片般若 9
響介が生死の境をさまよっているころ――。
極導は来客用の寝室で、事件の要点をノートにまとめていた。
「下手人はネクタイを使って、被害者を絞殺した可能性がある、と」
そのとき、だれかがドアをノックした。
「ミッチー、入ってもいい?」
「花子か。いいぜ、入れよ」
部屋に入ってきた花子を見て、極導は「うおっ」と仰天。
なんと花子はメイド服を着ていたのだ。
「じゃじゃーん☆ メイドの花子さんでーす」
「おまえ、どうしたんだよ、その服」
「リナさんに貸してもらったの。メイドさんに話を聞くんだから、メイドの恰好をしたほうがいいかなと思って」
「もしかして、おまえ、メイドに事情聴取してたのか?」
「事情聴取っていうか女子トークかな。大勢の前だと言いづらいことも、女の子同士なら話しやすいだろうって、被害者のことをメイドさんに訊くように蝦蟇七さんから頼まれてたの」
そういえば、脱衣所に行く前に蝦蟇七が花子に何か耳打ちしていたが、それはこういうことだったのだ。
「で、わかったことは?」
「大きな声じゃ言えないけど、ここのメイドさんたち、雇い主にまったくいい印象を持ってないみたい」
「どうして?」
「日比谷の人たちがハラスメント家族だからだよ。社長は人を見下してるのが態度でバレバレだし、殺された長男のナオトさんは学歴を鼻にかけた嫌味三昧で、みんなウンザリしてたみたい。あと、次男のタクトさんもセクハラが趣味で、それが原因で辞めたメイドさんもいるんだって」
現場調査だけではわからなかった情報である。
やはり聞きこみは捜査の基本だと、あらためて極導は思った。
「なるほどな。これだけ恨みを買ってたら、蝦蟇七さんが言ってた内部の者の犯行ってのも、じゅうぶん考えられるな」
「でもね、ミキさんだけは、だれの悪口も言わなかったよ。『わたしは日比谷の家に仕える者。日比谷の評判を落とすようなことは口が裂けても言いません』だってさ」
花子がミキのマネをしながら言った。
「でもミキさんだって、ぜったい不満はあると思う」
「ギャルの勘か?」
「勘じゃないよ。見ればわかる」
そう言って、花子はベッドに腰を降ろした。
「メイドさん、みんなが言ってたの。社長から礼を言われたことなんか一度もないって」
そして足を揺らしながら、
「ありがとうのひとことが言えたら、自分も相手もしあわせになれるのに」
「ほんとにな」
「わたしね、ミキさんにそのことをつたえたの。でもミキさん、『社長はご自身の力で会社を大きくさせたお方。そういう態度になるのも仕方ありません』だってさ」
花子の足の揺れが大きくなった。
「でも、それって、ちょっとちがう気がする。だって会社って、社長だけで成り立ってるわけじゃないでしょ」
「まあな」
「たくさんの人が働くから、会社は成長して大きくなる。それを自分ひとりの功績だって思うのはギャル的になんかモヤる」
モヤる不満を消すように、花子は背中からベッドにたおれこんだ。
そのとき、
「若いの、入るぞ」
ノックもせずに、蝦蟇七が部屋のドアを開けた。
「あ、悪い。お嬢ちゃんと、おたのしみ中だったか」
「んなわけないでしょ!」
「ちがうのか? ならいいや。どうせ、お嬢ちゃんにも話そうと思ってたし」
ズカズカならぬゲコゲコと蝦蟇七が部屋に入ってきた。
「じつはな、大切なことを思いだしたんだ」
「大切なこと?」
「ああ。おれがタクトやナオトの首についた索条痕を見て、背筋がゾクゾクするって話は脱衣所でしたよな」
「ええ」
「あのあと、それがどうも気になって、電震のジジイに電話をかけたんだ。あのジジイ、すでに寝てたらしく、何度もかけ直して、留守番電話になるたびに発情したヒキガエルの声マネを吹きこんでやったよ」
完全にいやがらせである。
