片般若 7 ~金の魔力~
つぎの日の朝。
その日はみんなで山菜を採りにいく予定だった。
しかし響介だけは、
「少し熱があるようなので、きょうは部屋で寝ています」
そう言って、自分の部屋で横になり、ふとんのなかで昨晩のうちに考えた計画を何度もシミュレーションした。
そして午前9時。
4人が山菜を採りに出かけたあと、部屋を抜けだした。
仏間へ行くと、響介は四つん這いになり、たたみの縁に目を凝らした。
(もし金をたたみの下に隠してるなら、たたみを外した形跡があるはずだ)
その形跡を、響介はすぐに見つけた。
仏壇の手前のたたみだけ、ほかのたたみとのつなぎ目にわずかな隙間がある。
響介は、あらかじめ用意していた折り畳み式ナイフの刃をその隙間に差しこむと、少しずつ力をくわえながら、たたみを持ちあげた。
(ナイフを持ってきて正解だった)
このナイフは響介がバッグに入れておいたもの。
自殺の最後の手段として使用するつもりだったが、まさかこんなかたちで役に立つとは思いもしなかった。
指先に汗がにじむ。
緊張で何度もつばを飲みこんだ。
そして、ようやく、たたみを外した。
通常、たたみの下には荒床とよばれる床板が張られているが、そこには留め具のついた取り外しのできる木の板が代わりに置かれていた。
「宝箱のフタってわけか」
ひとりごちながら、留め具を外すと、
「あ……」
木箱のなかに5つの壺と、台座に乗せられた水晶玉が保管されていた。
響介は壺をひとつ取ると、飾り布を取ってフタを開けた。
壺のなかには金色に輝くかりんとうのような石がぎっしりと詰まっている。
まちがいない。
アオの言ったとおり、この家には本物の金塊があったのだ。
「は、はは」
笑い声が口から漏れた。
「これさえ……これさえあれば……」
これさえあれば、やり直せる。
199×年の金1グラムの価格は1600~2000円前後。
30キロなら、約5700万~6300万円である。
響介の父が残した借金は1000万円。余裕で返済できるどころか、余った金を店にあてることもできる。
だが、それだけではない。
アオの話によれば、巻右衛門は体内でできた金塊を蛇目石という水晶玉を通して外に出しているらしい。
ということは、この水晶玉さえあれば、無限に金塊が手に入るのだ。
すべての苦しみを消し去る金色の光。
その光を生涯にわたって浴びつづけることができるのだ。
「これさえあればやり直せるんだ。最高の人生を歩むことができるんだ」
だがそのとき、
「やはり金の魔力に取り憑かれましたか」
うしろを振りむくと、いつのまにか仏間のふすまが開かれ、シマがこちらを見つめていた。
「シマさん、どうして……」
「わたしが気づいていないとでも」
シマは悲しい顔をして、響介をにらんだ。
「響介さん、いますぐそれをもどしてください。そうすれば、わたしは何も見なかったことにします」
「…………」
「ナミは――あの子はあなたを愛しています。ナミだけじゃない。アオもアカもあなたを本当の兄のように慕っています」
響介は金塊を見つめたまま、シマの言葉を聞いていた。
「だからお願いです、響介さん。お願いだから、その壺をもどしてください」
「わかりました」
響介は壺のフタを閉じた。
「あなたたちは命の恩人です。その人たちの願いに背くことはできません」
「ありがとう」
「ナミさんたちは、いまどこに?」
「家の外に待たせてあります。だいじょうぶ、あの子たちは何も知りませんから」
「そうですか」
響介は目をつむって大きく息を吸った。
「シマさん、みんなをここへ呼んでください」
「いいえ、響介さん。このことはふたりだけの秘密にしましょう」
「それはできません。おれは許されないことをした。だからこそ、ちゃんとみんなに話さなくちゃいけないんです。クチナワの家族でいるために」
「響介さん……」
シマが手の甲でなみだをぬぐった。
「わかりました。みんなを呼んできます」
安心した顔つきで、シマは仏間をあとにしようとした。
きっと、このときシマは響介の言葉を心の底から信じていたのだろう。
だからこそ気づかなかったのだ。
ナイフを握った響介が、自分の背後に迫っていることに。
* * * * *
それから30分後。
響介は4人の亡骸を埋めるために庭に穴を掘っていた。
最初に殺したのはシマだった。
ナイフで背中を一突きされたシマは悲鳴と血を吐いて、たたみの上にたおれた。
シマの悲鳴を聞き、あわてて家にあがってきた3人を、響介は躊躇なくナイフでメッタ刺しにした。その手には愛する女性への慕情も家族への愛情もなかった。
「おまえらには、ここで死んでもらわないと困るんだよ」
4人分の穴を掘ると、響介は靴を履いたまま縁側にあがった。
ナミ、アカ、アオの死体は縁側に面した客間にある。
響介はナミの死体をかつぐと、庭にもどり、堀った穴のなかに死体を投げ入れた。
アカ、アオも同じようにした。
シマの死体だけは仏間にあるので、響介はそこへ向かった。
しかし、仏間にシマの死体はなかった。
(バカな! どうして死体がないんだ!?)
人に見られる心配がないゆえ、安心しきっていた響介だが、ここに来て焦りと恐怖が心に爪を立てた。
(まさか、あのババア、生きてたのか)
たしかにシマは、ほかの3人のようにメッタ刺しにはしていない。背中を一突きしただけである。
だが、たしかな手ごたえがあった。そして、それに見合う音量の悲鳴と血も吐いた。
(待てよ、こいつらは人間じゃなくて精霊。人間なら即死のダメージでも精霊なら……)
見れば、たたみに飛び散った血液のなかに足跡のかたちをしたものがある。
そして、それは廊下へとつづいていた。
「くそっ!」
響介は血の足跡を追って、裏口から飛びだした。
(表から出れば、穴を掘るおれに見つかる。それがわかって、あのババア、裏口から逃げたな)
響介はシマの追跡を開始した。
(あのババア、川に沿って山を下るつもりか)
家の裏の川に沿って山を下ると、いずれ人里に出るとシマが話していたことがある。おそらくシマは助けを求めに、里へ行くつもりなのだ。
(だれかに知られる前に殺さないと!)
響介は川に沿って山を下った。
そしてついに滝の近くでシマを発見した。
「この死に損ないが!」
響介はシマに飛びかかると、そのまま首を絞めた。
だが、シマは最後の力で抵抗。響介の顔を爪で引っ搔いた。
「うっ!」
顔を押さえる響介。その隙に逃げようとするシマ。
しかし、足を滑らせたシマは川の激流のなかに落下。
あっという間に滝口まで流され、そのまま12メートル下の滝つぼへ転落した。
それは予想外のできごとだった。
ゆえに響介は唖然としたまま、長らく、その場に立ちすくんでいた。
(そ、そうだ。死体を確認しないと)
響介は木の枝をつかんで、滝口のそばまで移動。
水しぶきをあげる滝つぼをじっと見つめた。
1分……3分……5分……。
そしてついに、
「やったぞ。今度こそやったぞ」
シマの死体がいつまで経っても浮きあがらないことから、彼女の死亡を確信。
滝の轟音に負けないほどの大声で高笑いするのだった。
その後、響介は金塊をカネに換え、借金を返済。
潰れかけだった〈ひびや〉を金とカネの力で大企業へと成長させ、40年後のいまに至るのである。
(つづく)
更新は毎日おこなう予定です。
※今回で響介の過去編はおわりです。
※ちなみに現在(2026年2月1日時点)の金1グラムの値段は約29,400円。30キロなら8億8200万円ぐらいです。




