「ご主人様」と「使徒」
「ついに夏休みかぁ~」
「バイトでもするかなぁ」
鈴木まひろが、自分の部屋で背伸びをしながら言った。
「うちの学校は、バイト禁止でしょ?」
杏奈が言うと
「バレなきゃ、いいのよ!バレなきゃ!」
ましろは、悪気も無くけろっとした顔で、アイスバーの包み紙をむきながら言う。
「私は、吹奏楽部の練習があるし、課題もやらないとだし、特待生だから無理だわ」
「そうだよねぇ。杏奈は忙しいし、特待生だもんね。」
「うちは片親だから、バイトしたいところなんだけどね」
「えっ?そうなの?杏奈お嬢様っぽいから、てっきり…」
「やだ~、そんなことないのよ」
杏奈は、まひろに勉強を教えて帰る途中、いつもの公園を通っていた。
いつものように猫ボラさんたちが猫にご飯と水をあげていた。
そこに初めて見る黒い猫が居た。
桜耳ではない。
その猫は、まだ子猫のようにも見えたが、餌や水に見向きもせずまっすぐ杏奈の方へ向かってきた。
杏奈は、ドキドキするのを感じた。
親友に久しぶりに会うようなそんなドキドキ感だった。
「もしかして…」
と、思いながら、猫の目線に合わせるようにしゃがんだ。
黒猫は、杏奈の目の前で止まり、ちょこんと止まって挨拶するように座った。
杏奈は、心の中でつぶやいた。
「もしかして、あなた」
すると黒猫は、小さくうなずきながら
「にゃ~」とないた。
以前、体育館裏で猫の使徒マエルと話した時のように、杏奈にだけ猫の声が聞こえた。
他の人には、子猫がにゃーと鳴いたようにしか見えない。
だが、杏奈の頭の中で人間の声のように黒猫の声が聞こえていた。
「ご主人様、お久しぶりですにゃ。やっと、ボクも再生できましたにゃ~」
「また、ご主人様のお役に立つことが出来て嬉しいですにゃん」
杏奈は、子猫の頭を撫でてみた。
「お会いしたかったにゃ~」
かわいらしい小さな男の子のような声だった。
「あなたが私の使徒の猫なのね? お名前は?」
「リゲル・ラナでお仕えしていた時は、ノエルと呼ばれていましたにゃ。」
「ノエル! 懐かしい響きだわ}
「あなたの声を聴いている記憶が呼び覚まされる気がするわ」
ノエルは杏奈の膝に飛び乗った。
「それは、良かったにゃ」
普通の子猫が人間に懐いているような仕草で答えた。
「ご主人様は、これからどんどん覚醒されますにゃん」
杏奈は、子猫を抱き上げて言った。
「まずは、うちの猫になって貰わないとね」
「ノエル一緒にうちに帰りましょう」
「はいにゃ!」
ノエルは、嬉しくて杏奈の肩に飛び乗った。
まだ子猫のノエルだが、猫を肩に乗せて帰るのは目立ちすぎるので抱いて帰った。
ノエルを連れて帰りながら母の反応を心配していたが、まるで最初から家の猫だったかのようにノエル連れた杏奈を迎え入れてくれた。
杏奈は、子供のころからペットを飼いたかったが、両親の離婚などそのチャンスが無かったのでペットと暮らせるのが嬉しくて仕方なかった。
しかも、会話ができる猫である。
トイレの躾も慣れさせる必要もなく、既に自分をご主人様と慕ってくれるのだから最高である。
「ねぇ、ノエル? 」
「ノエルは、普通の猫じゃないのよね?魔法とか使えるの?」
ベッドに寝転がりながら、ノエルを撫でながら話しかけた。
「この世界の魔法がどんなものかボクにはわかりませんにゃ」
「でも、それに近いことは可能ですにゃ~」
「そもそも、使徒の能力は、ご主人様からの力なのですにゃ」
「力が音だとするなら、ご主人様が発する音をボクたち使徒は、その音を拡散させるスピーカーみたいなものにゃ」
「う~ん、まだ良くわからないけれど、あなたの話にも赤井凛音の話にも、全く違和感ないわ。」
杏奈は、不思議な事ばかりでも違和感のない自分に驚いていた。
「ボクの記憶はご主人様の記憶なのにゃ。Holy Mageの記憶は魂に記憶されるのにゃ」
「ボクが再生されたのも、ご主人様のHoly Powerが復活して来たからにゃよ」
ノエルの説明は、わかるようでわからなかったが納得はできた。
「とにかく、私は覚醒とやらをすれば、全て思い出すのよね?」
「全てというわけでは無いと思いますにゃ」
「やはり、アラン様達からのお話をお聞になってご主人様も修業が必要だにゃ」
「修行???それはなに???」
ノエルは、慌てて手をバタバタさせながら、
「ボクも、これ以上のことは詳しく説明できませんにゃ」
と、答えた。
「それと、アラン様って、赤井凛音のこと??どうして、アランなの?」
杏奈の質問攻めに困り気味だったノエルだったが、これは説明できるとばかりに座りなおして語り出した。
「ご主人様たちは、以前、別の星で一緒に生きておられたにゃ」
「その星の名前は、リゲル・ラナというにゃ」
「その時のアラン様のお名前が、アラン・クレオ・イデルベルト・レッドリオン様にゃ」
「そして、ご主人様は、アンナ・ロゼ・ローズマリ―にゃ」
「レッドリオンだから、赤井凛音なのね。私は、杏奈で変わらず?」
「そうですにゃ。これ以上のことは、アラン様から聞いた方がいいですにゃ」
「ボクも再生したばかりにゃ、曖昧なところがあるし、あくまでもボクはご主人様の使徒ですからにゃ」
