2.可憐に苛烈に悪辣に
「クソッタレ……! あのツノ男……よくも私のお嬢様を……!」
私、執事のダニエルでございます。今は自室で壁を殴っているところでございます。
ダン! ダン!
いやあ、苛立ちは壁にぶつけるのが一番でございます。
皆様の私室にもございますよね、殴る用の壁。私の部屋の壁も、一部分だけボコボコでございます。
「考えろ……。お嬢様を取り戻す方法を……!」
諦めなければ道はある。どんなに険しい道のりでも、私はきっと超えられる。お嬢様を手にするためなら!
「そうだ……!」
私、思いついてしまいました! とても簡単なお話でございます!
「お嬢様に、もっと悪くなっていただきましょう!」
あの男、悪女が好き、と言っていました。ですが、それにも“限度”というものがあるに違いありません!
お嬢様をもっともっと悪女にすればいい。魔王にすら見捨てられる程に!
「悪女を極め、婚約破棄! 我ながら天才の閃きでございます!」
私は壁を殴るのを止め、部屋の窓を開け放ちました。
爽やかな風。美しい青空。庭先でなんかデカい蛾が死んでいますが、まあいいでしょう。あとで片付けます。
「待っていてくださいね、カミラお嬢様。本当の“運命”と結ばれるその日を……!」
コンコン、と部屋がノックされる。
メイドが部屋に入ってきた。かなり興奮した様子で。
「ダニエルさん、お手紙よ! 王太子殿下から!」
「え……?」
私に手紙を手渡し、メイドは去っていった。手紙は確かに王太子殿下からのもの。
「どういう風の吹き回しでございますか?」
手紙を開くと……。
──ダニエルへ
カミラは魔国へ輿入れするそうだね。君は今まで、良くやったと思う。
これ以上、カミラに仕える必要はない。君の艱難辛苦もここで終わりだ。もう楽になっていい。
ぜひ、王室の使用人になってほしい。待遇は今以上のものを約束しよう。
この話を受け入れてくれるのなら、返事を……
「アッハッハッハ! あ〜、面白いジョークでございますね〜!」
ビリッ……ビリビリ……!
私は手紙を引き裂いて暖炉の火にくべた。
「あの権力に甘やかされたボンクラが」
何故私がアホに……コホン、王太子殿下などに仕えなければならないのですか? 一種の拷問でございます。
生まれた時から恵まれていたボンボン。なんの努力もなく、お嬢様と婚約した世界一のお邪魔虫。
王太子殿下の事を考えては、壁を殴っていた幼い頃の私。健気でございますね。
とにかく、王太子殿下に仕えるなんて、絶対にお断りです。
ああ、手紙が燃えていきます。全く、ゴミは即燃やすに限りますね!
「あははは! これでスッキリでございますね!」
おや、そろそろお嬢様のティータイムでございます。
鏡を見て身だしなみチェック。
サラサラの銀髪。キラキラの赤い目。今日もなかなかの男前でございます。
さあ、早速お嬢様のもとへ。
一分一秒遅れるわけには参りません。お嬢様が怒ってメイドに紅茶をぶち撒けてしまいますからね。
◆◆◆
伯爵邸。中庭。テーブルにつくお嬢様。緊張のあまり手が震えているメイド。そして、完璧な執事である私。
「お嬢様、今日はハーブのクッキーをご用意いたしました」
「あら、素敵ね。わたくし、好きよ。ハーブってとってもいい香り」
お嬢様は上機嫌で、お茶を楽しんでいる。
「まさか魔王の妻になるなんて。誰が予想できたかしら? 国一番の占い師でも分かりっこないわね」
「ええ、本当に」
お嬢様が私を見た。なんて眩い眼差しでしょうか。
「あなたは魔国について来なさい。メイドは全員逃げたのよ。魔国になんて来ないんですって」
「私は共に参ります。当然でございますよ」
お嬢様といえば私。私といえばお嬢様。私たちは二人で一つ。私はいわば、お嬢様の呪いの装備。外したくても外せません。
ああ、ちょっと不吉でしたね。“呪い”ではなく“祝い”の装備でございます。
「お嬢様、採れたてのレモンがございます。お茶に入れられますか?」
「レモンティー? 気分じゃないわ」
「大変失礼いたしました」
お嬢様が金の髪をくるくると指で弄ぶ。そして、小さく微笑んだ。
「うふふ。気分がいいわ。ダニエル、屈みなさい」
「はい、お嬢様」
ビチャビチャビチャ……!
メイドが小さく悲鳴を上げる。紅茶色に染まる視界。
どうということはございません。
ただ頭から、熱い紅茶をかけられただけでございます。
私が最適な温度で完璧に淹れた最高級の紅茶。
その紅茶が一番輝く消費方法がこれです。気分がいいから、執事の頭に紅茶をかける……。
最高でございます! 完璧な悪女仕草でございますよ、お嬢様!
この調子でどんどん成長して、魔王からも婚約破棄されましょうね!
「お嬢様、代わりをご用意致します」
「ああ、いらないわ。そんな事より話を聞きなさい」
お嬢様は物憂げに話し始めた。
「私、少し怖いのよ。魔王様ってどんな方なのかしら?」
「少々気性の荒い方だという噂はあります」
「そうね。不安だわ……。わたくしって、少し気弱でしょう?」
メイドが目を剥いて「え?」と言った。が、幸いお嬢様には聞こえなかった様子。
命拾いしましたね。
「ああ、怖いわ。酷いことをされたらどうしましょう……」
「そのような事、私が許しません」
ええ、許すはずがありません。お嬢様を泣かせる男は八つ裂きでございますよ。たとえ魔王が相手でも。
「ダニエル。わたくし、どうすれば良いのかしら?」
「そうですね。カミラお嬢様は……もっと、強くなられるとよろしいかと」
「強く?」
「ええ。強い女性になりましょう。自分の思うがままに生きるのでございます」
お嬢様は嬉しそうに微笑んだ。
「思うがままに! わたくし、それなら得意よ!」
「お嬢様はもっとワガママになられて良いのです」
そう、もっとワガママに。もっと悪く。
世界で一番悪い女になりましょう。
美しい薔薇には棘があると言うではありませんか。ならば、世界で一番美しい花は、世界で一番棘だらけであるべきなのです。
私は手を血まみれにしてでも、その薔薇を摘みますがね。
その時。メイド長が手紙を持ってきて、私に手渡しました。やたら豪華な手紙。これは……。
「お嬢様、魔王様からのお手紙でございます」
「あら、素敵ね。読むわ」
お嬢様が手紙を読み始める。そして、クスリと笑った。
「魔王様、魔国に来たら良いモノを見せて下さるそうよ。いったいどんなものかしら?」
「そうですね……。魔国の景色……美術品……。ああ、もしかしたら、お嬢様の為に犬や猫でも飼い始めたのかもしれませんね」
私の予想に、お嬢様は楽しそうに微笑んだ。
◆◆◆
そして、魔国。入国当日。
「よく来た。約束の良いモノを見せよう」
魔王はお嬢様に優しく微笑みかける。私とお嬢様の目の前には。
ギロチン台。
「反逆者の処刑だ。カミラ、お前の為に用意した」
魔王は涼しい顔で、優しい声でそう言った。
「ダニエル、これはどういう事かしら?」
「お嬢様。これは……カルチャーショック、というものかもしれません」
もしかしなくても、魔国の治安と倫理観、終わり過ぎてませんかーー!?




