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(41)フロイデントゥク、諸国民連盟ビル、3月10日午前8時45分

 ソルポック社製黒塗り大型乗用車「ラヨル・ナデス」が入り口の車寄せに入り込んだ。待ち構えていたカメラマンたちが、一斉にフラッシュをたく。テレビカメラを担いだ者たちが押し合いへしあい、前に出て来ようとする。不快そうな顔をしたアクスープ主席が車の中から出てきた。


 インタビュアーが、ぐいっと、マイクをアクスープの顔に押し付ける。

 「フロイディアの超大企業リファノイ・レノッドカム社が、ヴァストリアントゥオの軍事勢力グラゼウンに武器を密輸していた事実が発覚しました。主席としては、どうお考えになりますか?」

 「今は何も言えない」とアクスープ、早足で歩く。

 「連邦内相に着任していた時代から、主席閣下自身が、リファノイの密輸を黙認してきたという情報がありますが」

 「後にしてくれ」グレッグ・アクスープは、ふと足を止めた、「いや、プレス・ルームに記者会見の場を設定したので、そちらで話します」

 普通は、「ノーコメント」と言ったきり、記者たちを相手にしない。だが、弁明のため、既に記者会見の場を設定しているとは。手際の良さに、記者たちは感銘を受ける。


 実は、彼は弁明のために記者会見の場を設定したのではない。VF3が大戦果を上げたので、報道陣に見せびらかそうと考えていたのである。リファノイやドガルオに代わる新しい戦闘攻撃機「VF3」採用の記者会見になるはずだったのに……。


 グレッグ・アクスープがプレス・ルームに入ると、そこには既に記者たちが行儀よく座って彼を待っていた。……その行動力と情報収集能力には目を見張るものがある。アクスープは入ってくるなり、にこやかにジョークを言う。


 「皆さん、御苦労ついでに、演説するロボットという物を作ってもらえませんかね。そうすれば私は苦行から解放されるし、皆さんも下手くそなスピーチから解放されるでしょうから」


 わっはっは……。大きな苦笑が一同から漏れる。記者の一人が応じる、「私たちは、この3日間、ろくに寝ていないのですよ。いっそ、何もなかったことにして、家に帰って寝ませんか?」

 自嘲ぎみな苦笑が、あちこちで起こる。グレッグ・アクスープは真顔に戻った。


 「さて、皆さんのお好きな質問を聞きましょうか」

 「リファノイ社がグラゼウンに対して武器を密輸していた件について、どうお考えですか」

 「非常に遺憾に思っております。実は、連邦行政委員会は、帝国紀元207年と208年に、取引を停止するよう、同社に勧告しております。その後取引があったとは考えにくいので、皆さんが見られた2Cタシャーム対戦車攻撃ヘリコプター、リファノイ17戦闘機、Kn4戦闘機やEG2戦闘攻撃機は、208年以前のものと……」


 一同はどよめく。記者たちは「攻撃ヘリコプターの密輸」という情報を察知していた。しかし、戦闘機の密輸まで行われていたとは、知らなかったからである。


 「帝国紀元206年に就任した先の主席閣下は、軍事費の削減を強行されました。当時、兵器の大増産を図っていたリファノイ社は苦境に立たされました。おそらく、在庫のだぶついたリファノイが勇み足をしたのが、今頃になって発覚したのでしょう」

 「いや、勇み足などという軽い問題ではないと思うのですが。ラルテニアの兵器管理法および武器等戦略物資管理法に抵触するのではないでしょうか」

 アクスープは肯定した。

 「そのとおりです。しかし、現在、連邦は戦時体制下にあります。したがって連邦政府としては、この件を地方自治政府に一任せざるを得ません」

 「今回の密輸事件による戦況の変化はありませんか?」

 「全く、ありません」グレッグ・アクスープは笑みをもらす。やっと、用意していた映像が使えるからである。「まあ、この映像を見てもらえば分かると思いますが」


 朝日の中をVF3が離陸していく。映像は、訓練飛行中のVF3(わざとらしく旋回していく)に切り替わる。

 「3月9日の午後、わがフロイディア連邦統合軍は、連邦近衛軍の協力により、ムルドスを空爆いたしました。ムルドス空爆に先駆けて、VF3が敵のレーダー施設を破壊したのです。レーダーステルス性能が希薄なVF2を安全に敵地上空へ誘導、敵の拠点を壊滅させました」

