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仮契約の花子さん 7

 午後9時。

 仮契約の切れた(はな)()は客間で、きょうの反省をしていた。

 反省は失敗をつぎに活かすこと。

 そのためには心が前を向いた状態で、しっかりと改善点を見つけなければいけない。

 だから最初に自分で自分をめてあげるのだ。

(ミッチーを守れてえらいぞ、わたし)

(こうして自分のこと、ちゃんと褒めてあげてえらいぞ、わたし)

 自分を褒めることで心が軽くなり、失敗を見つめ直す余裕も生まれる。

(油断したのはミッチーだけじゃない。あのとき、わたしも油断してた。最後まで油断せずに鎌の動きを見ていれば、下手人(げしゅにん)を自害させずにすんだかもしれない。よし、今度からは最後まで油断しないようにしよう。だいじょうぶ、わたしなら絶対できる)

 なら、油断しないためには、なにをすればいいのか? 

 それを考えることにした。

 もっとも、これらの反省を活かすには、仮ではなく、正式に極導きわみち霊盃(さかずき)をかわさなければいけないのだが……。


 そのとき、

「花子、いいか」

 (しょう)()()を開けると、廊下に浴衣(ゆかた)すがたの極導が立っていた。

 外出時こそ着替えるが、魔廻(まわ)りも妖怪も屋敷にいるときは基本的に和装である。

「それなに?」

 花子は極導が持っているレジ袋を指さした。

「甘酒だよ。それよりいっしょに来てもらいたいところがあるんだ」

「どこに行くの?」

「父さんの書斎だ。案内するからいっしょに来てくれ」

 ふたりで書斎へ向かっていると、

「ありがとな」

 前を向いたまま、極導がつぶやいた。

「おれ、おまえに礼を言ってなかっただろ。だからさ、助けてくれてありがとな」

「どういたしまして。でも人にお礼を言うときは相手の顔を見たほうがいいよ」

 極導の顔をのぞきこんで言った。

「ミッチーみたいなマイルドヤクザ系イケメンに面と向かってお礼を言われたら、みんなキュンとしちゃうと思うけどなぁ~」

「だれがマイルドヤクザだよ」

 照れ隠しするみたいに、極導がそっぽを向いた。


 *  *  *  *  *


 書斎に着いた。

「父さん、きょうは連れもいるんだ。入るよ」

 極導きわみちがさきに入ると、

「おじゃまします」

 (はな)()も一礼してから書斎に入った。

 ()(だい)へ行くと、そこからふたりで夜景をながめた。

「きれいだろ」

「うん」

「ガキのころ、いやなことがあるたびにここへ来て、父さんとこの景色をながめてたんだ。父さんのことは聞いたか?」

「うん。ましろさんが教えてくれた」

「父さんと約束してたんだ。おれが魔廻(まわ)りになって()(がら)を立てたら、ここでいっしょに甘酒を飲もうって」

 甘酒を用意したのはそのためだった。

「父さん、下戸(げこ)でさ。酒が飲めなかったんだ」

「だから甘酒なんだ」

「父さんが死んだあの日、すべてが変わったんだ。あたりまえにそばにいてくれた人が急にいなくなって、いままでの日常がぜんぶ壊れた」

 花子は何も言わなかった。

 ただ、しっかり話を聞いてくれているのは彼女の表情でわかった。

「何日も泣いて、何日もひとりでここに来て、そのたびにまた泣いた。なみだが枯れたときに心に誓ったんだ。二度と変わらせないって」

 気づけば、こぶしを固く握りしめていた。

「もう二度と変わらせない。魔廻(まわ)りになって、おれがこの町も、みんながいる『変わらない日常』も守ってみせる。そのために変わりたかったんだ」

「…………」

「おまえ言ったよな。自分を大切にできたら人生はいいほうへ変わっていくって」

「うん。言った」

「おれ、いやなことがあるとすぐに心が悪いほうへかたむいて、不貞(ふて)(くさ)れちまうんだ」

「それもミッチー()()()だよ。()()()を抱きしめてあげたら、きっともっと自分のこと大切にできると思うよ」

「やっぱすげぇな、ギャルって」

「えへへ、ごっちゃんです☆」

「だから、いてもらいたいんだ」

「え?」

「そういうこと言ってくれるやつがそばにいてくれたら、こんなおれでも自分を大切にできる気がするんだ。そうすれば変われると思う。いいほうにな」

「ミッチー……」

「人と町を守るために、魔廻(まわ)りは何百年も怪異と手を取りあってきたんだ。そのなかにひとつぐらいマニキュアを塗った手があってもいいだろ」

「だね」

 ふたりはおたがいのほうを向き直った。

「おまえといれば変われる気がする。だから花子、おれと霊盃(さかずき)をかわしてくれ」

「もちろん。ことわる理由なんて1ミリもないもん」

「じゃあ契約成立だな」

 ふたりは手を握りあって、それぞれの霊力を相手のからだに流しこんだ。

 自分のなかに花子の霊力が宿ることで細胞が活性化して、体中に力がみなぎってくる。

 未体験の感覚。まったく新しい自分に生まれ変われたような気がした。

「花子、おまえ、甘酒好きか?」

「好きだよ。甘酒って美容と健康にいいしね」

「美容はともかく、幽霊が健康ね。ま、いいや。霊盃(さかずき)をかわした祝いだ。こいつで一杯やろうぜ」

 レジ袋からカップ甘酒を2本とりだして、1本を花子にわたした。

「ねえ、ミッチー」

「なんだ?」

「いろいろと迷惑かけちゃうかもだけど、これからもよろしくね」

 月明かりに照らされた花子の笑顔は、どの星よりも輝いて見えた。


(つづく)



更新は毎日おこなう予定です。

今日はもうひとつエピソードを投稿します。

※甘酒の起源は古墳時代までさかのぼり、日本最古の公式歴史書とされる『日本書紀』にはさけという名で、すでに登場していたそうです。

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