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(33)フロイデントゥク、諸国民連盟ビル、行政委員会主席執務室、3月8日午後7時50分

 アクスープ主席は、顔をしかめながら、ディスプレイを見つめていた。

 彼のデスクトップコンピューターは、通信回線経由で、クロイゼドラウグ宮殿のスーパーコンピューターと接続されている。彼が見ているのは人物リスト。その人数はあまりにも膨大なため、何回も「中断キー」を叩いて画面スクロールを止めなければならないほどである。

 女帝アンナ・カーニエは彼に予め伝言してあった。「私に何かあれば、容疑者リストを見るように」と。そう、女帝アンナ・カーニエは暗殺の動きを察知しており、予め宮殿のメイン・コンピューターに、戸籍から容疑者リストを作成してあったのである……。しかし、凄い量である。質、量ともに、「凄い」代物だった。レゲム・ノタンノス元主席、グレッグ・アクスープ主席自身、先帝トロウス・ゴルティに先々帝トナレイ・イリウスに、なぜか女帝アンナ・カーニエ本人まで名前を連ねている。彼女は、疑心暗鬼にかられているのかもしれない。思い付くすべての人を容疑者リストに入れているように見えたからである。

 とりあえず、投獄されている者、既に死亡している者をリストから除外しようと彼は考える。容疑者リストと戸籍ファイルをマッチングさせ、より適正な容疑者リストを作成するシェルプログラムを彼は作成した。出力先は女帝の雑記ファイルを貸してもらうことにする。実行……。

 センターOSが、女帝の雑記ファイルに出力結果を書き込もうとして、機密保護されている旨を通知してきた。アクスープは女帝に教わったパスワード、非常に長いが非常に印象的な一文を打ち込む。

 「シルフステ・イミントリウス・オケムソイ・ロン・ノムル・カイ・ヴォナイ・ファオンスト(真理大典奥義書第3巻の出だしは『神は存在しない』である)」

 ボルストン教聖典「真理大典」は「神の意志は万物とともにあり」と説く。『真理大典奥義書』は古代トゥアネンウィンにおいて神官を教育するための教典、あるいは秘本中の秘本とされている。……アクスープは首を横に振る。一体、どこの宗教に、「神は存在する!」と説く傍らで「実はそんなもの存在しないのだぞ」と漏らす者がいるというのか。それとも、古代人は神が存在しない事を知って、なおかつ存在しない神に救いを求めたのだろうか……。

 いずれにせよ、パスワードは合法的と認められ、出力結果はファイルに書き込まれる。彼は新しい容疑者リストを見た。だが、相変わらず人数が多く、それほど絞り込めたとは言えない。かれは、ぱらぱらと画面をめくっていき、ふと、その手を止めた。

 「ガモイ・ラトス陸軍大将(中将から昇格)。容疑濃厚。本籍地、ミゼレン」

 ガモイ・ラトス、ミゼレン。ミゼレン、M……。

 「こいつか」

 彼はメモを取ろうとして、今まで電灯を点けていなかった事に気づく。……まあ、いい。プリンターに出そう。彼は、「ハードコピー」キーを押した。無気質な騒音が闇に響く。もう、この端末での仕事は終わった。彼は、端末セッション終了コマンドを発行しようとした。

 ……待てよ。女帝は何を考えているか分からないが、この辺りを探れば、女帝の考えの一端が分かるのではないか?

 彼は、現在表示させているファイルの周辺のディレクトリーツリーを表示させる。

 「機密保護されたファイルがあるため、全体像を表示する事ができません」とのメッセージが出て、ぼやけた図が表示された。

 ……ほら、あった。問題解決技法ツールのためのプロジェクトファイルが、あちこちにある。ファイル名をぼかしてはあるが、その拡張子からファイル属性は明らかだ。彼はファイル名をぼかしたプロジェクトファイルの一つにマウス・カーソルを当て、プルダウン・メニューから「パスワード入力」を選択する。これで、パスワード入力画面が出て、正しいパスワードを入力すれば、ファイルの中身が見られるはず……。あれ?

