4.母の肖像
「兄上、あなたの母君の肖像画だ」
急募。王宮に母親の肖像画が飾られていた時の正しい反応。
私、執事のダニエル。魔国の王宮に、母親の肖像画が飾られていた男でございます。
しかも肖像画には「先代王妃」と書かれております。え、先代王妃!? 私の母が?
「私の母は、ごく普通の一般市民でございます」
「違う、あなたの母君は、国を追い出された先代王妃だ」
え、あの母が? 父親と恥ずかしげもなく、行ってらっしゃいのチュー♡ をする母が?
「俺の母親は妾だった。だが、誰よりも先代魔王の……父上の寵愛を受けていた。妾だった俺の母が、正室である兄上の母君を追い出したんだ。あなたの母君は、あなたを身篭ったまま、隣の国に逃げた」
「そ、それは……!」
それは、つまり。少し運命が違っていれば、私がこの国の王様だったということで……。つまり──!
「順当にいっていれば! なんの苦労もなくお嬢様と、正式に結婚できたということではございませんか!」
「えっ?」
こんなに悔しい事があるでしょうか……。私が魔王だった世界線、今すぐ行きたいですね。
お嬢様と盛大な結婚式を挙げる私……祝う国民たち。最高の夢でございますね〜!
「そもそも、何故私が兄だと気づいたのですか?」
「先代王妃にそっくりで、目の色だけ父上似。そして、昼に見せた無尽蔵の力。魔族の王の血統で間違いない」
「ああ、なる程……」
確かに、魔王と私の目、そっくりでございます。
「魔王様……いえ、倫理観が狂った残念な弟よ」
「いきなりを兄貴面をしてきたな……いいのか、こう……。母親が酷い目に遭っていたなんて……許せない! とかないのか」
「ないですよ。うちの母はごく一般的な家庭の幸せな女性です。いい年して父とラブラブだし、本人が幸せそうならいいのでは?」
フッと、寂しそうに笑った魔王。
そして、先代王妃の隣に飾られた、黒髪の女の肖像画をじっと見る。
「こちらの女が俺の母。母は恐ろしい女だった。俺には弟達がいたが、俺の母が全員殺させた。俺に王位を継がせるために」
「それは……なかなかの女ですねぇ」
「だが、最期には父に捨てられ、狂って死んでいったよ……。母は俺を見なかった。ずっと権力を見ていた」
寂しそうな横顔。もしかしてこの「俺の暗い過去」の話、まだ続きますか?
私、お嬢様のセリフ以外は3行以上耐えられないのですが。
「俺は母の面影を追い掛けて、性根の腐った女を求めてしまう」
「マザコンってことですか。お嬢様に母性を求めないで下さい。お嬢様はお前のママじゃありませんよ」
「厳しい、な……」
しかし、まさか私が魔国のプリンス様だったとは。
「それで、あなたは弟として、私に何を求めているのですか?」
魔王は縋るような眼差しで私を見た。そして、手を取る。
「俺は家族の情というものを知らない。ずっと母や父に愛されたかった。だが、両親は俺の事を見なかった。なぜなら……」
「浸りすぎです。結論から話しなさい」
「家族ごっこがしたい」
「簡潔でいいですね。却下でございます」
何が悲しくて20歳超えてる成人男性の承認欲求を満たしてやらなければならないのでしょうか?
そんな子犬のような目をしても、ダメなモノはダメでございます。
「兄上……。ならば、兄上は何を望むんだ? 金か? それとも地位?」
「はは、我が弟ながら傲慢でございますねぇ」
はいはい、きましたよ。権力者あるある。力を振りかざす傲慢さ。それで下々の者が言うことを聞くと思ってるんですね?
「だからあなたには愛が分からないのですよ、可哀想な弟よ」
以上。それだけです。
それだけ言って立ち去りました。ええ、最後背中から聞こえた言葉がひとつ。
「必ず仲良し兄弟になってやる……」
これは聞こえなかったことにしましょうね!
