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片般若 5 ~響介の過去~

 洞窟を抜けると、そこには見わたすばかりの竹林が広がっていた。

「家までもう少しです。がんばっていきましょう」

 女性が(きょう)(すけ)の手を両手で握りしめた。

「あの」

「?」

「名前、まだ聞いてませんでしたよね」

「あっ」

「おれ、日比谷(ひびや)(きょう)(すけ)っていいます。よかったら、あなたの名前、教えてくれませんか」

「わたしの名前はナミ。クチナワのナミです」

「クチナワノ……変わった名字ですね」

「クチナワノじゃなくてクチナワ。それに名字じゃなくて種族です」

「種族?」

「そのことについては、またあとで。いまは早くたけのこ(めし)を食べに家に行きましょう」

 竹林を抜けると、二反( に たん)ほどの開けた平地に出た。

 平地は竹林の一部を伐採したものらしく、きれいに整地されていて、奥に昔ながらの茅葺(かやぶき)屋根やねの家屋があった。庭に畑をかまえた2階建ての立派な家屋である。

「ここは巻右衛門(まきえもん)さまに(つか)える一族が暮らすクチナワの里。もっとも、いまはわたしたちしか暮らしてませんけど」

 ナミは響介をつれて家に向かった。

「おばあさま、ただいまもどりました」

 戸を開けると、家の奥から70歳ぐらいの老婆と6歳ぐらいの双子の姉弟きょうだいがあらわれた。

 ちなみにこの家、つくりは立派だが電気が通っていないらしく、天井に吊るされた八間はちけんと呼ばれる行燈あんどんの火が、蛍光灯の代わりに家のなかを照らしていた。

「おにいちゃん、とーきょーたわーって見たことある?」

「とーきょーたわーって、ほんとに破壊光線うてるの?」

 響介を見るや、双子が口早に質問してきた。

「アカ、アオ、この人は、とてもおなかが空いてるの。だから、まずはご飯を食べさせてあげて。話はそれから」

「「ええ~」」

「食器の準備したら、あとで甘栗の甘露煮をあげるから」

「「ほんと!?」」

「ほんと。だから早く食器を戸棚から出してきて」

「「はーい」」

 双子はつむじ風のように、家の奥へもどっていった。

「古い家ですが、どうぞゆっくりしていってくださいね」

 にこやかにほほえむ老婆の顔は、どことなくナミに似ていた。


 それから数分後。

 響介は目になみだを浮かべながら、たけのこ(めし)を食べていた。

(うまい。(めし)って、こんなにうまいものだったのか)

 総菜屋のこどもゆえ、食べ物に困ることはなかったが、腹だけでなく心まで満たされる食事を取ったのは、生まれてはじめてだった。

 シャキシャキのたけのこを噛むたびに。

 香ばしい炊き込みごはんを舌に乗せるたびに。

 もっと食べたいと――生きたいと思う気持ちが腹の底から湧いてくる。

 6杯目のたけのこ(めし)をたいらげると、

(よかった……生きててよかった)

 心が生きるよろこびで満たされ、響介はボロボロとなみだをこぼした。

「ばあさま、どうして、おにいちゃんは泣いているの?」

 双子の姉のアカが()くと、

「どうして? どうして?」

 弟のアオが、老婆の着物の袖を引く。

「アカ、アオ、この人はね、生きてるのがうれしくて泣いているんですよ」

 老婆はアカとアオの頭をでながら言った。

 この老婆の名前はシマ。ばあさまと呼ばれるようにナミたちの祖母である。

「山の動物たちに、心が弱った人がやってきたから、助けるように頼まれたの。それで、ナミにこの人を家に連れてきてもらったんですよ」

 響介が顔をあげると、ナミと目が合った。

 淡いぬくもりが、響介の胸に芽生えたのはそのときである。

「ねえ、おにいちゃんはどうして心が弱くなったの?」

「こら、アオ」

 ナミがアオを叱ろうとすると、

「ナミ、よしなさい」

 シマが手をかざして止めた。

「響介さん。もし、よければ、あなたがこの山に来た理由を教えていただけませんか」

「おばあさま、それは――」

「もちろん話したくなければ無理に話す必要はありません。でもね、響介さん、ひとりで悩みを抱えるより、だれかに話したほうが心が軽くなることもあるんですよ」

 しばらく響介はひざに置いた手を見つめていたが、

「逃げたかったんです。何もかもから」

 自殺を図るまでのいきさつを語りはじめた。


 *  *  *  *  *


 (きょう)(すけ)の実家〈ひびや〉は、戦後まもなく響介の祖父が開業した総菜屋で、響介の父・(きょう)(へい)は2代目店主にあたる人物である。

 この響平だが、三度の飯よりギャンブルが好きという生まれついての遊び人で、彼がつくった借金の総額は1000万円にものぼっていた。

 響介の母が、どれだけギャンブルをやめるように言っても、

「うるせえ。女が男のやることに口出しすんじゃねえ」

 と、暴力で黙らせるのだった。

 当時、二十歳(はたち)だった響介は店で働きながら、複数のアルバイトをかけもち、母と必死になって借金返済に努めた。

 だが、そんな家族を尻目に響平は店の売り上げを持ちだし、毎日のように夜の町へ出かけた。

 そして、ある夜、交通事故に遭い、死んでしまったのだ。

 そして、それを追うように母も病死。

 このとき響介はすでに実家に就職していたが〈ひびや〉の3代目店主として店をつづける気には、とてもなれなかった。

 膨大な額の借金と、毎日のように借金返済を催促する暴力団の恐怖に耐えかねて、響介は自殺を決意。ひとりでこっそりと家を飛びだしたのである。


 *   *   *   *   *


「必死に働いたところで1000万円なんて返せるわけがない。もうおれに帰る場所はないんです」

 いままでのことを思い返すと、また、なみだがこぼれた。

「……ありますよ」

 シマが静かに言った。

「あなたには帰る場所があります」

「いやだ。もうあの家に、もどりたくない」

「もどる必要なんてありません」

「え?」

「あなたはここに住めばいいのです。わたしたちの家族として」

 最初、(きょう)(すけ)はその言葉の意味がわからなかった。

 彼が言葉の意味を理解したのは、直後のシマとナミとのやりとりによってである。

「おばあさま! 響介さんを家族にするって、どういう意味ですか!?」

「声が大きいですよ、ナミ」

「だって――」

「これもきっと何かの縁。巻右衛門(まきえもん)さまが、わたしたちと響介さんをめぐりあわせてくれたのです。それに――」

「それに?」

「最近は腰が痛くて、力仕事を手伝ってくれる人が欲しいと思っていたところですし」

「…………」

「アカとアオは響介さんといっしょに暮らしたいですか?」

 それを聞いた双子は、

「「暮らしたーい」」

 うれしそうに目を細めて、響介に抱きついた。


 シマの提案に、もちろん響介は戸惑った。

 だが、すぐに戸惑いは消えた。

(ここで人生をやり直そう)

 借金返済の苦しみから解放されて、ここで新たな家族と新たな人生を歩みたい。

 そう、これはチャンスなのだ。神さまがあたえてくれた、人生をやり直すチャンスなのだ。

 響介は双子の背中に手をまわすと、

「よろしくお願いします」

 シマに頭を下げるのだった。


(つづく)


更新は毎日おこなう予定です。

※東京タワーの展望台より上の部分にはアメリカ軍の昔の戦車が建材として使用されているそうです。ちなみに特撮作品ではモスラの幼虫、ガメラ、ガラモンなど、さまざまな怪獣によって、東京タワーは破損・破壊されています。

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