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(35)トゥパクセン川、沿岸シジャービー近郊ゾンタラン空港、3月9日午前11時10分

 急造バラックの待合室に、「おおっ」とどよめき声が上がる。超大型輸送機の機体が、滑走路を圧しつぶすように着陸したのである。機体には、何やら書いてあるが、ここにその文字を読める者はいない。

 一人の長身の男が、眼鏡をかけ直して機体をよく見る。「万歳」の文字と、聖地「富岳(フガク)」の山。ナージェムは頷き、超大型輸送機「フガク」の方へと歩み寄った。


 ドアが開く。なかから小太りの眼鏡をかけた男が出てくる。男はタラップの上できょろきょろとあたりを見回し、ナージェムを見つけた。彼は、オールバックにした髪の毛を逆立てて、タラップをかけおりる。

 ナージェムはグラゼウン風のあいさつをした。

 「ナージェムです」彼は両手に唾を吐くまねをし、さらにそれを自分の両眉に塗り付けるまねをした。実に礼儀に適った方法である。「わが身嗜みに問題なし」という意味の動作だったからである。しかし、ジペニア人は、そうは取らなかった。ジペニアでは、これは「お前の言動は疑わしい」という意味になるジェスチャーだったからである。

 男は不快そうに自己紹介をした。「カネ・マジ少佐である」

 「それにしても大きい飛行機ですね」

 「本土から無着陸・無給油でここまで来られるほどだからな」とカネ・マジ、自国語で。

 ジペニア語が多少分かるナージェムは「同意」を意味するジェスチャーをした。すなわち、両肩を交互に上下に揺すったのである。同時に、首が左右に揺れる。これは、ジペニアでは「否定」「懐疑」などのニュアンスを持つ。カネ・マジは、さらに不快に思った。

 「で、荷物はどこへ置くのだ?」とカネ・マジ、自国語で。

 「それは、当方が作業致します」とナージェム、セレシア語で。見ると、グラゼウン兵たちが、輸送機の中の荷物を外に運び出している。荷物の中には、戦車や対空ミサイルまでそろっている。


 「頭に舟や筏をのせた奴が迎えにくるはずだったが」とカネ・マジ、何も載せていないナージェムの頭を見る。

 「いえ、皆さん、お忙しい方ばかりですから」

 カネ・マジは輸送機から吐き出される大量の軍需物資を見た。「ふん、その程度だったのか」

 「いえいえ、とんでもない。これさえあれば、わがグラゼウン軍は大反撃に移れます」

 「甘いな」

 「甘い?」

 ナージェムは、なぜここで味覚の単語が出たのか分からない。

 「お前らの計画は不充分だと言ったのだ」彼は東の空を指さした。「いいか、あと3機のフガクがやってくる。だが、それで終わり。未来永劫、わが国は、お前らに援助はしない」

 「そ、そんな……」

 「良いことを教えてやろう。我が国は非武装中立地帯のシナン地方に進出、これを再度領有した。さらに、ノビエン方面にも進出しつつある。だが、未だにフロイディアの反撃を受けていない。フロイディア軍は、今のところ、撤退に撤退を重ねているのだ」

 「大勝利、おめでとうございます」

 カネ・マジは手を顔の前で左右に振り、否定のジェスチャーをする。ナージェムは鼻をくんくんいわせた。カネ・マジの動作を「臭い」と誤解したからである。

 「私がここに来るまでに、数十機のフロイディアの大型輸送機や爆撃機を見ている。そいつらは、皆、西へと向かっている。言っている意味が分かるか?」

 グラゼウン人は両手をこめかみにもっていき、ジペニア人に手の平を向けた。「分からない、教えを請う」の意味である。だが、ジペニア人は侮辱と受け取った。

 「……東方領土を放棄してでも、お前らに全軍を集中させて、お前らを皆殺しにするという意味だよ、このバカ」

 「そ、それでも、ジペニアはわれわれを助けてくれるのでしょうね?」

 「何を聞いていたのだ、おまえは? わが国は、お前らへの援助をやがて打ち切ると言ったのだ」

 「そんな!」

 「わが国はシナンとノビエンを制覇する。フロイディアはヴァストリアントゥオを完全制覇する。わが国とフロイディアとの境界線ができて、めでたく冷戦は終結する。以上だ」

 カネ・マジはフガクに戻ろうとした。

 「でも、それはフロイディアが勝った場合の話ですよね」

 カネ・マジは振り返る。

 「もしも、われわれが勝ったならば? あなたがたは、ヴァストリアントゥオの石油を永遠に失ってしまいますよ」

 「そいつは、絶対にない。10万、いや、100万円賭けても良い」

 ナージェムは持参していた書類の末尾に100万円と記入した。

 「この書類にサインをください」

 カネ・マジは二枚綴りになった書類を見た。グラゼウン軍がフロイディアを打ち破りその全土を支配下に置いたときは、100万円をナージェムに支払うことを誓約する。グラゼウン全土がフロイディアの支配下に置かれたとき、わが民族の運命をジペニアに委ねるものとする……。

 「えらく大きく出たな」

 「フロイディアが勝てば、我が国は存在できませんから。まあ、民族の運命ぐらいしか残らないでしょう」

 「違いない」カネ・マジはポケットから懐剣を取り出し、自分の親指を傷つける。そして、血まみれの指紋をぺたっぺたっと押し付けた。

 「どんなサインも、この確かさには負けるだろう」

 ナージェムはおぞましい化け物を見るような目付きでカネ・マジを見た、「確かに」


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