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片般若 10 ~蛇魂転生~

 ひとりきりの自室でシマは、すでに死体となった(きょう)(すけ)の顔を、白蛇を通して右目で見ていた。

 そして40年前の、あの日のことを思いだしていた。

 そう。(じゃ)(おう)(ひめ)として生まれ変わった日のことを。


 *  *  *  *  *


 滝から落ちて、どれほど時間が経ったのだろう。

 目を覚ましたとき、シマは自分がどこにいるのかわからなかった。

 あたりが暗くて、何も見えなかったからだ。

(ここは、いったい……)

 両足を動かそうとしたが、どういうわけか下半身にまったく力が入らない。

 そのとき、暗闇のなかで、ちいさな虫がシマのほほに当たった。

「うっ」

 虫が当たっただけなのに、ほほが針で刺されたように痛い。

 おもわず手を当てると、

「あうぅっ!」

 ()ぜるような激痛が顔面を襲った。

 だが痛みを感じるのは、ふしぎなことに顔の右側だけ。

 まわりが見えないのでわかりづらいが、開くのは左側のまぶただけで、右側のまぶたは足同様まったく動かない。

 シマは恐る恐る顔の右側に指を()わせた。

 そして痛みのなかで気づいた。

(顔の右側が潰れている)

 指で触るうちに、シマは顔の右側が、どうなっているのかがわかった。

 右目のあった場所がありえないほどくぼみ、鼻はひしゃげて大きく曲がっている。歯はほとんど折れて、口のなかに7本しか残っていなかった。

「あ、ああ……」

 自分の顔を想像して、シマは気が触れそうになった。

「なんで、どうして、こんな……」

「滝から落ちるときに顔を岩にぶつけたんだよ。あと背中もな」

 近くで男の声がした。

「待ってな。いま灯りをつけてやるから」

 すると、シマのまわりに無数の青白い光球が出現。

 光球はつぎつぎと増え、シマの頭上の空間にはりつき、あたりを照らした。

 光球の正体は何百匹という蛍だった。

 蛍の光がまわりの岩肌を照らすことで、ようやくシマは自分が洞窟のなかにいることを知ったのである。

「こいつらはおに(ぼたる)。この洞窟の照明係りだ」

 声の主は、髪を肩まで伸ばした筋骨隆々の四十男(しじゅうおとこ)だった。

「刺された箇所も、わずかだが急所を外してたし、滝から落ちても奇跡的に生きてるし、あんた、すげえ強運の持ち主だな」

 男は茣蓙(ござ)に寝そべり、尻を掻きながら言った。

「これも兄貴のご加護ってやつかな」

「え?」

「あんた、クチナワのもんだろ? 巻右衛門(まきえもん)(つか)える」

「あなたはいったい……」

「おれは巻右衛門の弟の解右衛門(ときえもん)ってもんだ」

「解右衛門!」

「ああ。大昔に人里(げかい)で、ちょっとばかし暴れ過ぎてな。怒った兄貴に、こうして人のすがたに変えられて、山に幽閉されてるんだよ」

「しかし巻右衛門さまは、あなたを、その……」

「討ち取った?」

「は、はい」

「そうでも言わないと、ほかの蛇神へびがみ()()()がつかないからな。ふつうなら殺されてもおかしくないのを山に幽閉されてるだけで済んでるんだ。兄貴には感謝してるよ」

