(36)ヴァストリアントゥオ中北部、ムルドス、3月9日午後12時49分
ジョンゴン陸軍レーダー士官ジェサーレムは上の空でレーダー画面を見ていた。先刻、一瞬、ちらっとレーダーに光点が見えたような気がする。だが、もう先程の光点は現れていなかった。……故障か? ジペニアの安物はだめだなあ。
彼はメモ用紙に「故障」と書き付け、画面にはりつける。もう時間がない。礼拝堂に急がなければ。
ジェサーレムが立ち去ったあと、画面に光点が数多く現れる。今度のは東方から急襲する超音速戦略爆撃機VF2である。
「おい、これ何かたくさん接近警報を出しているが、大丈夫なのか?」と他の士官。
コーヒーカップを片手に持った士官が、めくり上げられたメモを下に戻す。
「故障と書いてあるぞ。だから、故障したのだろう」
「担当士官はどこだ?」
「礼拝堂だとよ」
士官は時計を見る。間もなく昼の礼拝の始まる12時50分。
「へっ。熱心な奴だな」
次の瞬間、レーダー施設の壁が突き崩される。VF3が発射した空対地ミサイルが命中したのである。階段を降りていたジェサーレムは、その体を爆風で吹き飛ばされる。
歩哨ビジャダーブは、突如として起こった爆発に、レーダー基地の方をみた。彼のヘルメットに物が当たる。彼はその「物」を見た。ジェサーレムの生首……。
「ひっ」
思わず飛びのいたビジャダーブは、しかし、次の瞬間、双眼鏡を構える。各軍事施設が黒煙を上げている。破壊工作か、それとも空襲か?
ビジャダーブは対空陣地へと走った。ムルドスの寺院の尖塔は、礼拝の時刻を告げる。
「ジョングは唯一の神である、ジョングは唯一の神である……」
数回繰り返した後、尖塔の呼びかけは変化する。「修道にはげめ。活力に溢れた明朗な社会を築くべし」
だが、その言葉は発せられなかった。空襲警報が鳴り始めたからである。
ビジャダーブは対空陣地に駆け込んだ。
「く、空襲だ!」
「そんなばかな。レーダーには何も映っていなかったのだろう?」
ビジャダーブは息を切らせながら、破壊されたレーダー基地を示した。
バンギャムは自らの巨体を陣地から乗り出し、双眼鏡をレーダー基地に向けた。確かに、レーダー基地は破壊されている。
「お、お前ら歩哨は何をしていた?」
バンギャムは、スパイによる破壊工作だと思っていたのである。
「違う。これは、空襲だ!」
「そんなばかな。レーダーに映らない飛行機なんてあるはずが……」
彼は、VF3についての噂を思い出した。
「ま、まさか……」
彼は再び双眼鏡をのぞく。光点を一つ、視界に捕らえた。その光点は、VF3が発射した空対地ミサイルだったのである。それが彼の最期の視界となった。空対地ミサイルが対空陣地に命中し、ビジャダーブやバンギャムたちを木っ端微塵にしたからである。
礼拝堂にいたアルマラッシュ軍事人民委員は不機嫌そうに立ち上がった。
「対空陣地の馬鹿者どもは何をやっておるのだ?」
彼は外に出る。爆音と空襲警報、それにビル屋上に設置された対空機関砲の連射音と、外は喧噪に包まれている。……機関砲?
「対空ミサイルはどうした?」
「ええっ?」
騒音が大きくて、軍事副委員の耳には聞き取れない。
「対空ミサイルはどうしたと聞いたのだ!」
「ええっ?」
すぐに彼らは答えを発見した。VF3が1機、悠々と彼らの上空を通過したのである。
「VF3……」
「ま、まさか実在したとは……」
VF3は立ちすくむジョンゴン人を尻目に、北西の空へと帰って行く。機関砲の連射は止んだ。
「なぜ、空襲警報が鳴りやまない?」
爆発音が近づいてくる。すぐに、彼らは答えを空に発見した。VF3にかわって、超音速戦略爆撃機VF2がやってきたのである。VF2は4機横隊で編隊を組み、ありったけの爆弾を落としたら後ろの編隊が前に出て引き続き爆弾を落として行く。絨毯を敷いて行くように爆撃するので、「絨毯爆撃」と呼ばれている。
アルマラッシュ軍事人民委員は地べたを這い回りながら、シェルターに避難する。断続的な、耳をつんざくような爆発音。大地が激しく上下に揺れ動く。
「いっ、一体何機の爆撃機が来やがったのだー!」
東部方面軍のVF2、360機。
静寂。天国も地獄も、これほど静かではなかろうというほどの静寂。気絶していたバジャール財務人民委員は不気味な静寂に気づき、瓦礫の中から這い出た。360度の地平線が彼の視界に入る。ムルドスの町は消滅していた。いくつかのシェルターはかろうじて生き残ったが、シェルターといえども安全ではなかった。シェルターごと掘り返され、爆死したアルマラッシュの死体が瓦礫に切り刻まれている。そのそばにはバチクランがうずくまっていた。
「人民委員長閣下」
バジャールはバチクランを助け起こした。
「歩けますか、人民委員長閣下」
「人民?」
バチクランはバジャールの肩にすがりながら問う、「どこにそんな者がいる? この町には一万二千以上の人民がいたはずだ。……どこだ、どこにいる?」
バジャールの顔は沈痛な表情を浮かべる。
「おそらくは、皆、全能のジョングの元へ召された、と」
「もはや降伏するしかない。しかし、降伏しようにも、国がない」
「まだ、一つの町が壊滅しただけです。クショヴィールへ行けば。あそこには治安担当人民委員がいます。本拠地をクショヴィールに移し、ダバニユを占領して、国際世論に訴えれば、いかに劣勢とはいえども、何とかなるでしょう。市民には甚大な被害が出ましたが、わが軍にはまだまだ資金も戦力もあるはずです!」
バチクランは懐疑的な表情になる、「その戦力がどこまで通用するかは疑問だがな」