「現星」と「前星」と「Holy Power」
杏奈とノエルは、いつもの公園に向かって歩いていた。
夏の日差しは厳しく、日傘をさしていても暑い。
杏奈の家からは、5分程度にある公園なのにいつもより遠く感じる。
ハンディファンからの生ぬるい風では汗がひかない。
黒猫のノエルにはさぞかし日差しが厳しいだろう。
杏奈はノエルを足元の陰に入らせながら歩いていた。
公園近くに来ると、公園の手前にある家の屋根の上にカラスが止まっていた。
マンションの陰になっているから、その黒い体でも耐えられる暑さなのだろうか。
カラスは一礼するかのように一瞬、頭を下げてから飛び立った。
アランの使徒のルークらしい。
ノエルがその後を追うと、公園の横に一台の車が止まっていた。
カラスは、その車の後部席の空いていた窓の隙間から中に飛び込んだ。
すると、後部席のドアが開き、赤井凛音。
いやアラン・クレオ・ハイデルベルト・レッドリオンが車から降りて来た。
「迎えに来たよ、アンナ」
運転席の窓がゆっくり下がって、眼鏡をかけた30代くらいの端正な顔をした紳士が顔をだした。
「運転手の彼は、トゥルリー―・アンソニー・イエローバレー」
「この世界では黄谷橙吏」
黄谷橙吏は、表情を崩さずに杏奈を見て一礼した。
「トゥルリーは、リゲル・ラナでは君の先生だったんだよ」
杏奈は、前世?での自分の先生だったという橙吏を見た。
「怪しいものでは無いので安心してくれ」
初めて見る顔だったが、確かに初めて会った気がしなかった。
「俺は一応、今は高校生1年だから車を運転するわけにはいかないんだ」
そう言いながら、後部座席に杏奈とノエルを乗るとドアを閉めて、自分は助手席に回った。
いつの間にか、車に飛び込んだはずのルークの姿はなかった。
「スポーツ大会の時に、体育館の裏で話した以来かな?」
「すぐにうちに着くから、話はそれからゆっくり」
アランはそういうと、運転手の黄谷橙吏が車を発進させた。
アランの自宅は、車で20分くらいのところにあった。
都心とは思えないほど周囲が緑に囲またれた静かなところにある閑静な場所だった。
木の塀にぐるりと囲まれて、神社か寺かはたまた旅館なのかと思うような日本家屋が彼の家らしかった。
大きな立派な木の門には、「暮尾」という表札がかかっていた。
ずっしりと重そうな木製の古い門扉が開いて車はその中を進んで行っ屋敷の近くで止まった。
正面の古めかしい平屋のお屋敷の手前には大きな池があり、小さな橋もかかっていた。
木々で見えないが、奥にもまだ建物があるようだった。
「なんだか映画で見た陰陽師の屋敷のようだ」
と、杏奈は思った。
しかし、屋敷の中に入ると、和洋折衷のモダンな作りで、大正時代にスリップしたかのようだった。
「素敵な家ね」
と、杏奈が言うと
「300歳の爺には、ピッタリだろ?」
と、アランが笑った。
「ほとんどの所は、時間をかけて、ゆっくり造り直したのです」
「我々にとっては、待つというのも仕事のひとつでしたからね」
と、意味深に黄谷橙吏が言った。
シックな楢の無垢木が貼られた床は、綺麗に磨かれていた。
どっしりとしたソファーが数脚と、大きな一枚板のマホガニーのテーブルに帯のような布が敷かれたモダンな応接室に通された。
美しい絹糸の刺繍が施された布が貼られたクッションの置かれたソファーはふかふかだった。
そこに、長い黒髪が美しい、いかにも美人秘書という雰囲気の女性がティーカートにお茶とお菓子を乗せて入って来た。
「ようこそおいで下さいました。アンナさん」
「久しぶりにお会いできて嬉しいわ。私も、前の星では、あなた達の先生だったのよ」
と、言いながら、ティーカップに紅茶を注いでくれた。
外は、あんなに暑いのに、ここは暑さを忘れるほど心地よい気温であることに気づいて、冷房を捜したが、エアコンらしきものは見当たらなかった。
こんなモダンな部屋に無粋なエアコンやその吹き出し口は似つかわしくない。
杏奈が物珍しさでキョロキョロしていると
「もうひとり来る予定なので、話はそれからだな」
「それまで、マリアの入れてくれた紅茶と特製クッキーを味わっていてくれ」