 だが、あくび交じりに語る解右衛門からは感謝の意など(いち)()も感じられなかった。

「あの」

「なんだ?」

「もしや解右衛門さまが、わたしを助けてくださったのですか」

「まあな。水浴びしてたら、いきなりばあさんが滝から降ってきたんで、おもわず目のなかに入れちまったよ」

「目のなかに?」

「クチナワなら知ってるだろ。もともと蛇目(じゃのめ)(いし)は、おれたち蛇神へびがみの目を霊力で水晶玉に変えたもんだってことを」

「あ……」

 そうなのだ。

 あらゆるものを出し入れできる蛇目石(じゃのめいし)は、もともと蛇神へびがみの目なのだ。

おにぼたるだって、普段はおれが目のなかで飼ってるんだ」

 解右衛門が自分の右目を指さした。

「あんたを目のなかに入れた少しあとでな、若い男が山を(くだ)っていったよ」

「あいつめっ!」

「あんたの手当てあてが先だと思って手出(てだ)しはしなかったが、あいつとあんたと、いったい、どういう関係だい?」

「あいつは(こえ)()めの底の蛆虫(うじむし)にも(おと)る男です」

 シマは怒りに身を震わせながら、これまでのことを語った。

「あいつはわたしからすべてを奪いました。あいつだけは何があっても、ぜったいに許せません」

「殺してやりたいか?」

「はい」

「だが、いまのあんたじゃ無理だな」

 解右衛門が、つめたく言い放つ。

「クチナワの寿命は人間と同じだ。あんたは歳を取りすぎてるし、妖怪どものような物騒な能力もない」

「ですが、あいつだけは、なんとしてでも――」

「歩く力だって、うしなったんだ。山をおりることさえできないぜ」

「しかし……」

「だが、ひとつだけ方法がある」

 解右衛門が、ひとさし指を立てた。

「シマ、おれとひとつになれ」

「どういう意味です?」

「ふたりの肉体とたましいを混ぜ合わせて、あんたを(じゃ)(おう)(ひめ)に転生させるんだ」

「そのようなことができるのですか?」

「できる。まあ、おれの意識はなくなるけどな」

「それでは解右衛門さまが――」

「シマ。おれはもうこの世に未練などない。このまま余生を山で過ごすくらいなら、ババアの尻の一部にでもなったほうが、あの世で笑い話にもできるってもんだ」

 解右衛門はシマに近づき、彼女の前であぐらをかいた。

「シマ、決めるのはおまえだ」

「わたしは……わたしは……」

 シマはいながら、解右衛門にすがりついた。

「わたしはなんとしてでも復讐をしたい。孫の仇を討ちたいのです、解右衛門さま」

「肉体とたましいが完全に混ざり合うまで、30年ほど時間がかかるぞ」

「かまいません。もし30年後にあの男が死んでいたなら、あいつの家族を皆殺しにしてやります」

「霊力は強いが、妖術は訓練しないと使えないぞ」

「それでもやります。ぜったいにやり遂げます」

「その覚悟、しかと受けとめた」

 解右衛門はシマの横に寝そべると、彼女の骨と皮ばかりの腰に手をまわした。

「解右衛門さま……」

「言っただろ、ひとつになれと」

 解右衛門がシマの耳元でささやいた。

 そして蛇のようにしなやかな手つきで彼女の着物を脱がしはじめた。


 *  *  *  *  *


 それから30年後。

 ()(なが)(ざん)の、ある洞窟のなかで、男女が愛し合うようなかたちをした巨大な岩が、とつじょとして破裂した。

 爆薬による破裂ではない。

 岩は外部からの力ではなく、内側から発せられた力によって弾け飛んだのである。

 破裂した岩のなかから、ひとりの女性が一糸まとわぬすがたであらわれた。

 直線的なまゆと薄いくちびるが魅力的な18歳ぐらいの美しい女性である。

 彼女は、みずからの胸に手を当てると、

「わたしは鬼。復讐の鬼。かならず復讐を果たしてみせる」

 自分が転生した理由を、たましいに刻みつけるのだった。


(つづく)


更新は毎日おこなう予定です。

※このエピソードのサブタイトルですが……はい、闇文明の、あのカードが元ネタです。


読者のみなさまへ

いつもゴクハナをご愛読いただき、ありがとうございます。この度、おかげさまでPVが1500を超えました!(やったー!!)

これを期に、ますます執筆活動に励んでまいりますので、今後ともゴクハナおよび犬山作品をよろしくお願いいたします。

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