仮契約の花子さん 4
「ふざけんな、クソガキ!」
ぶつかった通行人が、いきなり広志を突き飛ばした。
通行人は25~26歳ぐらいの男だった。
背が高いうえにかなりの筋肉質で、VネックのTシャツと灰色のジョガーパンツは、いかにもチンピラといった風貌である。
「どこ見て歩いてんだ! てめぇのせいで大事なもん落としちまったじゃねえか」
そう言って、チンピラはレジ袋を拾いあげた。
そのとき、極導は袋の中身を見た。
レジ袋にはコーラ味のグミが1パックだけ入っていた。
どこにでも売っているグミに大の大人が「大事なもん」というほどの価値があるようには思えない。
「いいか。今回だけは見のがしてやる。もし、つぎ同じことしてみろ。その腐った目ん玉、えぐりとってやるからな」
チンピラは広志の足元にツバを吐いて、去っていった。
「広志、だいじょうぶか?」
「あ、ああ。なんとかな」
「おまえは早く家にもどれ。いいな」
「言われなくても、そのつもりだよ」
広志は急いで、その場をあとにした。
(まさか、あのグミ……)
チンピラとの距離は7メートル。
すこし距離があるが、人混みでも見失う距離ではない。
相手が怪異かはわからない。
けど、もし落としたグミが〝あれ〟ならチンピラの「大事なもん」という言葉も納得できる。
(尾行しよう)
極導は尾行を決意した。
けど、歩きだしてすぐに、
「ミッチー、勇み足はダメだよ」
いつのまにかうしろにいた花子に手首をつかまれた。
「相撲も捜査も勇み足は禁物。たとえ仮でも、いまのミッチーは魔廻りなんだよ。ひとりでなんでもしようとしないで」
「おまえ……」
「それとも、まだションベンくさい戯言を言うつもりなの?」
花子がためすような目を向ける。
「バカ言うなよ」
極導はつかまれてないほうの手で髪をかきあげた。
「仮でもなんでも手組がいるんだ。いつまでもガキのままでいられるか」
「じゃ決まりだね」
花子は手首をつかむ力を弱めると、そのまま包むようにして極導の手を握った。
指の柔らかさに思わずドキッ。胸が高鳴る。
「あの人が落としたの、たぶん臓器グミだよね」
「おまえ、知ってんのか? 臓器グミのこと」
「栄牙組のことといっしょに、ましろさんが教えてくれたの。臓器は生じゃなくてグミに加工して売りさばくのが、いまどきのやり方だって」
「人間の臓器は怪異の脳に多幸感をあたえる麻薬みたいな効果があるんだ。言ってみれば、あいつは麻薬の運び屋。ふたりでつけるぞ」
「うん。わたし、透明になったほうがいいかな?」
「いや、透明化は怪異には効果がない。もし、あいつが怪異なら半透明に見えて、逆に怪しまれるだけだ。ふつうに尾行するぞ」
「わかった」
ふたりはチンピラを尾行しはじめた。
* * * * *
松下通りには髪を染めた少女やホットパンツを穿いた花子のようなギャルが大勢いる。地味な服装の極導よりも、かえって花子のほうが目立たないのは、オシャレな町ならではの魔法だった。
チンピラが路地を曲がった。
「いくぞ」
ふたりもチンピラのあとを追う。
道をひとつはずれただけで、人の数がグッと減る。
チンピラが背後を気にしているようすはない。
しかし油断はできない。
ふたりはチンピラとの距離を広げた。
チンピラは建物の壁にもたれかかると、タバコを吸いはじめた。
「花子、コンビニに入るぞ」
近くのコンビニに入ると、雑誌コーナーで立読みするフリをしながら、チンピラを見張ることにした。
「ミッチー、これからどうするの?」
「受け渡しの瞬間を見るまでは手を出すな。相手がグミを受けとったのを確認しないと、お縄をかけることはできないんだ」
「お縄をかける? あ、逮捕って意味ね」
「聞いた話じゃ、十中八九すなおに捕ってくれるやつはいないらしい。たいがいのやつが刃向ってくるそうだ」
「戦いは避けられないってことだね」
「ああ。だから作戦を立てるぞ」
小学生のときから見まわりしている極導は、町の地形や建物の場所を把握している。
取引現場を5つほど想定すると、現場にあった作戦を立て、それを花子につたえた。
そのとき、一服をおえたチンピラが動きだした。
「いくぞ」
ふたりは急いでコンビニの外に出た。
(つづく)
更新は毎日おこなう予定です。
※本文に登場した勇み足という単語ですが、これは早とちりしてして行動することや意気込みすぎて失敗してしまう意味の慣用句です。
じつはこの言葉の元ネタは相撲用語。
押したり寄ったりして相手を土俵際まで攻め込んだのに、うっかり相手より先に足を土俵外に踏み越して、負けてしまう行為のことを指します。
現在、大相撲の決まり手は技が82手、それ以外の非技が5つあり、勇み足はこの非技に分類されます。
非技には勇み足以外にも腰くだけや、つきひざなどがあり、これらは決まり手とは言わず「勝負結果」として区別される場合もあります。




