員会の末席にでもお加えくだされば、幸いです」

 「わかった」とジャスタックか顔色も変えずに答えた。そして、二人は階段をさらに下りていった。



 目撃者は、おそるおそる壁から身を離した。彼は、震える手で、自室のドアを開ける。中に入り、ドアを閉める。その拍子に、ドアに打ち付けてあったネームプレートが落ちる。……フェレーベ治安担当人民委員。


 フェレーベは金庫から、「スパイ容疑者リスト」を取り出し、机のうえに置いた。中を開いて見る勇気がない。彼は、不吉な歌の一節を思い出していたのである。ジペニア元首ミカドをおちょくった喜歌劇「チチプの町」の一節である。


  「生け贄が必要になったときのために、

   われは作りし、生け贄のリストを。

   そのリストからは何者も逃れるられない。

   そなたも、われ自身も。そう、文字どおり、何者も」


 彼は、恐る恐る、リストを開いてみた。リストの最後の人物は……イソット・フェレーベ、彼自身であった。

 「そんなばかな!」

 ノックの音。フェレーベが応じるより先に、治安警察の警官たちが、中に入ってきた。

 「このような結果になるとは、実に遺憾です」と治安警官。

 「待て……」

 「しかし、考えてみれば、納得のできる話ですなあ。わが国に潜入するフロイディアのスパイを捕まえても捕まえても、逃げられる。理由は、ただ一つ、わが国のスパイを束ねる治安担当人民委員自身が二重スパイだった。フェレーベ閣下、あなたはわが国のスパイが集めてきた情報を、わざわざ敵のスパイにリークしていたのですな」

 フェレーベは俯く。

 「それは確かに事実だ。だが、それは、あくまでも、フロイディアの二重スパイに情報を提供しただけなのだ!」

 警官は首を横に振る、「閣下、われわれを失望させないでいただきたい」

 「本当なのだ。フロイディアのノタンノスとアクスープは、お互いの政治生命を虎視眈々と狙っているのだ。われわれを巻き込んだ戦争は、実は単に、この二人の政争の道具にされただけなのだ。嘘ではない!」

 「我々は、閣下を信じておりました。しかし、このリストの最後の人名は、フェレーベ、すなわち閣下となっている。我々は、裏切られたような気分になりました。しかし、これは、閣下の贖罪なのだろうと思い直したのです。すなわち、このリストの人物全員を消せば、フロイディアの手先は取り除かれる。閣下は自ら進んで、この危険な役割を引き受けたのだと、感銘を受けました」警官は、銃口をフェレーベに向ける、「しかし、現実は、そうではなかったようですな」

 「そのとおりだ。これは、私の作ったリストではない。誰かがすりかえたのだ!」


 くっくっくっ、と警官の一人が笑う。

 「そのとおり、私がすり替えた物なのだよ、そのリストは」

 「何?」

 「私がフロイディアのスパイなのだよ」

 一同は、フロイディアのスパイに銃を抜いた。

 「私の話を聞きたくないならば、そのまま引き金を引けばよかろう。話が聞きたくないのかね?」

 「……聞こう」

 「私は、フロイディアの、ある方に命じられて、リストのすりかえを行った。しかし、それは、お前たちの不利益になるようにしたのではない。いつ、そのリストが偽物と気づくか、確かめよとの仰せだったのだ。すぐに発見すればよし、発見できねば頼むに足りぬとのお言葉でな」

 「誰なのだ、そいつは」

 フロイディアのスパイは、実は、誰から先に銃弾をぶち込むか考えていた。まず、左、右、そして中央の治安担当人民委員……。よし。

 「通称、Wと言っておられるが、な。ちなみに、そのリストを作られたのもW、危険だから自署はお止めくださいとお願いしたが聞き届けられなくてね」

 フロイディアの知識がある者ならば、Wと聞いたら、その人物が何者か、すぐに分かる。フェレーベには、Wが何かを分かるだけの知識があった。

 「ま、まさか、そんな」

 フェレーベの銃が下に降ろされる。ふと、左右の警官は、中央のフェレーベを見た。今だ!


 銃声、4発。フェレーベの左側の警官は胸に大穴を開けて、壁によりかかって倒れている。同じく、心臓を撃ち抜かれたフェレーベが放った銃弾は、スパイには当たらず、後方の天井に弾痕を刻み付けた。スパイはにやりと笑う。その砕き割られた額から血が噴き出る。スパイは、後ろに倒れた。フェレーベの右側の警官は、自分の銃弾がスパイを倒した事を確認して、力尽きた。


 10キェニー徹甲弾が、地下4階の治安担当人民委員の個室に直撃する。炸裂。崩れ落ちて来る梁が、4つの死体を圧しつぶした。しかし、リストは、血に汚れはしたが、奇跡的にほぼ完全な状態で瓦礫に埋まったのである。しかも、Wの実名の自署を記入したままで。



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