と、アランが言った。
「もうひとり?」
「そう、マエルが自分の主人を連れて来るはずなんだ」
アランの言葉を待っていたかのように、いつの間にか部屋から出ていた黄谷橙吏が、すらりとした男子学生と茶白猫を伴って戻って来た。
部屋に招き入れられたその男子高校生を見て杏奈は、すぐに気づいた思った。
「あら、君、うちの高校の1年よね?」
杏奈がすぐに、スポーツ大会で、アランとバスケで活躍していた男子だと気づいた。
「あ、そうです…。」
高校でも女子とは滅多に話さない栗栖暁は、真っ赤な顔で必死に答えた。
その様子を微笑ましく見ていたアランは
「とりあえず座ってくれよ、クリス」
と、杏奈の横の椅子を勧めて、自分は、テーブルを挟んでその前の席に座り、その横に黄谷橙吏が座った。
美人秘書のアンナは、クリスの分のお茶とお菓子をテーブルの彼の前に置いて、ティーカートを下げてから、出口に近い方の席に座った。
使徒の猫たちは、それぞれの主人の足元にうずくまって待機していた。
応接間に繋がった隣の部屋の止まり木には、鷹のルークが止まっている。
「さて、まずは何から話そうか」
アランが口を開くと、
「順番的には、簡単に自己紹介からでしょうか?」
マリアが言った。
「そうだね。まずは、俺からかな」
「俺のこの地球では、16歳の赤井凛音と、28歳の暮尾亜嵐のふたつの名前を使い分けている」
「でも、前の星からこっちに来てからを合わせると、生きている年数は300年なので、300歳になるのだろう。あー、これも説明が必要だよなぁ」
「とりあえず、そこらは後で説明するけれど、我々は以前、別の星で共に生きていた」
「その前星での名前が、アラン・クレオ・ハイデルベルト・レッドリオン」
「この名前を名乗ることが多い。なので、アランと呼んでくれ」
「使徒は、鷹のルーク。しかし、現地球では目立ち過ぎるので、人前ではカラスに化身している。まずは、こんなところかな?」
「次は、私か。現在の名前は黄谷橙吏。今は30歳設定。本当は、303歳」
「前星での名前は、トゥルリー・アンソニー・イエローバレー」
「トゥルリーが呼びにくければトーリーと呼んでくれ」
「ここでは、COSMO36-0という会社の副社長をやっている」
「アランは、代表取締役社長兼CEOなのだが、今は学生なので実質仕事は、俺とマリアで担っている」
「使徒は、白い鳩だ。名前はビショップ」
「次は、私で良いかしら?」
「名前は、碧原麻璃亜、今は24歳設定。本当の年齢は内緒。お察し下さい」
「トゥルリーと同じくCOSMO36-0という会社の専務取締役よ」
「前星では、マリア・エバー・グリーンフィールドという名前だったの」
「どちらにしても、マリアなのでそう呼んでね。使徒は、インコのメロディ」
「次は、あなたどうぞ」
と、暁を見ていった。
「あ、俺は、栗栖暁16歳です」
「中学の頃は、不登校児で、ほとんど学校へは行っていませんが、この春から、アラン君と同じ秋櫻学園高校1年S1クラスに休まず通えています」
「あと、使徒はこの猫のマエル…以上です」
するとマリアが秘書らしく言った。
「補足として、ご本人はまだ思い出せていないだろうけれど、前星での名前は、クリストファー・アキュラ・オレンジリバーよ」
「あ、そうでした。前に聞いたけれど、忘れていました」
暁が、恥ずかしそうに大きな体を小さくしていると、杏奈が
「最後は私ですね」
と、言った。
「私の名前は桃井杏奈。16歳」
「アラン君、クリス君と同じ秋櫻学園高校の1年Aクラス。部活は吹奏楽部」
「前星?の名前は、アンナ・ロゼ・ローズマリ―」
「使徒は、黒猫のノエル。やっと会えたところです」
足元のノエルを見ると、ノエルも杏奈を見上げていた。
「よし!自己紹介も済んだところで、君たちふたりの疑問を解決しようと思うのだが、君たちが完全覚醒すれば、説明が必要のないことは割愛しようと思う」
「まず、君たちに知っておいて欲しいことは、この世界は巡っているということだ」
そう言って、アランがふたりに以下のように話し始めた。
