片般若 12
コン コン コン
だれかが部屋のドアをノックした。
「どうぞ」
部屋に入ってきたのは極導、蝦蟇七、黒峰、そしてメイド服を着た花子だった。
「こんな時間に、なんの用ですか?」
「あなたに訊きたいことがあって来ました」
極導が言った。
「奥山ミキさん。日比谷タクトおよび日比谷ナオトを殺害したのは、あなたですね」
「ふざけるのはよしてください」
「ふざけてなんかいません。おれたちは本気で、あなたが下手人だと思っています」
「タクトさまやナオトさまが亡くなられたとき、わたしはべつの場所にいたのですよ」
「霊力のある人間なら、訓練次第で妖術を使うことができる。あなたは妖術を使うことで、べつの場所にいながら、タクトたちを殺害したんじゃないですか?」
「わたしはただの人間です。あなたたちと同じにしないでください」
「同じ……ね」
極導は蝦蟇七に目配せすると、ふたりでうなずきあった。
「かかったな、姉ちゃん」
蝦蟇七がニヤリと笑う。
「あんたがただの人間なら、もう心浮かせの術にかかってるはずだぜ。なあ、黒峰」
「はい。先ほどから術をかけていますが、一向に心をあやつることができません」
「心浮かせの術は霊力のある人間や怪異には通用しない。姉ちゃん、あんたは人間じゃない。タクトたちを殺した下手人の怪異だ!」
蝦蟇七が大声で啖呵を切った。
「タクトたちを殺した理由はなんだ? やっぱり、あんたもほかのメイドのように、あいつらを恨んでいたのか?」
「ええ、恨んでいましたよ。あいつらも、その父親も」
ミキはくちびるにひとさし指を当てながら、
「いまごろは親子3人、地獄で再会しているでしょうね」
「おまえ、まさか……」
「お望みなら、会わせてさしあげましょうか」
つぎの瞬間、ミキの右目が発光。
目からナイフが飛びだした。
「うぐっ!」
ナイフは黒峰の左胸に直撃。
黒峰が胸を押さえて、ひざから崩れ落ちた。
「黒峰さん!」
「おまえたちに、わたしの邪魔はさせない」
吐き捨てるようにさけぶと、ミキは部屋の窓ガラスを割って、庭へ逃走した。
「蝦蟇七さん、黒峰さんの手当をお願いします。花子、やつを追うぞ」
「うん!」
割れた窓を通って庭に出ると、極導は逃げるミキめがけて、錬影術でつくった影手裏剣を投げた。
影手裏剣はミキのふくらはぎに命中。
「うっ」と小さくうめいて、ミキが転倒した。
花子は、すばやくその背中に飛びかかったが、
「しゃあああ!」
ミキは奇声をあげながら、長さが8メートルもある大蛇に変化。花子を背中から振り落とした。
「花子!」
「だいじょうぶ!」
受け身を取って起きあがると、花子は戦う姿勢を取った。
「同じ女でも、わたしの邪魔をするなら容赦はしない」
二本の角を天に向け、金色の目を爛々と光らせるミキの顔は般若そのものだった。
* * * * *
「花子、二手にわかれて攻撃するぞ」
「うん」
左右にわかれると、極導は影手裏剣をミキの右目に投げつけた。
だが、影手裏剣は命中する前に右目のなかに吸いこまれた。
「しゃあああ!」
ミキが極導に向かって、毒液を吐きだした。
極導は、それをギリギリのところで回避。
代わりに毒液を浴びた常夜灯が腐食して折れた。
ミキが再度、毒液を吐こうとしたとき、
「させない!」
花子が一瞬の隙をついて、ミキのふところへ飛びこむ。
そして蛇腹に両手をまわし、鯖折りの体勢でミキの胴体を締めあげた。
「あ、う……」
あまりの痛みに、おもわず天を仰ぐミキ。
だが、すぐに花子を噛もうと頭を下げた。
そのひたいめがけて、
「でやあああ」
極導が黒影刀を振りおろした。
闇夜に咲く曼珠沙華。
ひたいから噴きだす鮮血は、まさに血の花だった。
(ナミ、アカ、アオ……)
消えゆく意識のなかで、ミキが最期に見たのは笑顔の孫だった。
(これだけはしておかないと)
ミキは最後の力を振り絞り、己の肉体に毒を染みこませた。
こうすれば、からだのすべてが溶け、蛇目石が人間の手にわたることはなくなる。
たとえクズどもを根絶できなくても、響介のような金の魔力に憑りつかれる人間をひとりでも減らすことができるのだ。
それが彼女の――片般若のミキではなく、巻右衛門に仕えるクチナワのシマとしての最後の仕事だった。
(つづく)
更新は毎日おこなう予定です。
※般若面は女性の嫉妬や恨みを表現した怨霊の面で『葵上』や『道成寺』といった能楽の演目で使用されます。
このうち『道成寺』は修行僧に恋をした女が大蛇となり、寺の鐘に隠れた僧を鐘ごと焼いてしまうお話です。演目の最中に、舞台上の鐘のなかに能楽師が飛びこみ、つけている面を女面から般若面に替える場面がありますが、このとき演出によっては「蛇」や「真蛇」といった、より深い怒りを表現した面(般若面のなかで、いちばん顔が怖い!)を使うこともあるそうです。
※次回は、いよいよ『片般若』の最終回。 このあと21時に最終回となるエピソードを投稿します。