 画面には砂漠に建つ敵の施設が映し出される。

 「これは、VF3が発射した空対地ミサイルの先端につけられたカメラが、撮影した映像です」

 敵のレーダー施設は急速に接近する。画面にノイズが走り、画像は消失した。

 「見事、命中です」


 記者の一人が手を挙げる。アクスープは応じる、「どうぞ」

 「先程、ムルドスと仰いましたよね?」

 「ええ、これはムルドス空爆のときに撮影されました」

 「妙ですね。連邦政府は、タクジェトに依る武装勢力ジェグズイに対して宣戦布告をしたのですよね。一体なぜ、別の武装勢力、ムルドスに依るジョンゴンを爆撃したのですか?」

 アクスープは答えに窮する。

 「別に、民族の敵を討ち果たす『聖戦』とやらに文句をつけるつもりはありません。ただ、仮にも亡き連邦外相が国家と認定したジョンゴンに対して、宣戦布告もなしに一方的な攻撃を加えているのではありませんか? ……すなわち、爆撃は、国際法上は違法行為にあたるのではないのですか?」


 アクスープは、自分のシステム手帳をぱらぱらとめくる。

 「ダバニユ内の連邦租界がジョンゴンによって攻撃を受けました。そのために、何人のフロイディア人が難民としてグラーシュに避難したか、ご存じですか?」

 「そんな事は理由にならない……」

 アクスープは無視してシステム手帳の上のデータを読み上げる。

 「二万三千人です。シェルルードは北部ヴァストリアントゥオ有数の美しい町でしたが、ジョンゴン軍の攻撃により、灰燼に帰してしまいました」

 「問題のすりかえ……」

 記者の反論は、声を大きくした主席により、無視された。

 「したがって、この程度の軍事行動は、単なる反撃にすぎません」

 「この程度!」

 別の記者が、信じられないと言いたいように顔を横に降る、「東部方面軍が全軍、西へと向かっていますが。しかも、軍事的空白地帯にジペニアの侵略を許してまで、ヴァストリアントゥオへ集結しているようですな。これは、『この程度』なんて言っておれる規模ではありませんぞ。東部方面軍50万、いや70万以上の自国兵力を過小評価なさるのですか。この状態は、たとえるならば、こんな事になりますぞ。アクスープ閣下のお宅に強盗が入った、と。その強盗を閣下が護身用拳銃で強盗の両手両足を撃った。さらに瀕死の強盗を近所総出で殴る蹴るの暴行を加えているのに等しい所業になりますぞ」

 「しかし、それは自分の命と財産を守るのに必要な行動ではないでしょうか。それともあなたは、やり過ぎだと言いたいのですかね?」

 「明らかな過剰防衛です。主席閣下は、そう思われませんか」

 アクスープは平然と顔を横に降る、「いいや」

 「しかし、ですね。現在も連邦はジョンゴンと交戦状態にあるのでしょう? 国際法の観点からいって、宣戦布告をする必要があるのではないですか」


 グレッグ・アクスープは、にやりと笑う。

 「しかし、宣戦布告とは、妙な話ですね」

 「妙とは、なぜですか? 国家が別の国家と戦争状態になるための国際的なルールではないですか」

 「それが、外国ならば、ね」アクスープは、むふふと笑う、「しかし、国内の犯罪組織に宣戦布告する国家が、どこにあるというのですか?」


 アクスープは一同に、その言葉の意味を咀嚼する時間を与えた。……国内問題だと? 一同はざわめく。ざわめきの中に、アクスープはさらに問題発言を投げつける。


 「亡きヴィオング元外相がジョンゴンを国家と認定した行為は、犯罪であります。認定行為が犯罪である以上、国家認定行為は無効であります」

 一同はさらにどよめく。しかし、先程「過剰防衛だ」と発言した記者は、冷静に尋ねる。

 「どのような罪状ですか」

 「贈収賄。年間一千フロイン相当の金品がジョンゴンからパンジオ・ヴィオング氏に贈られていました。その証拠は、内務省調査室に保管されています」

 どよめきの中から興奮ぎみの質問が主席に浴びせられる。

 「主席と元主席は、この事をご存じだったのですか」

 「私と彼は、その件で激しく議論しました。私は公にすべきだと言ったのですが。なぜか彼は公にすべきではないと申しまして。まあ、私が今まで公表できなかったのは、多忙を極めていたからでもありますが」

 アクスープは、さりげなく、ノタンノスが贈収賄にかかわっていたという印象を記者たちに植え付けた。だが、「過剰防衛」の発言をした記者は、惑わされまいと、じっとアクスープを見つめている。


 アクスープは、その記者に尋ねた。

 「あなたの名前は、何というのですか?」

 「テオティワケン新聞のメリヴ・ノッティルクと申します」

 「メリヴ・ノッティルクさん、ね」主席はシステム手帳に名前を書きつける。彼の表情は心の中と正反対の行動を取る。すなわち、にこやかに微笑したのである、「覚えておきましょう」


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