片般若 6 ~金色の光~
それから1週間が経過した。
その日も響介は畑仕事に精を出していた。
「響介さん、お茶にしませんか」
見ると、縁側にナミがお茶と干し芋を用意してくれていた。
縁側に腰を降ろすと、響介はナミの淹れてくれたお茶を飲みながら、空を見あげた。
春の澄みわたった青空である。
その青さが心に染みるのは、借金の呪縛から解放されたからだろう。
「けど、まだ信じられないな。きみが人間じゃないだなんて」
「以前にも言ったじゃないですか。人間も精霊もたいして変わらないから、気にすることなんかないって」
ナミが笑ってこたえる。
ナミたちは、この山の主である蛇神・巻右衛門に仕える精霊一族なのだ。
「精霊も人間も同じ生き物。うれしかったら歌を歌うし、悲しかったらなみだも流す」
「おなかが空けば、甘栗の甘露煮を盗み食いもする」
「あ、またアオが甘露煮を食べたんですか」
「うん。まぁ、今回はアカちゃんも共犯だけどね」
「もう! あのふたりったら」
「いいじゃないですか、こどもらしくて」
「でも、あの甘露煮は――」
「巻右衛門さまへのお供え物だっけ?」
「はい」
「ナミさんは巻右衛門さまに会ったことあるの?」
「ええ。7歳のときに、おばあさまに連れられて一度だけ」
「巻右衛門さまは、そのときも寝てたの?」
「はい」
巻右衛門は50年以上前から眠りについているらしく、彼と直接、話をしたことがあるのはシマだけである。
「そういえば、アカちゃんとアオくんも来年で7歳だよね。もしかしてふたりも巻右衛門さまに会いにいくの?」
「はい。クチナワ族は7歳のときに一度だけ巻右衛門さまに会うことが許されるのです。それからは夫婦になるまで顔を会わすことはありません」
「夫婦になるって……え、それって、まさか巻右衛門さまと結婚するってこと?」
「ち、ちがいます!」
ナミがあわてて手を振った。
「クチナワ族には、夫婦そろって巻右衛門さまに祝言の報告をしにいく決まりがあるのです。ですから、わたしが巻右衛門さまに嫁ぐのでなく、響介さんのお嫁さんとして、いっしょに五右衛門さまに会いにいくということです」
「なんだ、そういう――えっ」
「あっ」
その刹那、世界からすべての音が消えた。
永遠の一秒。そのなかで、ふたりはおたがいの目を見つめ合った。
「好きです、響介さんのこと」
ナミが響介の手に自分の手を重ねる。
「おれもです。ナミさん」
響介はナミの背中に腕をまわすと、力づよく彼女のからだを抱きしめた。
* * * * *
それから響介は夢見心地で、午後を過ごした。
「いずれは話すことになるでしょうけど、このことは、まだ家族には秘密に」
ナミにそう言われたので、ふたりの気持ちは、まだだれにも話していない。
そして夕方。
響介がアオといっしょに鉄砲風呂に入っていると、
「ねえ、キョウにいちゃん」
「ん、どうした?」
「キョウにいちゃんは、金塊って食べたことある?」
「おいおい、金塊は食べ物じゃなくて、金のかたまりのことだぞ」
「なーんだ、食べ物じゃないのか」
アオが不機嫌そうに下くちびるをまくった。
「せっかく、盗み食いできるものが増えたと思ったのに」
「はは、そんなもん食ったら腹こわすぞ」
「でも、巻右衛門さまのおなかからは金塊がいっぱい出てくるんだよ」
「え?」
「きのう、ばあちゃんが言ってたもん。この家には巻右衛門さまのおなかから出た金塊がいっぱいあるんだって」
「どういうことだ?」
「アカには言っちゃだめだよ。ぼく、きのうの夜、姉ちゃんとばあちゃんがこっそり話をしてるのを聞いたんだ」
アオの話によると――。
昨晩、アオはのどの渇きで夜中に目を覚ました。
台所で水を飲もうと、布団から抜け出したときだ。
「おばあさま、それは……」
「ええ。本物の金塊です」
となりの仏間から、かすかにナミとシマの声が聞こえてくる。
好奇心の強いアオは、ふすまを小指一本分だけ開け、そこから目をのぞかせた。
薄暗い仏間では、シマとナミが向かい合って座っていた。
「おばあさまが何かを隠していることは薄々気づいていましたが、まさかそれが金塊だったとは……」
「この金塊は巻右衛門さまが、ご自身の体内でつくられたもの。溜まりすぎないように蛇目石を通して排出したものを、わたしが保管していたのです」
シマはかりんとうのような金塊をたたみに置いて、代わりにソフトボールほどもある大きな水晶玉を持ちあげた。
「ナミ、巻右衛門さまに弟がいたことは知っていますね」
「はい。たしか名前は解右衛門だったかと」
「そうです。解右衛門は人里を襲った罪で、巻右衛門さまに討ち取られました。その戦いのなかで、巻右衛門さまは右目を抉られ、のちにその目をご自身の霊力で水晶玉に変えたのです」
「それでは、この水晶玉は……」
「ええ。この水晶玉は蛇目石といって、自由にものを入れたり、出したりできる霊石。巻右衛門さまは、いまもお眠りになっているけど、体内でできた金塊を、わたしたちのために蛇目石を通してあたえてくれているのです」
「おばあさま、いったい金塊はどれほどあるのですか?」
「いまあるのは、だいたい30キロほど。ですが、ナミ。このことは、まだ響介さんに話してはいけませんよ」
「どうしてですか? だって響介さんは――」
「ナミ、金には魔力があるのです。人の心をかんたんに変えてしまう恐ろしい力があるのです。だから、このことは響介さんにまだ話してはいけません」
「…………」
「話すのは、あの人の心が、この山とあなたの心から離れなくなったとき」
「!」
「年寄を甘く見るものではありません。あなたの気持ちなんて、とっくに気づいていましたよ」
「おばあさま……」
そのあとシマは男と女がどうのこうのと難しい話をはじめたので、つまらなくなったアオは台所へ水を飲みにいった。
「それでね、きょうの昼、ばあちゃんと姉ちゃんがお昼ごはんの準備をしてるあいだに、ぼく、こっそり仏間を調べてみたんだ」
「それで金は見つかったのか?」
「ぜんぜん。仏壇のなかもうしろもさがしたけど、見つからなかった」
「たたみは? たたみの下はさがしたか」
かつて響介は刑事ドラマで、犯人がたたみの下に札束の入ったバッグを隠しているシーンを見たことがある。だから、とっさにたたみの下という隠し場所を思いついたのだ。
「え、たたみって外せるものなの?」
「ああ」
「でも、ぼく、外し方わかんないや」
「よし、わかった。あした、兄ちゃんがこっそり外して、金をさがしといてやる」
「ほんと?」
「ああ。だからこれはだれにも言うなよ。男同士の約束だ」
「うん」
「よし、じゃあ指切りだ」
「わかった」
小指を絡めながら、響介は胸の内に光が差すのを覚えた。
過去を断ち切り、あかるい未来を照らす金色の光が。
(つづく)
更新は毎日おこなう予定です。
※鉄砲風呂は木製の浴槽の内側に釜と煙突を設置し、薪や炭で、直接お湯を沸かす風呂のことです。これは江戸時代から大正時代にかけて普及したもので、関西では「五右衛門風呂」が、そして江戸では、この鉄砲風呂が主流となったそうです。




