(20)ヴァストリアントゥオ西部、河港ギドニム西北西12キロ、3月7日午前8時12分
コンパーヌ艦隊司令オンクルーヴ少将は、艦橋でサンドイッチをほおばっていた。彼には、本来、士官食堂で朝食を取る習慣があった。が、3月6日以来、彼は旗艦ラゼティーユの艦橋で1日の食事を取っている。
3月6日午後3時、ヴァストリアントゥオ西海岸に停泊していた指揮下の艦隊に、出港命令を出した。目標地点はゾガンジャル島南端の河港クシャントル。大河イェダの支流トゥパクセン川は、このクシャントルまで、テルゴン・イエケム級空母4隻が一列横隊になって進撃できるほどの川幅と深さがあると聞いている。だが、実際にやってみて、超大型戦艦ラゼティーユの艦橋から見下ろすと、ひどく手狭に見える。
彼は、クシャントルに艦隊を進めて、ゾガンジャル島に進出するジェグズイ軍を空母艦載機で牽制するつもりであった。戦略的にはすばらしい手段である。しかし、戦術的には好ましくない。第一に、川を逆上るとのは望ましくない。洋上とは異なり、空母の進路を自由に決められないからである。第二に(これが一番大きいが)彼はコンパーヌ・テンペス方面軍司令本部から「テンペスから動くな」という命令を受けていたのである。すなわち、オンクルーヴ少将は命令に違反して、独断で艦隊を動かしたのである。彼が命令違反をしてまで出港命令を出した事は、既に艦隊中の噂になっていた。
ノックの音。
「失礼します」
司令室の参謀副官ナトラミナ・カラック中尉、女性、二四歳であった。先帝時代に士官学校が共学となって以来、軍隊における女性兵員数の比率は上昇する傾向にある。
「偵察機が敵の姿を発見しました。中央司令室においでください」
「早いな」オンクルーヴ少将は中尉と共にエレベーターに乗る。
「それが、その敵というのが、グラゼウン・ゲリラなのです」
「グラゼウンが?」
「ええ、彼らは、自分たちが宣言した領土を大幅に越えて、西へと向かっています」
カラック中尉は、自分よりも小柄なオンクルーヴ少将を見る、「艦隊司令閣下には、もしかして、この事を予測されていたのですか?」
「偶然だ」
だが、カラック中尉には納得できない。……超能力の持ち主ではなかろうか。
エレベーターのドアが開いたとき、オンクルーヴ少将の目に入ったのは、士官たちの尊敬の念に溢れる眼差しである。……皆、彼が超能力か何かを使ったと誤解している。オンクルーヴは、溜め息とも口笛とも判断のつかない息をついた。彼は地図が映し出されているスクリーンを見る。たくさんの文字が書き込まれていて、ちょっと見ただけでは、何が書いてあるか判断できない。
「報告してくれ」
「本日0804四時、グラゼウン・ゲリラの大群がジュルテント前線基地へと向かうのを発見しました。内訳は、以下の通りであります。多連装ロケット『ジソ・フンシンダン』130台。歩兵戦闘車両『ゲンブ』100台。軍用トラック100台。YK1000重戦車60台。L18フォルシス対空ミサイル40台。自走砲120台。輜重車両60台。展開総兵力、推定、5200」
「ちょっとした軍隊だな」とオンクルーヴ、「グラゼウン・ゲリラに間違いないのかね」
参謀は指を鳴らして合図する。地図の代わりに、偵察機が捕らえた映像が現れる。旗が大写しになり、ストップモーションになる。黄色の地に白と黒の半円が組合わさった図案。
「間違いなく、グラゼウンです」
「敵の攻撃は?」
「現在まで受けておりません。というか、グラゼウン軍の方では、フロイディア軍偵察機を友軍機と誤認したようで」
グラゼウン軍がわが軍戦闘機を友軍機と誤認したということは、グラゼウン・ゲリラが戦闘機を所有している事を意味する。しかも、グラゼウン軍がテンペスの油田地帯へ向かわずに、ギドニムの港へ向かっているということは……。悲観的に考えれば、グラゼウン軍は既に空母を保有し、艦載機で偵察を行っている事になる。楽観的に考えれば、グラゼウンは未だに艦隊を持たず、地上の空港から偵察機が飛んでいる事になる。オンクルーヴはさらに考える。これが軍令本部からの命令ならば、来るべきゾガンジャル島近辺での戦闘のために、弾薬を蓄えておくべきだろう。だが、命令違反して出動している以上、何らかの実績を作っておく必要がある。
「ジュルテント前線基地およびギドニム港への連絡は?」
「連絡済みであります。両基地とも、臨戦態勢で待機しているとの報告です」
「敵の位置及び速度は」
「既に、当艦の戦略コンピューターに入力済みです」
オンクルーヴはスクリーンに歩み寄る。
「戦略地図を」
オペレーターが戦略地図を表示する。
「8時30分に、空母アルクランダルから攻撃機ヅーリャビフの1個中隊は10分以内に発艦せよ。8時40分、ヘグリオンおよびネアーレンスの巡洋艦2隻は、巡航ミサイル・ドゥスレカネミストを発射。ともに、ジュルテントへ進行中のグラゼウン軍を攻撃する……。何か質問は?」
「現在、偵察任務にあるリファノイ21は、一応、爆装しておりますが?」
「リファノイ21で攻撃するのかね? 確かに、リファノイ21は生還率の高い、良い戦闘機ではある。だが、爆装すると、何度も補給しなければならなくなる。一度で数回攻撃できるヅーリャビフの方が、今回は良い」
ヅーリャビフもドゥスレカネミストも、先帝トロウス・ゴルティが設計したと伝えられている。……「強き雷神」に「雷雲(ヅ―リヤビフ)」に「森を脅かす雷鳴」か。まるで、われわれは亡き先帝に操られているように見えるな……。
首を横に振り、オンクルーヴは立ち上がった。
「艦隊司令、どちらへ?」
「うむ、艦橋に食べ残しのサンドイッチを置いてきたのでな」
彼はエレベーターに乗り、艦橋に戻った。