つめたい手 1
極導と花子が凍連家の屋敷を訪れたのは9月28日のことだった。
凍連家はかき氷やアイスクリームなどを製造・販売する凍連乳業という企業の創業者一族。
だが裏の顔は御手洗家と同じく、長い歴史を持つ魔廻り一族でもあるのだ。
ふたりが屋敷に着いたのは午後7時。
当主の凍連寒太郎にあいさつしたあと、豪華な夕食をいただいた。
それから2時間後。
屋敷のなかにある大浴場で極導がからだを洗っていると、
「兄さん、いっしょに入ってもいいですか」
女の子とまちがえるような――かつては極導もそうだったが――顔の少年が入ってきた。
少年は極導のとなりに腰掛けると、
「背中、洗いますね」
「おお。ありがとな」
タオルで極導の背中をこすりはじめた。
少年の名は冬輝。
寒太郎の孫であり、極導をじつの兄のように慕う中学1年生である。
からだを洗って、ふたりで湯船に浸かっていると、
「あの……」
遠慮がちに冬輝が口を開いた。
「なんだ?」
「その……兄さんは、どうやって花子さんと仲よくなったんですか?」
極導は冬輝へ顔を向けた。
白雪王子と呼ばれる中性的な顔が緊張のためか強張っている。
背はこのまえ会ったときより少し伸びたようだが、それでも極導とは20センチ以上も差がある。
けど、冬輝はまだ12歳。
それこそ、あっというまに成長して、いずれは肩を並べることになるだろう。
「おれと花子の仲がいいように見えるか?」
「はい」
うれしくもあり、なんだか恥ずかしくもある。
「花子さんと兄さんって、ぜんぜんタイプがちがうふうに見えますけど、ケンカとかしないんですか?」
「ケンカはないな。けど言い争いは一度あった」
「どんな?」
「聞きたいか?」
「はい」
「チョコ菓子で、アサリの海とハマグリの浜ってあるだろ」
「ありますね」
「あいつと霊盃をかわしたばっかのころ、どっちが好きかで言い争ったことがあったんだ」
「…………」
「ちなみにおれはハマグリ派だ」
「ぼくもです。チョコはもちろん、ほろっとした貝の身クッキーがおいしいんですよね」
「わかってるじゃないか」
手を出すと、冬輝がうれしそうにハイタッチした。
「でも時間が経つと、なんであんなバカげたことで言い争ったんだろうって後悔するようになってさ、お詫びにアサリの海を買って、あいつの部屋に謝りにいったんだ」
話しながら、極導は横目で冬輝の顔をうかがった。
自分でもバカげた話だとは思うが、冬輝は一流大学の講義でも受けるように真剣に耳をかたむけてくれている。
「部屋に行く途中でな、廊下でばったり花子と会ったんだ」
「そこで謝った?」
「いや、謝るどころか笑ったよ」
「?」
「花子のやつ、手にハマグリの浜を持ってんだよ。ふたりとも、おたがいの持ってるものを見て『あ……』って顔してさ。謝るどころか、その場で、ふたりで笑い合ったんだ」
「いいなぁ、そういうの」
冬輝がうつむきながら、つぶやいた。
(やっぱり、こいつ、煌白さんと仲よくなりたいんだな)
不安の張りついた冬輝の表情を見て、極導は確信した。
「兄さんはすごいです。自分とちがうタイプの人とうまくやっていけてるんですから」
そして小さな声で、
「ほんとは、ぼくも煌白さんと……」
「仲よくなりたい?」
「……はい」
「なら、相手の好きなものに乗っかってみろ。これ、人生の先輩からのアドバイスな」
極導は湯船から出ると、冬輝の前で堂々と四股を踏みはじめた。
「花子のやつ、相撲が好きでさ。あいつのこと、いろいろ知ろうとするうちに、おれも相撲に興味を持つようになったんだ」
そしていまでは花丸(東十両十三枚目)を推す仲である。
「相手と同じものを好きになれば自然と距離も縮まる。仲よくなりたいなら、まずは煌白さんの好きなものに、おまえが興味を持ってみることだな」
「相手と同じものを好きに……すごい、やっぱり兄さんはすごいです」
冬輝の尊敬に満ちた顔と言葉がうれしくて、
「ごっちゃんです」
つい花子の口癖をマネしてしまった。
* * * * *
一方、そのころ――。
花子は煌白の部屋で女子トークに花を咲かせていた。
「それ以来、御手洗家ではハマグリの浜とアサリの海をミックスして食べるようになったんだよ」
「何百年も怪異と手を取り合ってきた御手洗家らしい感動的なお話ですね」
煌白が胸の前で両手を合わせた。
「感動的かどうかは?な部分もあるけど、ありがと。ちなみに、くっちはどっち派?」
「わたしは花子ちゃんと同じアサリ派です。貝殻のチョコがおいしいんですよね」
「わかる~」
「一口サイズで、食べ応えが軽めなのもいいんですよね」
「わかりみすぎて、もはや同盟!」
感激のあまり、花子が煌白をハグした。
煌白は18歳の雪女。
名前のとおり白い肌と目尻の下がったやさしい目は、どことなく冬輝と似ている。
「でも花子ちゃんはすごいですね。自分とちがうタイプの人とそうして手を取り合えるのですから」
「えへへ、ごっちゃんです」
花子は謙遜をしない。
誉め言葉を素直に受けとり、笑顔を見せることで、自分も相手もしあわせになることを知っているからだ。
「わたしね、ミッチーのこと、運命の人だと思ってるの」
「運命……え、え、花子ちゃん、まさか極導さまのことが――」
「それはご想像におまかせします」
花子がイタズラっぽくウインクした。
「わたしが幽霊になったのは、ミッチーのそばにいるため。そう思えることがあったから、わたしはミッチーのことを運命の人だと思ってる」
「そばにいるため……」
「うん。くっちはどう?」
花子は煌白の手を包むように握った。
「くっちはユッキーのそばにいたい?」
「わたしは――」
煌白の視線がたたみへと沈んでゆく。
「いたいです。冬輝さまのそばに」
そして煌白は自分の心と向き合うように目を閉じた。
「だって、わたし、あの人の絵が好きだから」
(つづく)
更新は毎日おこなう予定です。
※3月15日に「南海の黒ヒョウ」の異名をとった元大関・若嶋津(日高六男)さんが肺炎のため、亡くなりました。
ご冥福をお祈りします。