― 宇宙という広い世界にある星々には、人が住める星が多くある。その星はその星の文化や歴史もあるし、独自の発展をしている。
地球では、人は死ぬとあの世に行くと言われているらしいが、実は、別の星に生まれ変わっているのだ。
星によっては、過酷な星もあるし、過ごしやすい星もあるから、それを人は天国や地獄と言うのかもしれない。
ふつうは、別の星に生まれ変わっても記憶はなく、また新たな人生を送るだけのはずなのだが…稀に記憶が残っている者もいる。
我々が以前、生きていた星を前世ならぬ前星と呼ぶのだが、魔力が強い世界だった。
我々は、一般的な魔術的なものは使えた。
だがそれだけでなく、神聖力=Holy Power=も使え、使徒も操れるのだ。
我々のようHoly Powerを使える者は、Holy Mageと呼ばれている。
そして、この星、地球でも記憶が再生されて能力の一部も使えるらしい。
俺たちは、この地球に来て65年になる。
そこでわかったのは。この星には魔力というものがあまり存在しないようなのだ。
但し、Holy Powerというのは、宇宙全体を統括している力なので、どこの星に居ても使えるようだ。―
アランがここまで説明すると、杏奈が疑問をぶつけた。
「でも、なぜ、私たちだけがそんな力があるのでしょう?他の人間には無いのですよね?」
杏奈は、好奇心いっぱいの気持ちで質問した。
すると、アランに代わってトゥルリーが語り出した。
「君らは、今回地球で生きた16年間で、他人との違いを感じなかった?少なからず、人との違いを感じていたんじゃないかな?」
「我々全員が、リゲル・ラナという星から転生している」
「その星は、少なからずHoly Powerを持つ者が多い星だった」
「前星で俺は、Holy Mage達を養成する大学で教えていたのだが…君たちもその大学の生徒でHoly Power持っていた」
「その時に教えたことなのだが、覚えていないだろうから再度教えよう」
トゥルリーの説明は以下だ。
― 人は肉体と魂がシルバーレイで繋がれた存在で、神聖力は肉体ではなく魂に記録される力なのだ。
この星《地球》的に説明するなら、人間の脳の容量は、250万GBはあると言われているし、生きている限り成長し続けるという説もある。
しかし、Holy Powerは、脳ではなく、魂に宿る力なのだ。
この力は、生まれ巡った『星めぐり』つまり転星を繰り返す中で、磨かれるもので、魂にも個体差がある。
前星での魂の鍛え方の違いがHoly Powerの力の差異となる。 ―
「ふたりは、歴史が英雄を選ぶって説を聞いたことある?」
「時代が変化を求めた時にそれに適した人間を選んで利用するって説。その選ばれた者を人は英雄と呼ぶという話」
「この地球の歴史だと、アレクサンダー大王や、ナポレオン。ヒトラーやスターリンなんて黒い英雄もいる。日本だと織田信長や豊臣秀吉も選ばれし者と言えるだろう」
「我々が地球に飛ばされたことにも、やはり意味があるのだと考えている」
「だから、ある意味我々も宇宙の歴史変化の中で選ばれた者だと言えるかもしれないな」
すると、再びアランが口を開いた。
「ああ、それに俺やトゥルリー、マリアだけが300歳を超えているのも不思議だろ?」
「それは、時空の歪を超える時に、君たちは、一度肉体と魂が離れてしまって今の地球に生まれ変わって来ているのに対して、俺たちは、前の星(からそのままの状態で飛ばされたからなんだ」
「おそらく我々三人は、Holy Powerが強いからか、肉体と魂を維持したまま、今の星《地球》に転生したらしい」
「ここまで聞いても、ふたりの疑問は解決できてないんじゃない?」
マリアが新しい飲み物を持って来て、4人に配りながら言った。
「なぜ、私たちがあなた達を捜して、こうして接触して来たのか?」
「そうだなぁ。細かい疑問は覚醒すれば追々理解するにしも、君たちはリゲル・ラナで普通に亡くなって、この星に転生したわけではないのだよ」
「そのことについて、また改めて話すとして、とにかく、君らをリゲル・ラナに連れ帰るのが我々の使命なのだ」
