仮契約の花子さん 6
ひゅん。
風を切る音が背後で聞こえた。
「死にやがれ、クソ魔廻り!」
「あぶない!」
花子は極導に抱きつくと、そのまま道にたおれこんだ。
その直後に鎌鼬の胸に、ふたつの鎌が突き刺さった。
鎌で心臓を貫かれ、鎌鼬は吐血。
がっくりとうなだれて、こと切れた。
すべてが一瞬のできごとで、極導は何がおきたのかわからなかった。
「あいつ、斬られた両手をあやつって、ミッチーを刺そうとしたの」
花子の言葉で、ようやくすべてを理解した。
風を切る音は鎌鼬の手がせまる音だったのだ。
鎌鼬は斬られた両手をあやつり、極導を背中から刺そうとした。
だが、刺し損ねた鎌の手はいきおいあまって主人の胸へ。
鎌鼬は自分で自分を刺し殺してしまったのだ。
(もし、花子が助けてくれなかったら……)
目の前の死体を自分に置き換えると、ゾッとすると同時に相手の攻撃を予測できなかった自分に情けなさがこみあげてきた。
「ミッチー、ケガはない?」
「ああ、平気だ」
「ごめんね。わたしがもうすこし早く気づいていれば、こんなことにならずにすんだのに」
「おまえのせいじゃねえよ。悪いのはおれだ。おれが油断したばっかりに、おせいのことを訊けなくなっちまった」
極導は立ちあがった。
たおれたときに服によごれがついたけど、それを払う気にはなれなかった。
「手組に助けてもらうわ、下手人を自害させちまうわ、ダサすぎて自分が情けねえよ」
「ダサくてもなんでも、ミッチーは生きてるんだよ」
花子は極導の手を取り、それを極導自身の胸に当てた。
ドク、ドク、ドク。
生の証明である心臓の鼓動が手のひらにつたわる。
「相撲は初日黒星でもつぎがあるけど、戦いは死んだらそれで最後。だったら生きてる自分を褒めてあげなくちゃ」
「褒める? 自分をか?」
「そ。反省は調子のいいときにしないと意味がないの。心が沈んだまま自分を責めても解決策は生まれないよ。問題を解決したいなら、まずは自分を褒めて心を前に向かせてあげなくちゃ」
そう言って、花子は自分で自分の肩を抱きしめた。
「がんばって戦ったね、わたし。そうやって自分で自分を褒めてあげたら、きっと人生はいいほうに変わっていくよ」
花子は、抱きしめた自分の肩をさすりながら、ほほえんだ。
「それに上をめざす気持ちがないと、情けないって気持ちは生まれてこないよ。言い換えれば、情けなさは向上心。ほら、またひとつ自分を褒める材料を見つけちゃった」
花子が極導の肩をたたいた。
「ギャルはみんなメンタルお化け。どう? ちょっとはギャルを見直した?」
「ああ。すこしだけな」
極導は服についたよごれを払った。
花子みたいに自分の肩を抱くことは恥ずかしくてできないけど、服のよごれぐらいは自分のためにも払ってやろうと思えた。
自分で自分を褒めてあげたら、きっと人生はいいほうに変わっていくよ。
その言葉にすこしだけ心が救われたような気がした。
* * * * *
その日の夜――。
午後8時。
極導は屋敷の道場で、イメージトレーニングをしていた。
頭のなかで戦っているのは鎌鼬。名前は凶太郎。
今朝、戦ったやつの兄という設定で、両手のほかに尻尾も鎌に変形できる相手である。
凶太郎はパルクール選手のように飛び跳ねながら、攻撃をしかけてくる。
相手の武器は三つの鎌。対してこちらは二本の刀。
どうしても攻撃を防ぎきることができない。
両手の鎌を二本の刀で防いだとき、
「おわりだ!」
凶太郎が尻尾の鎌を振りあげた。
そのとき、
「どすこーい!」
花子が凶太郎を背後から抱えこんで、そのまま怪力で締めあげた。
ボキボキとうなる背骨。
悲鳴をあげる凶太郎。反撃のチャンスだ!
「でやあぁぁ」
実際に叫びながら、極導は頭のなかで凶太郎ののどに白明刀を突き刺した。
そこでイメージトレーニングは終了。
まぶたを開けると、からだから汗が噴きでてきた。
(なんで、おれ、花子といっしょに戦ってんだろ)
いままでイメージトレーニングは相手との一体一を想定しておこなってきた。
なのに、いまはどうしても花子といっしょに戦うことを考えてしまう。
あぶない状況におちいると、どうしても花子の助けを期待してしまうし、逆に花子のピンチを想像すると、どうしたら彼女を守れるかを考えてしまう。
(もしかして、おれ、あいつにそばにいてもらいたいのかな)
そんなことをぼんやり考えていると、
「そんなところでボーッと立って、エロ妄想か?」
だれかが背後から声をかけた。
「うわっ! ってジジイか。びっくりした」
声をかけたのは浴衣すがたの総導だった。
「黒峰から聞いたぞ。柳井の仇を討ってくれたそうじゃな」
事件のあと、極導は烏天狗の黒峰に連絡して、一連の流れを報告。
現場にかけつけた黒峰に野ぶすまの翔吉――名前はあとで知ったが――を引きわたしたのだ。
事件にかんする報告は、本来すぐに魔廻りの親分である総導にすることになっているが、あいにく総導は和菓子協会の会議に出ていて報告することができなかったのだ。
おそらく総導も会議のあとに、黒峰から報告を受けたのだろう。
「ちゃんとスマホで取引現場を撮影しとったそうじゃな」
「状況証拠になると思ったからな。けど下手人を自害させちまったんだ。仇討ちにはならねえよ」
「ほう。手柄を立てて図に乗っておると思ったが、そうでもないようじゃのう」
「図になんか乗れるかよ。花子がいなかったら、おれは死んでたんだ」
「なら、さっさとあの子と霊盃をかわせ。仮契約が切れて、花子ちゃん、さびしそうな顔しとったぞ」
「え?」
「帰ってきたときに出迎えてくれたんじゃよ。あの子、おまえと仮でも契約ができたことを、さびしそうな顔でうれしそうに話してくれたぞ」
「おい、ジジイ、ついにボケたのか。なんでさびしそうな顔のやつがうれしそうに話すんだよ」
「かぁーっ! これじゃからガキはいかん」
「はあ?」
「女心のわからんやつに、あんなエロカワギャルはもったいないと言っておるんじゃよ。よし、決めた。あの子をわしの6人目の妾にしよう」
「ふざけんな! 花子はおれの――」
「おれの手組か?」
「え? あ……」
「その言葉、エロジジイではなく本人に言ってやれ。そうすれば、あの子のさびしさなんざ、すぐに吹き飛ぶ」
総導はきびすを返すと、
「さて、新人グラドルのイメージビデオでも観るとするかのう」
道場の出入り口に向かって歩きだした。
「極導」
「なんだよ、まだなんか言いたいことがあんのかよ」
「ああ。ひとつだけな」
総導はこちらを向くと、
「生きてもどってくれて、ありがとな」
そう言い残して、道場をあとにした。
(つづく)
更新は毎日おこなう予定です。
あしたは2エピソード投稿します。
※鎌鼬は日本の妖怪ですが、中国の霊獣・窮奇と同一視されることがあります。これは窮奇が中国で風神とみなされていたことが原因で、窮奇の訓読みとして「かまいたち」が採用されていたこともあるそうです。