「12回目のかけ直しで、やっと電話に出たから、索条痕のことを話したんだ。そしたら、あのジジイ『もしや……』なんて意味深なセリフをつぶやくんだよ。それで、ますます気になって訊いたら、昔話を聞かせてくれたんだ」
それはこんな話である。
* * * * *
いまから100年ほど前。
当時、こどもだった蝦蟇七は電震とともに、w県の田舎町でひっそりと暮らしていた。
多邇具々は寿命が長い分、からだの成長速度は人間よりも遅い。
当時の蝦蟇七は人間でいうところの4歳ぐらいであった。
ある日の昼下がり。
読み物をしていた電震がふと庭先を見ると、いつも騒々しい蝦蟇七が、まるで銅像にでもされたみたいに、その場に固まっている。
(めずらしいこともあるもんだ)
そう思って、電震は庭に出ると、
「おい、蝦蟇七」
声をかけてみたが、蝦蟇七はなんの反応もしめさない。
じっと、ある一点を見つめるばかりである。
その視線の先を追ってみると……。
「あっ!」
なんと生垣のそばで、大きな蛇がハトに巻きついているではないか。
巻きつかれたハトはすでに瀕死状態で、頭部は蛇に丸呑みにされていた。
大人の電震が見ても、衝撃的な光景である。
幼い蝦蟇七は、その衝撃に耐えられず、ショックのあまり、立ったまま気をうしなっていたのだ。
* * * * *
「その話を聞いたとき、封印が解けたみたいに記憶が蘇ってきたんだ。いま思いだしても、頭が痛みやがる」
蝦蟇七が手のひらをこめかみに押しつけた。
「けど、そのおかげで気づいたんだ。あの索条痕は、もしかしたら蛇がつけたもんじゃないかって」
「蛇がですか?」
「ああ。陰陽師が紙でつくった式神を人のすがたに変えるみたいに、下手人はネッククーラーやネクタイを妖術で蛇に変えて、被害者の首に巻きつけたんじゃないか」
「そんなことができるんですか」
「できるかできないかは、この目でたしかめてみないとわからねえ。だが、あの索条痕を見て、おれは背筋にゾクゾクとした寒気を覚えた。いままで、たくさんの索条痕を見てきた、医者のおれがだ」
蝦蟇七の目は真剣で、にぎったこぶしは思い出による恐怖で震えていた。
「おそらく、あの寒気の正体は恐怖だ。たとえ記憶を忘れていても、多邇具々の――カエルの本能が、あの索条痕から天敵である蛇の気配と恐怖を感じ取ったんだ」
説明しながら、蝦蟇七がふたりの顔を交互に見た。
「つっても、たしかな証拠はねえ。なんせ、これらはぜんぶ、おれの勘だからな」
極導は口を真一文字に結んだまま、そして花子はひざに乗せた手を見つめて、思案にふけっている。
「調べてみる価値はあると思います」
極導がイスから立ちあがった。
「蝦蟇七さんを信じろ。そう、おれの魔廻りとしての勘が言ってます」
「わたしもミッチーと同じです。神さまの勘に頼るの、有り有りの有りだって、ギャルの勘が言ってます」
花子が蝦蟇七にギャルピースを送った。
「よしよし、なら黒峰も誘って、蛇さがしといこうじゃねえか」
「いまからですか?」
「ああ。心配すんな。下手人をあぶり出すための策はすでに考えてある」
蝦蟇七が不敵に笑った。
「まずは、あのミキって姉ちゃんから取り調べるぞ」
「どうしてミキさんなんですか?」
花子がたずねる。
「あの姉ちゃんににらまれたときも、背筋がゾクゾクしたんだ。それに、もし本当に下手人が蛇使いなら、爬虫類みたいな顔したやつがいちばん怪しいに決まってる。これも神さまの勘ってやつだ」
(つづく)
更新は毎日おこなう予定です。
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お詫びと訂正
文章の一部にルビが正確にふれていない箇所があったことをお詫びします。この箇所は2月5日21時25分に訂正しました。




