仮契約の花子さん 2
それから数時間後――。
午前10時。
極導は、追株町でもっとも若者に人気のある松下通りを歩いていた。
仮契約した花子を連れて……。
「ミッチー、そろそろ機嫌なおしなよ。ほら、リンゴ飴、わけてあげるから」
「いらねえよ、他人の食いかけの飴なんか」
「も~、いくら顔がよくても、そんなんじゃ女の子にモテないよ」
「うるせえ、大きなお世話だ」
極導が不機嫌なのは花子に負けたからではない。
いや、もちろん負けたことも理由のひとつだが、それ以上に花子を見くびっていた自分に腹が立って、機嫌が悪いのだ。
「どすこーい!」の一撃を喰らった甲冑は小石のように吹きとんで壁に激突。そのまま動かなくなった。
「えへへ、勝負ありだね☆」
唖然とする極導に、花子がギャルピースした。
こうして極導は花子を脅すどころか、逆に仮契約を結ばされる羽目になったのだ。
いままで頭のなかで、たくさんの怪異と戦ってきた。
なのにギャルだから戦えないと決めつけたうえに、花子が相撲技をしかけてくることを想定できなかった自分の甘さに、極導は腹を立てずにはいられなかったのだ。
「おまえ、相撲が好きなのか?」
「好きよりも大好きかな。先代が編みだしたフラワーアーツって体術に相撲の技を組みこんだのが、わたしの戦い方なの」
「フラワーアーツ? え、まさか先代も近接タイプ?」
「うん」
「花子さんって、アップリケとか投げて攻撃するんじゃないのか?」
「飛び道具はあんまないかな。先代の得意技は背後にまわりこんでの首締めだもん」
「ええ……なんかヤだ」
「わたしも模擬戦で何度もやられたから、あれはちょっとトラウマかな」
「模擬戦もしてたのか?」
「うん。トイレの花子さんの使命は、悪い怪異から人間を守ることだからね。たとえ魔廻りの手組じゃなくても、花子さんの名を継いだ以上、戦う力はつけておかないと」
たしかにあの威力のつっぱりを出すには、そうとうの鍛錬が必要だろう。
きっと花子は先代のもとで血のにじむような努力を積んできたにちがいない。
そう思うと、すこしだけ彼女を見る目が変わった。
「リンゴ飴完食っと。つぎは何を食べようかな~」
「おまえ、まだなんか食う気なのか」
「もちろん。せっかく食べ物の味がわかるようになったんだもん。カラフルわたあめもトルネードポテトも、ぜんぶ〝ごっちゃん〟したい気分だよ」
「あ、そうか。たしか幽霊って味覚がないんだよな」
「そもそも食事する必要がないしね」
花子が食べ物を味わえるようになったのは、極導と仮契約をしたからだ。
いまの花子は、幽霊と人間の両方の性質を持った、いわば幽霊人間。
霊感のない人でもすがたを見ることができるし、いざとなれば透明にもなれる。
「あっ!」
とつぜん、花子がさけんだ。
「そうだ。あれを買わなきゃ」
「あれってなんだよ?」
「下着だよ。し・た・ぎ」
「はぁっ!? 下着?」
何人かの通行人が、こちらを振りかえった。
「……ちょっと、こっち来い」
花子の手を引いて、極導はひと気のない路地に入った。
「おまえ、下着ってどういうことだよ」
「ほら、わたし手ぶらで召喚されちゃったでしょ。下着も服も、ぜんぶ住んでたところに置いてきちゃったから、着替えがないの」
たしかに花子の服装はきのうのままだ。
「服は浴衣とか着物を借りればいいけど、下着はそうもいかないでしょ」
「そりゃそうだけど……。でも、おまえ、でかけるとき、一言もそんなこと言わなかったじゃねえか」
「だって、あのときは食べ物のことで頭がいっぱいだったんだもん」
花子がこめかみをグリグリした。
「お金はましろさんにもらってるから、だいじょうぶ。だから買いにいってもいいでしょ?」
「わかったよ。その代り、ひとりで行けよ」
「はーい♪」
元気よく返事して、花子は有名なランジェリーショップに入っていった。
女性用下着店の前で待つわけにもいかず、極導は向かいにあるドラッグストアの前で待つことにした。
(ったく……。ここへ来たのはショッピングのためじゃねえんだぞ)
極導が、松下通りを訪れたのは巡回のためだった。
屋敷で魔廻りの者といっしょに暮らしてきた極導は、すこしでもみんなの役に立ちたくて、日曜日になると、町のいろいろな場所を自主的に見まわりしているのだ。
しばらく花子を待っていると、
「おーい、ゴクドウ」
聞き覚えのある声が耳に入った。
(つづく)
更新は毎日おこなう予定です。




