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(23)フロイデントゥク、ドンパロイ街道、3月7日午前01時15分

 アクスープは苦笑を漏らす。

 「しかし、あの演説は見事でしたね」

 連邦内閣主席の隣に座るアンナ・カーニエは無視して、リムジンの前方を見る。車が少し揺れる。運転手は恐懼し、叱責の言葉を待つが、アンナ・カーニエは何も言わない。

 「『グラゼウンは、わが民族の敵である。故に、ヴァストリアントゥオにおいて民族浄化を図らねばならない』……私には、とてもではないが思い付かない言葉ですよ。いかに、兵士たちを鼓舞するためとはいえ、わがフロイディアの基礎となった古代トゥアネンウィン建国伝説と、トゥアネンウィンを滅ぼしたアンモンスをヴァストリアントゥオ3部族と結び付けるなんて……」

 「方便だとお思い?」

 「そりゃあ、そうでしょう。そんな荒唐無稽なお伽話を未だに信じる人は、どうかしていると思いますね。まあ、兵士や民衆は受け入れたみたいだから、良かったような話ですがね」

 アンナ・カーニエは無言で、クリアーファイル入りの書類を渡した。

 「これは?」

 「ちょっとした歴史です」

 それは、王立学院歴史研究所の報告書(抜粋)だった。わがフロイディアン・ボルストン教会の聖人ユビウス一世が建国したトゥアネンウィンを滅ぼしたアンモンスの子孫は、現存する。セレシアとの混血がジョンゴンであり、ジペネスとの混血がジェグズイである。そして、グラゼウンは、文化的、遺伝学的、比較言語学的に類推するに、アンモンスの直系子孫である……。

 「そう、建国伝説は、歴史的事実だったのです」

 「そんなばかな。飛行機のない時代に、どうやって、地球を一日で4分の1周できるというのです?」

 「そこは、未だに謎のままですわ。しかし、これだけは、はっきりしています。われわれは、遥か東方のネアーレンスから来た事。ネアーレンスの聖都トゥルミスの発掘、復興は、タミトル・トニャス(至高の聖人)・聖ユビウスの末裔たるザーリップ家の努めである事」

 アクスープ主席は歴史研究所からの報告書を凝視している。アンナ・カーニエは構わずに続ける。

 「フロイデントゥクからトゥルミスへの道程は、セレシア上空を通れば最短距離でたどり着きます。しかし、今、その航路を不用意には使えません。大帝ガイウス・トネコンノ陛下が、大した考えもなしに、対セレシア戦争で核兵器を乱用されました。おかげでセレシアは滅亡、その領土のかなりの部分が放射能で汚染されています。聖都再建の資材を放射能で汚してはなりません。では、どうすれば良いか」

 アクスープはアンナ・カーニエを見る。女帝は連邦内閣主席を見返す、「そう、ヴァストリアントゥオを通過するコースを取るのです。ヴァストリアントゥオを通過、大イエケム山脈を越え、ネアーレンスに資材を送るのです」アンナ・カーニエは、はっと車の左側、窓の外を見る。が、何もなかったかのように、彼女は話を続ける。

 「しかるに、ヴァストリアントゥオは、今、いかなる状況か。……ふふ、放射能より、タチが悪いですわね。われわれの祖先を滅ぼした『民族の敵』は未だに健在なのですから。そう、彼らは、われわれの祖先を滅ぼした砂賊なのです。放射能ならば、50年、100年、場合によっては1000年以上待たなければなりません。しかし、砂賊ならば、地球上から抹殺してしまえば、それで終わりですわ」

 アクスープは背筋の凍る思いがする。しかし、アンナ・カーニエの次の言葉の方が、もっと寒い思いをさせる。

 「あなたも砂賊の仲間入りをしたいのですか」

 「と、とんでもない」

 「しかし、道が違いますわよ」とアンナ・カーニエは前方を指さす。

 アクスープは安堵の息を漏らす。「いえ、道は合っています」

 アンナ・カーニエは不審そうな顔を内閣主席に向ける。

 「女帝陛下には、ドンパロイに立ち寄ってからヴァストリアントゥオへ出発していただきます」

 「ドンパロイ? アラクリア空港ではなく?」

 「ええ。途中で、ドンパロイ女学院に寄っていただきます」

 「おお」アンナ・カーニエは、遺失物を発見したかのような驚愕の声を漏らす。

 「……それとも、女帝陛下には、アーリア・ライラ殿下にお会いしたくないと思し召しでしょうか」

 アンナ・カーニエは俯く。「アーリア・ライラに会って行きます。……てっきり、あなたが裏切ったのだと……。ごめんなさい、誤解していましたわね」

 アクスープは右手を上げる、「聖ユビウス、聖ラモキエラおよび先帝陛下の名において、私は女帝陛下を決して裏切るようなまねをいたしません」彼は手を下ろそうとして、再び手を挙げる、「たとえ、女帝陛下が私を裏切るような事があっても」と付け加えた。


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