(18)フロイデントゥク、カラビユ通り、3月6日午後10時40分
ほとんど乗客の乗っていないバスから、男が降りる。ステルス戦闘攻撃機VF3の設計責任者、アルトノーミ主任だった。彼のアパートは深夜バスの停留所から4ブロックほどの奥。彼は家路を急ぐ。
「うこくな」
ひどいジペニア訛りのシルニェ語が聞こえたと思うやいなや、彼の体は後ろから羽交い占めにされていた。喉には鋭利な刃物が突き付けられる。
「うこく、よくない。うこくと、しぬ」
アルトノーミは反論する、「自慢ではないが、私は貧乏だぞ。何しろ、銀行預金の残高は3フロインしかないからな。金なんか持っていないぞ」
ジペニア人は、にやりと笑った。
「あなた、ぴんぽ。ても、あなた、つの、もてるある」
「貧乏ではあっても頭脳をもっている」と言いたいのだと気づくのに、少し時間が掛かる。ジペニア人はハンカチを取り出した。
「しんぱい、ない。ちょと、ねんねしてもらう、よろし」
アルトノーミは麻酔薬をふんだんにかがされて、気絶した。近くに止めてあったジザン社の4ドアセダン「ホマレ」からジペニア人が3人出て来て、アルトノーミを車に乗せる。
ジペニア人たちは無言で、車を発車させる。カラビユ通りを出て、バス道を1ブロックも進まないうちに、彼らは検問にひっかかった。……こんな検問所、さっきはあったっけ。
「はい、止まってください、検問です」
運転手は車から顔を出す、「ちょと困るあるね。わらし、いそくね」
「しかし、規則ですので。全員、車から出て、パスポートもしくは身分証明書を提示してください」
「ひとり、しことにつかれて、ねてるひと、いるあるね」とジペニア人はアルトノーミを指さした。
「あ、寝ている人は、構いません。起きている人は、いったん、全員外に出てください」
車内の男が一人、右手を上着の下のストラップスに延ばす。手の先は、コマ三式拳銃を触った。彼は、いや、ジペニア人たちは皆、警官を撃とうと拳銃に手を伸ばす。だが、警官が、サイレンサー付きの拳銃を抜くほうが、速い。くぐもった強い風のような音が、鋭く、周囲に響く。
「よし、この眠らされている御仁を家まで連れて行かなくてはな」
「起きませんよ」
「こいつの家はどこだ」
「あちらです」と警官が指さす。その方向で爆発音。
「おまえか、仕掛けたのは?」
「違いますよ」
「では、こいつらか」と眼鏡の男は射殺死体を指さす。
「誘拐、拉致しようとする人間の自宅をわざわざ吹き飛ばす奴はいないでしょう」
「では、誰だ?」
「私では分かりません」
救急車と消防車が、猛烈なスピードで火元へと走っていく。
「もういい、この男を王立学院の仮眠室にでもぶちこんでおけ」分厚い眼鏡をかけた男は、火元へと急いだ。
現場には、既に警官がロープをはって、やじ馬が中に入るのを防いでいた。……普通は、やじ馬より速く警官は滅多に来ず、後から来てやじ馬を追い出すのだが。
「はい、下がってください」
眼鏡の男は懐からバッジを取り出して、警官の目の前で広げる。右側にはエフレーデ紋章、左には写真付きの身分証明書。
警官は敬礼する、「失礼いたしました」
アノイ・リフトレブロ・ドレイクは、眼鏡をかけ直して、バッジを懐に戻した。「中に入っても、いいかね」
「どうぞ」と警官はロープを緩めた。「しかし、公安情報局局長自らお出ましとは、このヤマは、やはり、ヴァストリアントゥオのテロリストの仕業でしょうか」
「まだ何とも言えないね」消火活動は着々と進み、火事はもう下火になっている。
「早いな」
警官は胸をはった、「首都のどこで火事が起きても、5分以内に現場に到着しますよ」
ドレイクは答えず、水浸しの道を忍び足で歩いていき、アパートの中に入った。
「おい、タミトル・トニヤス(危ないぞ)、また爆発するかもしれんからな」
ドレイクは面倒くさそうに懐からバッジを取り出す。
「し、失礼しました」
「なぜ、『また爆発するかもしれない』のかね」
「ええ、実は、このアパートの住人は、コンピューター通信をしていたみたいですが、どうやらタイマーでOSを起動させていたようなのです」
「うん?」
「あ、つまり、タイマーを使って自動的に電源が立ち上がるようにしていたようなのです」警官は焼け焦げた電話機を示す、「そして、何者かが、電話機に爆弾を仕掛けた。受信したときに爆発するのではなく、電話の発信音を感知して、起爆装置のスイッチを入れるタイプだったようです」
ドレイクはスイッチが入った状態になっている水浸しのディスプレイを見た。「なぜ、電源を切らない?」
警官はコンピューターの背面を示した、「これをご覧ください。この機種に、本来このような回線は使いません」回線は、瓦礫の下に埋もれた装置へとつながっている。「これを見るかぎり、電源を切ったり、ディスクを抜いたりすると、やはり何らかの装置が働くと思われます。まだ確認していませんが、もう一つ予備の爆弾が作動する可能性が、あります」警官はキーボードに手を触れた、「爆発の衝撃で、磁気ディスクの中のファイルは壊れている可能性が高いです。しかし、もし他に何らかの発信音を外部に伝えるバッチファイル・実行ファイルなどがあるとまずいので、これから消そうとしていた所なのですよ」
「おい……キーボードに触っても大丈夫なのか?」
警官は画面を指さした。
「結構触っているのですが、問題ないようです」警官は、フロイディア統一規格OSの隠しコマンドを発行した。「あ、問題ないようですね」
彼は、ディスクのファイル一覧を表示する。「ディスク入出力エラー発生、表示可能な物のみを一覧表示します」とメッセージの後、ファイル一覧が表示される。
「なんか、実行ファイルが一つだけが残っていますね……」
「うむ」
「やってみますか?」
「実行ファイルならば、実際に動かさないかぎり、どんな作用があるか分からないでしょう。ウィルスの可能性もありますが、しかし、この場合だと、あの瓦礫の下に埋もれた爆弾の起爆装置である可能性もある。たとえば、このファイルを削除しようとしたら、爆発するとか」
「だが、待っていても、爆発する可能性があるのだろう?」
「ええ、そうですが」
「実行したまえ」とドレイク。
「おお、タミトル・トニヤス(至高の聖人、聖ユビウスよ)……。よろしいですか?」
一同は同意する。
「では……実行します」
一同は緊張する。画面がブラックアウトした。一同は心臓が止まるかと思う。だが、次の瞬間、緊張は緩和され、全員が爆笑した。その電子ファイルは起爆装置ではなく、ただ画面にグラフィックを表示するだけのプログラムだったのである。しかも、その絵というのは、男女の性交を克明に描いたポルノグラフィーだったのであった。




