(21)フロイデントゥク、王立学院仮眠室、3月7日午前8時24分
設計技師サランノ・アルトノーミ主任は目覚めた。……昨日は、こっちに泊まったのだっけ。彼は時計を見る。
「ああっ!」
もうすぐ、8時半になる。
「タミトル・トニャス、タミトル・トニャス、タミトル・トニャス(やばい、やばい、やばい)」
彼は叫びながら、上着、ワイシャツ、ネクタイ、ズボン、パンツをベッドに脱ぎ捨てていく。そして、バスルームに駆け込んだ。シャワーのカランをひねろうとして、靴下を脱いでいない事に気づき、ドアから床へと靴下を脱ぎ捨てた。彼は、腕時計をしたまま、シャワーを浴びる。60秒で彼は汗をざっと流す。同じく60秒で、バスタオルで水滴を拭う。彼のデジタル時計は「0826」となっている。
「タンゴ・ツォチィ・ノポレ―テ・グオ(電話代いくらになっているかなあ)」と彼は母国語のラッティア語で呟く。
彼の自宅コンピューターは、自動起動タイマーがある。しかし、切断タイマーの設定がない。すなわち、彼が手動で電源を切らないかぎり、コンピューターは通信回線に接続したままである(おまけに、電話料金が、従量契約である)。
彼は自宅の(コンピューターが接続しているはずの)電話をかけた。……もし、万が一、電源切断状態になっていれば、通信回線が呼びだし可能。すなわち、電話の呼び出し音が鳴るはずである。もし、電源がついたままなら、「話中」の音が帰ってくるはずである。
「おかけになった電話番号は、現在使われておりません」
そんなばかな。ダイアル表示を見る。外線、フロイデントゥク市内、カラビユ通り、自宅番号……。
時計は「0827」。彼は大慌てでアタッシュケースを開き、中のラップトップコンピューターの電源を入れる。内蔵ハードディスクのオペレーティングシステムが起動する。時計は「0828」。ラップトップコンピューターのバッチファイルから通信ソフトが起動し、電話機を操作する。……王立学院研究所人事管理部のホストコンピューターにアクセスしようとしているのだ。
時計は「0829」。彼は、ラップトップコンピューターに接続したクレジットカードの走査装置に、王立学院身分証明書(ICカード)をスキャンさせた。
「王立学院航空技研主席設計技師サランノ・アルトノーミ主任、出勤確認。時刻、0830」と画面に表示される。
……ふう、とりあえず、遅刻にはならなかった。そう、彼は、本来、玄関にてICカードをスキャンさせるべきだったのである。王立学院はタイムレコーダーを廃止し、さらにグレードアップさせて人事のホストコンピューターで一元管理する「ICカードによる勤怠管理システム」を導入している。身分証明書を玄関でスキャンさせた時間で出勤時間とみなすようになっているのである。アルトノーミはそこに目をつけ、人事管理部のホストコンピューターに侵入するプログラムを組んだのであった。つまり、どこにいても、コンピューターと電話さえあれば、出勤した事にできるのである。
ノックの音。ネクタイを結びながら、サランノ・アルトノーミは答える、「どうぞ」
警官が3人、入ってくる。「警察です」バッジを目の前で広げて見せた。「サランノ・アルトノーミさんですね」
「そうですが、何か」
警官は逮捕令状を広げた、「あなたを逮捕します」手錠がサランノ・アルトノーミにかけられる。「罪状は、猥褻物陳列罪……」
別の警官が「被疑者に伝えるべき内容」カードの事務的な朗読を始める、「あなたには、弁護士を頼む権利がある……」
「いえ、結構です」とアルトノーミ、「罪状は否定しませんから」
「しかし。これを被疑者に伝えるのはわれわれの義務ですので、続けさせてもらいます」
彼らは歩きながら、「被逮捕者の権利」について書かれた文書を規定どおりに朗読し、アルトノーミを連行した。