「地球に飛ばされたHoly Magaは7人。あと、ひとりを捜さなければならない」
「その間に、君たちには覚醒する努力をして欲しい」
「覚醒する努力って何をすれば良いのかな?」
これまで、黙ってアラン達の説明を聞いていた暁が言った。
「それは、色々あるのだけれど、とにかく自分の能力を最大限に伸ばして欲しい」
「勉強も運動も特技も自分に与えられたチャンスを全て生かして能力を引き出すこと」
「それが神聖力を強めるのに役立つ」
「俺は、残りのHoly Magaを捜すけれど、まだ幼いとか生まれたばかりということもあるかもしれない」
「君らを捜すのにも随分待ったんだ」
アランは、アイスコーヒーの氷をカラカラ回しながら
「君たちこの会社のロゴに見覚えあるだろ?」
と、額に入って飾られている会社名とロゴの方に顎先を向けて言った。
すると暁が驚いたように叫んだ。
「あー、なんか見覚えあると思ったけど、俺が利用していたネット教育システムの会社だ!」
「そうだよ。あれは、俺たちの会社の教育システムなのだよ」
と、トゥルリーが言った。
「この世界での経済活動のひとつでもあるけれど、君たちのような人材発掘の為でもあるんだ」
「クリス、君は優秀だったよ」
と、親指を上に立てて眼鏡越しにウィンクした。
「君のように不登校で家に閉じこもっちゃっていると、見つけにくいから」
「でも、今の教育からこぼれてしまうような者の方が可能性は、高いんだよ」
と、トゥルリーが自慢げに言った。
システムの開発はトゥルリーの仕事らしい。
「いずれにしも、まだ時間はかかるので君たちは高校生活を楽しみながら覚醒してくれ」
それから、マリアとトゥルリーの使徒にも会わせて貰い、前星での話などをしながら、昼食を共に食べて帰宅した。
帰りは、暁とマエル、杏奈とノエルで歩いて帰ることにした。
外は、まだ暑かった。
猫がいるのでバスや電車に乗れないかと思っていたら、マエルもノエルも他の人間から見えないように出来るとのことなでバスに乗ることにした。
それぞれを膝に乗せて席に座ってみたが、他の乗客の視線が2匹に向けられることはなかった。
やはり、他の人には見えないらしい。
「なんかさ~、不思議だよね?」
杏奈は暁に話しかけた。
「そうだねぇ。信じられないことだらけだけど、不思議としっくり来るところもあるんだよなぁ」
暁もすっかり杏奈に慣れたようだった。
というよりも、ふたりはもうずーっと前からお互いを知っていたと感じていた。
「俺さ、人の心が先読みできちゃって、上手く人とコミュニケーションとれないんだよね」
「でも、アラン君達と君とは全く違和感なく話せる」
暁が素直にそういうと、杏奈も同感して言った。
「私も人の負の感情が雪崩込んで来てしまうんだけど、今日は全くそんな不安もなく話せて楽しかったわ」
「こんなこと言って誤解されたくないんだけれど、君とは本当に昔から知っているような気がするし、友達というより家族のような感じがするよ」
「わかるわ。言葉では表現しずらい感覚よね。きっと私達の前世の世界でも知り合いだったらしいから、そのせいなんでしょうね」
ふたりの気持ちは、ふたりにしか理解できないものだった。
「同じ高校なのに一度も顔合わせたことなかったね」
「私はスポーツ大会で、アラン君と活躍するあなたを見たことあったわ」
「えっ?そうだったの?でもアラン君と一緒だと、俺は霞むからなぁ」
杏奈は思わず笑いながら
「そうねぇ~アラン君相手じゃね?」
と、軽口を言ってみた。
暁は、本当に不服そうに「ぶ~」と、口をとがらせてみせた。
思わず、ふたりで顔を見合わせて大きく笑った。
リゲル・ラナでも同級生だったふたりの絆は地球でも変わらずらしい。
ふたりの間には、穏やかな懐かしい空気が流れていた。
マエルとノエルも顔を見合わせて嬉しそうに微笑んだ。
ふたりは、心強い使徒と仲間を得たと思った。
彼らが地球に来ることになるまでを
リゲル・ラナ編で描いて行こうと思っています。
リゲル・ラナ編と並行して掲載していましたが、
これからは、リゲル・ラナ編を優先して書いて行きます。