「そうよね。ノエルは見た目も子猫っぽいしね」
「マエルは、初めて会った時より成長していたいから、ノエルも成長するの?」
「はいにゃ!フル再生されたら、ご主人様のために全力サポートするので、お任せにゃー!!」
ノエルは、まだ小さなその手で自分の胸を叩いてみせた。
「頼もしいわね」
杏奈は、ノエルを両手で抱き寄せて頬ずりした。
「ノエルぅ。猫吸いっていうのをやってみても良い?」
ノエルは、杏奈にホールドされたまま手足をバタバタさせながら
「それだけは、勘弁して下さいにゃ~」
と、叫んだ。
杏奈とノエルが戯れていると、コツコツと窓を叩く音がした。
夏とはいえ、もう夜8時を回っているので外は暗い。
杏奈の部屋は二階だ。
さすがに勝気な性格の杏奈でも、部屋にひとりだったら怖い。
悲鳴をあげていたかもしれない。
しかし、今は横に自分の使徒のノエルが居る。
それだけで心強かった。
思い切って窓に近寄って外を見ると、一羽のカラスが止まっていた。
「ルーク様」
ノエルがカラスの名前を呼んだ。
杏奈は、急いで窓を開くと、カラスは部屋の中に入って来たと思うと鷲の姿に変わった。
「こんばんは。初めましてアンナ・ロゼ・ローズマリ―様」
「私は、アラン・クレオ・レッドリオン様の使徒、ルークと申します」
「私の本来の姿は、鷹なのですが、今の地球では目立ち過ぎて使徒の役目に支障が出ますので日頃はカラスに化身しております。」
「赤井凛音、いやアラン君の使徒さん、はじめまして杏奈です。よろしくお願いします。」
杏奈は、初めて間近で見る鷲の大きさに目を見張った。
「アラン様から、アンナ様へのご伝言を預かって参りました」
「明日、アラン様のご自宅へいらして頂きたいとのことです」
「私がお迎えの先ぶれに参りますので、いつもの公園までいらして下さい。」
「わかりました。必ず参りますとお伝えください。」
「承りました。では明日、公園でカラスの姿でお迎えに参ります。」
ルークはそういうと、再びカラスの姿に戻って飛び去って行った。
杏奈は、窓を閉じてからノエルに尋ねた。
「ノエルは、ルークを知っているのね。」
「はいにゃ。使徒の大先輩にゃよ。」
「ご主人様たちがお仕事を共にするので、使徒も連携をとらなければサポートできないことも多くなるにゃ」
「じゃあ、マエルも?」
「そうにゃ、マエルはボクの同期みたいなもんにゃ」
「リゲル・ラナでは、Holy Mageの使徒は人間にも化身できたんにゃよ」
「ご主人様のHoly Powerが増せば、地球でも、ボクら人間の姿になれるりかにゃぁ?」
「そっか、それもアラン様?に確認ね。明日が楽しみだわ」
一方、栗栖暁の元にも使徒が現れた。
それは、
「さて、ゲームをするか、家で夏休みの学校の課題をするか?」
と、暁がひと思案していた時だった
「可愛い猫ちゃんが居たから連れて来ちゃった」
母親が、腕に茶白の猫を抱いてゴミ出しから戻って来た。
「ゴミ出しに行ったらね、この猫ちゃんがいたのよ」
「お腹を空かしてゴミを漁りに来たのかもだし、こんな暑い日に水も飲めなかったら可哀そうだし…カラスも居たから襲われるかもじゃない?」
そう言いながら、母親は猫に水を与えた。
「ほら美味しそうに水を飲んでいるわ。やっぱり喉が渇いていたのね。」
「キャットフードを買ってくるから、暁、ちょっと猫ちゃんを見ておいて」
と言い残して家を出て行った。
今まで、何度も野良猫がゴミ捨て場をうろついていた事があるのに、母親が猫を連れ帰るなんて初めてのことで、暁は驚いてしまった。
そして、その猫を見ると
「クリス様、お久しぶりです。マエルです。」
と、人間の声で話かけて来た。
暁は、一瞬、えっ???と思ったが、その声が頭の中で聞こえることに気づいた。
「マエル? 君が、俺の頭の中に話しかけているんだよね?」
「 以前、俺に会ったことがあるってこと?」
「そうです。おいらは、クリス様の使徒のマエルです。」
「前星の時からご主人様にお仕えしていました」
「本来なら、ご主人様の覚醒と共においらも再生されるはずなのに、おいらの方が早く再生されてしまったので、今まで、アラン様の元にお世話になっていました」
「赤井くんが使徒を行かせると言っていたけれど、君のこと?」
マエルは大きくうなずいた。
「そうにゃ。おっと、子猫言葉がでちまった…そうです」
「アラン様のご自宅に案内するように言われてきました」
「じゃあ、今から行く?」
「でも、母さんが帰って来たら、君と俺が消えていて、がっかりするだろうな。怒るかな?」
「それは、大丈夫です」
「おいらを家に連れて帰りたくなるように仕向けたのはおいらなので、帰ってきたら忘れています」
と自信たっぷりにマエルは答えた。
「元々、この力はご主人様の力なんです」
「ご主人様には精神感応の能力があるのです。その力をおいらが間接的に使ったわけです」
「まだ、よくわからないけれど、そこらも赤井くん、いやアランくんに聞いてみよう、マエル案内して!!」
「はい!」
マエルは元気よく走り足しだ。
マエルにとっては、これが主人から命じられる地球での初仕事である。