 出てきたのは「パスワード入力画面」ではなかった。バグか? いや。

 「以下の質問に答えよ。真理大典奥義書第1巻『創世』は、便宜上、ビッグバンから始まっている。そこから始める理由は、真理大典奥義書の第何巻に記されているか。また、そのキーワードは何か。すべて同書に記されている古代タラメール語で答えよ」

 アクスープは、あぜんと画面を見つめる。……ビッグバン? アクスープに答えられるはずがなかった。彼はプルダウン・メニューから「再表示」を選択する。パスワードの入力ミスを防ぐための機能を使って、別の画面を表示させようとしたのだ。

 「以下の質問に答えよ。真理大典奥義書第2巻『物体』の第1章『クオーク』と第2章『原子』の間には元素表が挿入されてある。その元素表は、ある元素が別の元素とわざと入れ替えられてある。入れ替えてある元素とその理由を古代タラメール語で記せ」

 やはり、彼には答えられない。彼は、「前画面に復帰」をプルダウン・メニューから選んだ。これ以上パスワード画面を再表示させると、機密保持のためにパスワードが破壊されるおそれがある。そうなれば、強盗なみの重罪「公的情報侵害罪」になってしまう。

 画面がブラックアウトする。マウス・カーソルが、突如として、人差し指を立てた指の形に変化した。指は、ちっちっちっちっと、左右に揺れて、コンピューターの操作者を戒めるかのような動作をする。

 次の瞬間、アクスープは恐怖と畏怖の感情に駆られ、飛び上がっていた。闇に椅子が倒れる音が響く。何の前触れもなく、先帝トロウス・ゴルティの肖像画が現れたのである。メッセージが肖像画の下に表示された。

 「このファイルに侵入しようとしたのは、君で5人めだ、グレッグ・アクスープ君。2度と、このような悪戯をしないように注意したまえ!」

 ネットワークから、ネットワークごと、電源が切断される。電源が切られて闇に残像を放つ画面を、立ちすくみながら彼は凝視していた。……まさか、先帝陛下は、生きておられるのではあるまいな?

 ノックの音。アクスープ主席が「どうぞ」と力なく応じる前に、警備員が電灯を点けて中に入ってくる。

 「おやまあ、電気もつけずにどうされたのです?」

 「いや、少しコンピューターを触っていたのだ。もう、帰る」彼は机の上の鞄をもち、ハンガーにかけてあったコートと帽子と傘を左手にもつ。

 「閉めますよ」

 警備員と主席は外に出る。執務室には鍵がかけられた。

 「しかし、こんなに遅くまでお仕事、大変ですなあ」

 「コンピューターを使う仕事は、もう終わった。これから家に帰って、コンピューターを使わない仕事をせねばならない」

 「……大変ですなあ」

 警備員はエレベーターの呼び出しボタンを押す。しばらくして、チャイムの音がなり、エレベーターの扉が開く。アクスープは手を出して、お先にどうぞという動作をする。警備員がドアの光学式センサーの前に立ち(ドアがしまらないようにしたのだ)、さあどうぞという動作をする。アクスープは一礼をしてエレベーターに乗り込む。警備員も一緒に乗り込み、「閉」のボタンを押した。

 「やはり、戦争があると、お仕事、忙しいですか」

 アクスープ連邦行政委員会主席は答えない。

 「今度の戦争、これからどうなるのでしょうねえ」

 アクスープは「ファオニム・デネモス・クガイ・ムス・インモス」と応じた。

 この文章は、「神のみぞ知る」「なるようになる」などの意味の慣用句として使われる。だが、直訳すると、「神の意志は万物とともにあり」となるのである。

 「確かにそうですなあ」と警備員は相槌をうつ。だが、グレッグ・アクスープは慣用句以上に、直訳の文章に、深い感慨を抱いていたのであった。


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