◆◆◆
そうして入国から1週間程経ちまして。ええ、なんというか……。
「疲れているのね、ダニエル」
「いえ、そんなことはございませんよ」
しまった。疲れが顔に出ていたか。
参りましたよ。魔王が毎晩、私の部屋に遊びに来るのです。トランプやチェス盤を持ってくるなら、まだ分かります。
アホの弟は倫理観が壊れているので「兄上、遊ぼう」と言って女を連れ込んできたりします。
誰なんですかアレを育てたのは。歪みきってますよ。
まあ、魔王の執着心がお嬢様から私に移ったのは良い事です。お嬢様が健やかなのが一番でございますからね。
今は素敵なティータイム。魔国産の紅茶を楽しむお嬢様。平和な時間でございます。
その時、部屋に入ってきたのは。魔王でございます。
「カミラ、これから宮中で馬を走らせて順位を当てる遊びをするが、来るか?」
「よろしいですわよ。けれど……魔王様、私と遊んで下さるのは良いけれど、政務が疎かに成っておりませんこと?」
流石お嬢様。私も全く同じ事を思っておりました。この一週間、魔王は一度たりとも仕事をしておりません。気のせいでなければ。
「政務……? ああ、やったぞ。渡された書類に承諾印を押せば終わりだ」
「え?」
「はい?」
何を言っているのでしょうか。お嬢様も私もびっくりでございます。
「継ぎたくて継いだわけでもない。政治は臣下に任せてある」
そ、それってもしかして……。
政治、腐り落ちてるってコトではございませんかーー!?
この国、思った以上に終わっております。ベスト・オブ・政治腐敗賞でございます。
「父上の代もこんな感じだった」
2代に渡る政治腐敗! この国はおしまいでございますね。
「それは大丈夫なのかしら? ダニエル?」
「よろしくはないですね」
不安そうに私を見るお嬢様。
「私のモノになる国がこんな事で良いのかしら……?」
「それは……!」
ダ、ダメでございます! お嬢様が君臨するお国が、ズタボロ雑巾国家など決して許されません。ええ、つまり。
「仕事をしなさい、魔王様」
「断る!」
「断る!? 政治をする事は、あなた様の生まれながらの責任でございますよ!?」
弟、想像を遥かに超えて大馬鹿者でございます! この暗君が……。
「今更臣下から権力を奪って俺が政治をしたところで、臣下から恨みを買うだけだ。だから俺は遊んでいる」
「あら、それは大変なのね……」
カミラお嬢様が扇で口元を隠す。そして……。
「ダニエル。あなた、政治はわかる?」
「いえ、明るくはございません」
「政 治 は わ か る ?」
「はい、明日の朝までには完全に理解する予定でございます」
はい。お嬢様が仰るなら当然ですね。私は政治ができる男になりますよ。
私、なんと頭も良いので楽勝でございます。
「では明日、臣下を集めましょう。明日から、この国の政治を最も理解しているダニエルが宰相ですわ」
「その……お嬢様、私が宰相でございますか?」
「口答えするの? ダニエル、屈みなさい」
ビチャビチャビチャ……!
出ましたね! 流石の悪女仕草!
私の髪、最近紅茶の香りが染み付いてまいりました。この香りこそ、私とお嬢様の信頼の証でございます。
「あ、あにう………。カミラ、その、あまりその者に紅茶を掛けるのはどうかと思うぞ。だろう、ダニエル?」
「だまらっしゃい! 私が好きでかけられているのでございます!」
おっと、私とした事が。目をかっぴらいて叫んでしまいました。
「す、すまぬ。あにう……ダニエルがそれでいいなら……」
「ええ! 二度と口を挟まないでいただきたい!」
その時の私は、まさか魔国の政治が底なしに終わっているなど、思いもしなかったのでございます……。




